3-11

「う……」


 ……ここは……? どこだろう……?


 薄暗い場所だ。私は床に倒れていたようで、頬にはひんやりとした石の感触がする。鉄格子の嵌められた、小さな窓から差し込む月明かりのお陰で、周りの様子が窺える。どこかの物置のような狭い部屋の中にいるらしく、隅には木箱や廃材が重ねられていた。


「……! そうだ! シルビアちゃんは……うっ……!」


 身体に激痛が走り、立ち上がろうとして失敗した。腕……特に、右腕に力が入らない……視線をそちらに向けると、腕があらぬ方向に曲っていた。折れている……そう自覚した瞬間、今までよりももっと激しい痛みが全身に押し寄せて来た。


 痛い……痛い、痛い……!!

 どうしてこんな事になったんだっけ……?

 ……そうだ、私、シルビアちゃんに、突き落とされたんだ。それから、階段を転がり落ちて、それから……それから……?


 鈍い頭を必死で回転させて記憶を手繰っていく。意識を失う前、最後に見たのは、シルビアちゃんの歪んだ笑顔だ。


 ……彼女は、私を殺そうとした。でも、私は生きている……今は、まだ。

 とにかく、ここがどこなのか、もっと良く調べてみなくちゃ。私は痛む身体に鞭打って立ち上がり、窓の方へと身体を引きずりながら歩いていった。鉄格子の隙間から見える景色は、街灯の無い、暗く、荒れた街並みが見えた。おそらく元々は貧民街だったところだろうか。


 かつてここで過ごしていた人々は、国政が回復した今、市街地へと住居を移していると、馬車の中でメル君から聞いた事がある。

 今、ここには誰も住んでいないのだろう。


 視線を少しずらすと、外壁には、だいぶ傷んでしまっているけれど、変わった紋様が描かれているのが見えた。三日月に蛇の絡まる特徴的な形は、ある者にとっては信仰の証であり、かつて魔女を崇拝した者達が、目印にと残していたものだった。


 ……ここ……もしかして、魔女のサバトが行われていた場所なんじゃないだろうか。

 私がここにいるという事は……


 ———生贄。


 不吉な言葉が、頭の中を掠めた。

 シルビアちゃんは、魔女に関する本を沢山集めていた。それは、叶えたい願いがあるから。願いには代償がいる。彼女はそれを突き止めたに違いない。 ……それなら、生贄になるのは、私……?


 わからない。わかりたくない……

 いずれ殺そうと思っていたのなら、どうして彼女は私と仲良くなったのだろうか。 ……二年だ。二年も一緒にいたのなら、その間にいつでも殺せたのに。それに、商会を援助してくれたのもそうだ。シルビアちゃんが後ろ盾になってくれたからこそ、元は露店だったお店が、あんなに大きな商会になったんだもの。

 私は、彼女の事を、心から友達だと思っていたのに……


 このままここで、死んでしまうのだろうか……?

 ……いや、まだだ。彼女に直接話を聞くまで、私は信じない。シルビアちゃんはそんな酷い事をするような子じゃないもの。きっと誰かに脅されて、仕方なくやっているんだ。


 うん。……きっと、そうだ……!

 だから……私は、まだ諦めちゃダメだ。とにかくここから出なくっちゃ。


 そういえば……まだ、扉は調べていなかったと思う。おそらく開いてはいないだろうけど、どうせダメ元だ。確認だけは、しておこう。


 ズルズルと痛む身体を引きずりながら、どうにか扉の前まで辿り着いた。腕に痛みが走らないよう、慎重に力をいれながらドアノブを握り、試しに捻ってみるけれど、やはり、扉はガチャガチャ、と音を鳴らすだけで、開く事は無かった。


「だめ、か……」


 ……少し、疲れてしまった。

 壁に背中を預けて、身体から力を抜いた。ワンピースをズリズリと引き摺って、その場で座りこんでから、抱えた膝に顔を埋める。


 ふと、眠気が襲って来た。 おそらく、痛んだ身体を休ませようとする、防衛本能なのだろう。

 私は、襲ってくる睡魔に意識を預け、ゆっくりと、目蓋を閉じた。



 ーー

 ーーー



 ——ガチャガチャ。ドンッ!


「きゃあ! ……痛っあーい! もうっ! もっと大事に扱わなくっちゃ駄目よ? 私は生贄なんですからね?」


 ……なんだか、妙に辺りが騒がしい。誰かがこの部屋に入れられたようだった。顔をあげると、閉まる扉の隙間から見張り役の姿が見える。


 男の人、だろうか……? 美しい顔をした人物が二人見えたけれど、その顔は人形のように無表情で、血の気が無い。それに、鏡合わせのように、全く同じ顔の造りをしていた。


 ドアは勢いよく閉じられて、再びガチャリと音を立てる。鍵が閉められたようだ。


「もー! 今時のしもべのコはなってないわね。特に生贄に対する扱いがなっていないわ!」


 女性は見当違いのことでぷりぷりと怒っているようだ。その声は若く、少女のようにも感じる。


「さて、と。 ……もう大丈夫よ? 貴女を助けに来たの」


 女性は振り返り、ニコッと微笑んだ。薄暗い室内から差し込む月明かりが、その美しい顔を照らす。


「ど、……うして……?」


 水色の髪に、淡いピンクの瞳。


『 光と闇のマリア』


 ——主人公、マリア・ダリスが、私の目の前に現れたのだ。

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