3-8

 さて私達は今、行きの旅には発生しなかった問題に直面しており、非常に動揺しているところである。


 それが本日泊まる予定だった宿の“部屋が空いていない”というまさかのアクシデントに見舞われていたのだった。


 ……いや、ちょっと盛った。

 あるにはあるのだ。

 が、どうやら今空いている部屋は二部屋だけらしい。しかも、どちらも一人部屋なのだった。


 ここ二週間、最早私達の専属と化している御者の分は勿論取るとして、問題は、私達二人の方だった。


 普通は御者とメル君の男性同士で部屋を取れば良いという考えになるのだが、メル君は、この御者がどうも苦手なようで、時折御者から熱の篭った視線を感じるらしく、近寄るだけで悪寒が走るからと、出来るだけ接触を断っていたのだった。


 私にはとても紳士的な態度で接してくれているので、メル君の感じているその感覚は良く分からないのだけど、まあ、メル君がこんなにも言っているのなら事実なのだろう。


 そんな事もあり、行きの旅では一人部屋をそれぞれ借りていたのだけれど、今回はまさかの状況だ。


 流石に泊まらないという選択肢はないので、まあこんな事もあるだろうと、私は彼に同室で寝ようと提案したのだけれど、メル君は私と同じ部屋で一晩過ごすのをもの凄く渋っており、「かといって御者と同室よりは……!」とブツブツと一人で呟きながら、なにやら苦渋の決断をしているようであった。


 というか、普通に聞こえてるんですけど?


 別に何かある訳でも無いし、私に対して失礼なんじゃない? と抗議をしたけれど、私の言葉はまるで聞こえていないようで、しまいには「嫌だけどしょうがないか」と小さく呟く声が聞こえてきたのだった。


 その顔はなにかが吹っ切れた、とても清々しい表情であったけれど、それとは逆に、彼の発した言葉をバッチリ耳に拾った私は、釈然としないモヤっとした気持ちになったものだった。


 嫌ってなんだ、嫌って。


 これが友人に対して言う言葉だろうか?

 ……メル君、いい子ではあるんだけど、基本失礼寄りな子なんだよなぁ。


 彼の性格を再認識しつつ、気をとりなおして、今日の功労者であるメル君にベッドを使ってもらい 、私はソファのほうでゴロ寝をしようと伝えた所、メル君は突然慌てだし、「そんな事させたらボク、秒で殺されちゃうから!」と謎のお断り理由を発して全力で拒否してきたのだ。


 そうは言っても年下の子に無理させられないからと、私も負けじと、「いやいやソファで寝っころがるのは慣れているし、最早プロ級だからそっちこそベッドで寝ろ」と言うのだけれど、メル君は頑なにベッドで寝るのを拒むのだった。


 彼は頑固だ。

 今までの付き合いでだんだんわかってきたが、こうと決めたら頑として譲らないところがあるのだ。


 けれど、メル君だって疲れている筈。

 ただでさえ、馬車に揺られているだけというのも地味に体力を削られるというのに、そこに屋敷の探索で色々と無理をしてくれていたのだから、間違いなく、私よりも疲れているのに違いないのだ。


 やはり、彼にはちゃんと休んで貰わなければ。


 ここは精神大人な私が早急にソファを横取りし占拠するしかないだろうと思い、無意識にちらりとソファを見てしまったのがいけなかった。


 どうやら、そのせいで私の考えていることがバレたようで、メル君は咄嗟にソファに向かって駆けて行き、その上に勢い良く転がられてしまったのだ。


 なんて事するんだこの子は……! これじゃあメル君、しっかり休めないじゃないの!


 膝から崩れ落ちる私を尻目に、勝ち誇った表情を浮かべるメル君は、頭の後ろに腕を組んで寝る体勢に入る。


「ふう……あぶないあぶない。ティア様の考える事なんてお見通しだからね。じゃ! 明日も早いんだから、遊んでないでもう寝るよっ!」

「ぐ……! つ、次こそは! 絶対にメル君をベッドに誘い込むから!」

「……ちょっと。誤解を招く言い方やめてくれる?  ……大体、一緒の部屋で泊まった事だって、王子サマにバレたら殺されちゃうってのに……!」


 またなんかボソボソ言ってるし。

 後半なんか、声が小さ過ぎて何を言っているのかわからなかった。

 この妙な態度……きっと、日中の疲労が残っているに違いない。


「メル君疲れてるんだね。 ……やっぱりベッドで寝たほうが……」

「ハイハイおやすみおやすみー! もう寝るから話しかけないでよねっ!」


 そう言って私の言葉をぶった切ったメル君は、背中を向けて目を瞑ってしまった。


 急に冷たい……やはり、思春期だからだろうか……?


