3-12

 驚いて目を見開いた私を落ちつかせる為か、彼女——マリアは、あえて明るく振る舞いながら、茶目っ気たっぷりにウインクをして、舌を小さく出した。


「 ふふ! ワザと捕まってみたのっ。上手くいったみたいだわ? …… この場所はね、ずっと昔に、魔女を崇拝するサバトが行われていたのよ? ここへ入る為には、そうするしか方法が無かったの。鍵も昔の時とは違うみたいだし。だから、反対するみんなを振り切って来ちゃったっ!」


 なんて大胆な事をするのだろう。一歩間違えれば、自分の命が危ないのに。彼女は私を助ける為に、単身来てくれたらしい。会った事もない人間の為に、何故、彼女はそこまで出来るんだろうか。


 固まったまま何も喋らない私を心配してくれているらしい。マリアは声音をおとし、気遣うように話しかけてくれた。


「不安だよね……でも、もう少しの辛抱よ。じきに、ホーエン先輩とガイナ君達が助けに来てくれる手筈になっているから」


 少し前に会った例の生徒会長と、もう一人の人物が、どうやらこちらに向かってくれているらしい。


 ……ガイナって、どこかで聞いた事がある名前だけれど……

 ………… 確か、騎士見習い……?  攻略対象・3の。


「クロードさんが……」

「ええ、そうよ? 貴女……ううん。ルルティアさんが会った事のある人」


 彼女は私の事を知っているようだ。それも、本当の名前の方を。メル君経由で、クロード・ホーエンから聞いたのかもしれない。


「……怪我をしているのね。待ってて? 直ぐに手当てしてあげるから」


 マリアは、自身のドレスの裾を細く引き裂いて、包帯のような切れ端を作っていく。それから、彼女は部屋を見回して、隅に落ちていた廃材を手に取り戻ってくると、折れてあらぬ方向を向いた私の腕に廃材を添える。その上からドレスの切れ端をぐるぐると巻きつけて、首から吊れるように通してくれた。 ……少し、楽になったような気がする。


「あり、がと」

「どういたしまして? ……顔色が悪いわ? 酷く痛むのね……ごめんなさい、私が、もっと早く動いていれば……」

「ううん。マリア……さんは、何も悪くない、よ? この腕もね、私が、うっかり落ちちゃっただけだから……」


 喋る度に身体が痛む。折れた箇所が熱を持ち始めた。こんな時にまで、私はまだ、シルビアちゃんを庇うような事を言ってしまった。

 ……そんな事をしても、彼女が私を突き落とした事実は、何も変わらないのに。


「……嘘」

「え……?」

「嘘をついたでしょ? もぅ駄目よ? 本当の事を言わなくっちゃ。ルルティアさん。貴女、スカーレットさんの事、庇っているのね? ……その腕、スカーレットさんにやられたのでしょう?」


 私を見つめるマリアの瞳が、淡く輝いているようにも見えた。 ……目の奥をじっと見据えて、まるで、なにかを探るかのように。


「マ、リア……さん……?」

「私のこの目。真実が見えるの。だから、貴女が嘘をついているってわかるのよ? ……不思議でしょう? ……昔は何の力も無かったのに」


 彼女は異能者という事だろうか? でも、本来のマリアには、そんな力は無かったような気がする。


「私ね。本当は、彼女……スカーレットさんが、魔女の儀式を悪用しているのに気づいていたの。 ……学園に入学した日。初めて会った時からずっと。なんとかして辞めさせようと手を尽くしたのよ? けれど彼女には、私の言葉は届かなかったの。彼女は幼い頃からずっと、儀式を行ってきていたみたい。さっきのしもべのコ達を見たでしょう? あのコ達も、生贄を代償にして、儀式で見た目と人格を作り替えられているから、もう元に戻す事は出来ないの。死ぬまでずっと、あのまま。 ……元の人格は壊されているから」


 彼女は、私とメル君が辿りつく事が出来なかった、シルビアちゃんの秘密を諳んじてみせた。けれど、真実が見えるとはいえ、ここまで詳細を知る事が出来るのだろうか?


「ど、して……マリアさんは、そんなに、詳しいの……?」

「ふふ。 ……どうしてだと思う?」


 質問に質問で返された。私の隣に腰掛け、壁に寄りかかりながら、彼女はふわりと笑う。聖母のような微笑みがあんまりにも綺麗で、一瞬、ここに閉じ込められている事を忘れてしまいそうになる。


「ええ、と……? 魔女の、母親と、会った事が、ある。から……?」

「まあ! ホーエン先輩が言っていた通りだわ? このお話、一般には秘匿されているのですって。 ……貴女の言う通り、母親が本当の異能者。スカーレットさんは、どうやってかあの人を探し出して、ずうっと囲っていたみたい。 ……私はどうしてもあの人に会って、こんな酷い事、もうやめさせたいの。この力は、本当は使ってはいけないのだわ。それなのにあの人は、昔も……ううん、今でも分かろうとしないまま、人を殺め続けているの。自分が幸せになる為に。 ……血の繋がった娘すら騙して」


 マリアは、とても悲しそうに眉を歪めた。感情を抑えようとしているのか、両手でドレスをぎゅっと握りしめていて、仕立てのよい生地にシワが寄ってしまっていた。彼女が止めたい人物は、シルビアちゃんと……魔女の母親?


「マリアさん……私、ね。貴女の事を知っていたよ? 貴女はこの世界で愛されていて、ここでは、貴女の思ったとおりになる筈なの。だから、きっと、大丈夫だよ? 悪い事は、全部、上手く解決する筈だから」


 何の事かわからないかもしれない。でも、悲しむ彼女に少しでも元気になって欲しくて、私は希望の意味を込めてマリアに話しかけた。

 けれどその言葉で、彼女はなにかを感じたらしかった。


「……ありがとう。励ましてくれているのね? ……でも、私はこの世界の、本当の愛し子ではないの。本当に祝福されるべきだった魂は、この身体から弾かれて、何処かへ行ってしまったわ。 ……私が先に、この身体を奪って、入れないようにしたから」


 その顔は昏く、瞳は私を見ているようで見ていない。とても怖い事を言う彼女に、私は少し恐ろしくなり、緊張と身体の痛みから、嫌な汗が頬を伝った。


 マリアは、真実がわかると言っていた目で、私を正面からじっと見据える。


「そう。 ……ルルティアさん……貴女も、産まれる前の記憶があるのね?」

「……え」

「……ホーエン先輩達が来るまで、まだ時間が掛かるみたい。それまで少し、昔話をしてあげる」


 先程までの翳りが消え、出会った当初のように明るさを取り戻したマリアは、口元に慈愛の笑みを湛えながら、自身の秘密を話してくれた。


「私ね」


 瑞々しい花のような瞳が揺れる。


「——ずっと昔、“魔女”と呼ばれていたの」

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