3-14
ガタン! と扉になにかが強くぶつかる音が聞こえた。次いで、扉の隙間から、赤い液体状のモノが、じわりと流れ出てきて床を侵食していく。
「……これ……」
「血、ね……」
まさか……助けに来てくれた、クロードさん達のじゃ、ないよね……?
嫌な予感が脳裏を過ぎる。私は緊張から身体が固まり、マリアは私を庇うように一歩前に出て、床に落ちていた廃材を拾い、扉に向かって構えた。
次いでドアノブがガチャガチャ、と空に回る動きを見せ、一拍置いてカチャンと音が鳴る。鍵が開けられたようだ。
ハッと小さく息を吐きながら、神経を研ぎ澄まし、ゆっくりと開かれる扉を凝視する。扉の先の人物は、敵か、味方か。どちらなのだろう。
「ダリス君! 無事かい!?」
「よおマリア! 助けに来たぜっ!」
扉の向こうにいたのは、生徒会長であり密偵のクロード・ホーエンと、赤毛に深緑の瞳をした見知らぬ男子生徒だった。この彼もやはり、既視感がある。
制服の上から簡易的な鎧と抜き身の剣を片手に握っているから、彼が攻略対象・3の騎士見習い、マックス・ガイナで間違いないだろう。
マリアは、仲間が来てくれた事にほっとして、構えていた廃材を床に下ろした。
「ホーエン先輩! ガイナ君! ……来てくれてありがとう」
「当たり前だろっ? マリアは大事な仲間なんだから! オレ達が見捨てるわけないじゃん? なっ? 会長?」
「勿論だとも。とにかく、二人共無事で良かった。 ……いや……ティア嬢、怪我を……?」
「マジで!? 大丈夫かよっ! ……痛むのか……?」
「あ……はい、大丈夫です。マリア、さんが、手当をしてくれましたから」
それを聞いて二人はほっとしたようだ。折れた箇所は痛むけれど、緊張しているからなのか、今はなんとか耐える事が出来た。
「……ティア嬢。いや、ルルティア様。お迎えに上がりました。我々が来たからにはもう大丈夫。無事にここを脱出して、主の元へと案内致しましょう」
クロードは胸に手を当て、騎士のように優雅な所作で一礼をする。
「あ、ありがとう……ご、ざいます……?」
「ふふふっ。ルルティアさん、吃驚しているみたい。言ったでしょ? 貴女の事を知っているって。ここにいる皆は、貴女が王子様の婚約者だって理解しているわ?」
「ええー! アンタ、あの王子様の婚約者だったのかよーー!! じゃあ、アルの妹って事かっ!?」
「……例外がいたみたい」
「だな……」
マリアとクロードは顔を見合わせて、苦笑していた。
「な、なんだよぉー! 二人してコソコソしてっ! 狡いぞ、オレを仲間外れにすんなよなっ!」
わーわー騒いでいるマックスを見ながら、そういえば、画面越しで見た彼はこんな性格だったな、とボンヤリとしながら事の成り行きを見守っていると、そんな彼の事を、マリアとクロードは、まあまあと言って二人で宥めていた。ひと段落したところで、クロードはこちらに向き直り、口を開いた。
「っとまあとにかく、この辺りの敵は倒しましたから、暫くは安心ですよ? 直に応援が来ます。 ……ああ、それと、メルクから伝言です」
「えっ……メル君、なんて言ってました……?」
聞くのが怖い。メル君、絶対怒っている筈だもの。「待っていて」って言ってた彼を残して勝手に居なくなった上に、捕まってしまったのだから。
顔を引き攣らせていた私に、クロードは苦笑しながら言葉を続けた。
「……そんなに気にしなくて大丈夫ですよ? メルクは貴女を心配してましたから。必ず王城の騎士と一緒に迎えに行くから、絶対に生きて待っていて。と言ってましたよ?」
「そっか……」
メル君らしい。やっぱり彼は優しいのだ。私は彼の言いつけを守らなかったのに心配してくれている。
が、それを聞いたマックスは、眉間にシワを寄せて首を捻りながら、即座に訂正を入れてきた。
「あれ? 違くね? 確かアイツ、言いたい事はいっぱいあるから、首を洗って待っておけ! って言ってたけど?」
「あっ! こ、コラ! ガイナ君!!」
慌てるクロードをよそに、真実を暴露するマックスの言葉を聞き、私はびくりと身体が震えた。
……いや、やっぱりこっちの方がメル君らしいな……
色々あって失念していたけれど、そういえば、メル君は結構容赦なかったんだった。私に対して、言いたい事を気兼ねなく言ってきてたし。
話がどんどん脱線していく私達を、見兼ねたマリアが仲裁に入る。
「まあまあ、皆さんその辺で。そういえばホーエン先輩、ここの鍵はどうやって開けたんですか?」
「ああ、これさ」
そう言って、クロードは懐から見覚えのある鍵を取り出した。鍵穴に挿す部分が螺旋状になっている、私がシルビアちゃんの家で見つけた、例の鍵だった。
「これ……」
「ええ。ルルティア様が見つけてくれた鍵で開ける事が出来たのです。ここの鍵は特殊でね? 俺では開ける事が出来なかったものですから助かりました」
「へえー! 会長、鍵開けまで出来んの? すげーじゃんっ! いざとなったら、泥棒とかで食ってけるんじゃね?」
「……ガイナ君。どうやら君には、後で教育的指導が必要なようだね?」
「ええー! なんでだよー!!」
ニッコリと不穏な笑みで笑うクロードに、マックスは不満そうにブーブーと言っていた。
どうやらこの騎士見習い、かなり空気を読まない発言をするらしい。なんかどっかで聞いたような事を言うし。でも私、その発想嫌いじゃないよ? ……うん。この彼となら、なんだか仲良くなれそうな気がしてきた。
「ガイナ君。これからは、よく考えてから発言しなくっちゃダメよ?」
「な、なんだよー! マリアまで! オレ、変な事言ったかっ?」
マリアは、小さな子に言い聞かせるかのように諭している。年齢的には同い年の筈の二人だけれど、その様子はまるで、仲の良いお姉さんと弟のようだ。
「とにかく、ここを脱出しよう。ルルティア様、少し歩く事になります。怪我をしている御身でご不便をお掛けしてしまい、こちらとしても心苦しく、出来れば抱きかかえて行きたいのですが、まだ残党がいるかもしれません。我々は貴女方を守るので精一杯なのです。 ……ついてきて頂けますか?」
「もちろん! こんな、怪我ぐらいなんて事ない、ですから!」
「まあ、いざとなったらオレが守るからさっ? 安心してくれよなっ!」
「あ、ありがとう。ええと、ガイナ、さん?」
「マックスでいーよっ! オレもルルティアって呼ぶから! そういやあ、オレ達、会うの初めてだな? オマエのにーちゃんとは仲良いんだぜ? よろしくなっ!」
「うん! こちら、こそ!」
「では、話も纏まった事だし、そろそろ行こうか? ……俺が先頭を、ガイナ君が後方を守るから二人はついてきてくれ」
「はい……!」
「ええ」
それから私達は、出口へと向かうべく、囚われていた部屋を脱出したのだ。
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