 絶対に動かなそうなメル君の説得を諦め、そのままなにも掛けずに寝ようとしている彼に毛布を掛けてあげる。と、こちらに背中を向けたまま「ありがと」と、小さくお礼を言われた。それから、私は私でベッドの上に腰を落ち着ける。


 せっかく彼が譲ってくれたのだ。

 まあ、少し強引だったけれど。

 メル君の随分と遠回しな優しさを受け取る事にして、部屋の明かりを落としてから、私はベッドに潜り込み、静かに目を閉じたのだ。


 翌朝になり目を覚ますと、既に、メル君は部屋に居ないようだった。

 寝起きの頭はまだぼんやりとする。朝の爽やかな日差しを浴びようと窓を開けると、宿屋の入り口の前にメル君の姿が見えた。


 なにやら鳥と戯れているようだ。彼の腕には、海鳥っぽい鳥がちょこんと止まっており、今は人差し指で頭を撫でてもらい、ご機嫌な様子だ。


 しかも人懐っこいようで、メル君の腕の上をピョンピョンと飛び跳ねているところを目撃してしまい、私は羨望の眼差しで、食い入る様に見つめてしまった。


 う、羨ましい……!

 私もあの鳥ちゃんを触りたい!


 声をかけようか迷っていると、しばらくして海鳥っぽいコはメル君の腕から飛び立ち、翼を大きく広げながら、上空へと羽ばたいていってしまった。


「ああ……!」


 行ってしまった……触りたかったのに……!

 その様子を見下ろしたままガックリと項垂れていると、海鳥っぽいコを目で追っていたメル君と視線がバチっと合った。


「ティ、ティア様っ!? 起きてたのっ!?」


 まさか私が見ているとは思わなかったようで、メル君は非常に慌てた様子をしており、私は私で鳥ちゃんに触れなかった心残りを彼にぶつけたのだった。


「メル君! ずるいよ!! 私も鳥ちゃんを触りたかったのに……!」


 行き場の無いこの想いを伝えると、メル君は「なあんだ」と言いながら呆れた顔で私を見つめ返してきたのだ。


「ダメに決まってるでしょ!  アレは野生の鳥なんだから、素人が触って危害を加えちゃいけないんだよ?」

「でもメル君だって触ってたじゃないっ!」

「ボクは良いんだよ。鳥に理解があるからね。ティア様はダメ! 羽毛をベッタベッタ触って傷ませそうだし」

「ひ、酷い……!」


 と、まあしょうもない事で揉めに揉め、メル君にブーイングをかましては、鳥についてどちらが理解があるかを言い合っていた所、朝食の用意が出来たからとやってきた宿の女将さんにやんわりと仲裁をされ、渋々中断しながら朝ご飯を食べに行ったけれど。


 ムスっとしながら隣でご飯を掻き込むメル君を横目で見て、モヤモヤとした気持ちになる。


 やっぱり納得いかない。

 絶対に、私の方が動物に対する愛は強いというのに。

 ……まあ、何故か触ろうとするといつも逃げられるけれど。


 お腹が一杯になった事で、あんなに釈然としなかった気持ちがなんかどうでもよくなり、メル君に「さっきはごめんね?」と謝ると、彼は彼で、まだ少しだけ不機嫌なままだったけれど、「……次は、さっきのコを触らせてあげてもいいよ」と言って貰えたのだ。


 やったね! ゴネてみるもんだ。

 お互い先程の事は水に流す事にして和解した後、村で食料や水を調達し、出発の準備を整えてから御者と合流後、馬車へと乗り込んだ。


 っとまあ、帰りにあった問題はそんなところで、他に立ち寄った村や町ではキチンと人数分の部屋を取ることができ、特に揉める事もなく、スムーズに目的地へと進む事が出来たのだ。


 行きと同じく馬車に揺られながら、二週間の旅路を経て、私達はようやく王都へと戻ってきたのだ。


 真っ先に学園に寄ってもらうよう御者に伝え、数分後、目的地へと到着する。


 門の前で止めてもらった馬車から外を窺うと、前に訪ねた時とは違い、学園の雰囲気がこころなしか明るいような気がする。あの茂みに隠れていたおじさんは果たしてまだいるのか気になった私は、茂みの方にじっと目を凝らしながら、辺りの様子を見回してみる。


 どうやら誰もいないみたいだ。

 メル君が言っていたように、確かに新聞社の人間はいなくなっているようだった。

 鉄柵越しの門の先にはチラホラと生徒の姿が見える。

 うん、これならもう大丈夫だろう。どうやら立ち入り禁止令は解除されたようだ。


「じゃ、知り合いを呼んでくるから!」

「うん。待ってるね」


 メル君は意気揚々と馬車から降りて、守衛に話しかけに行った。

 以前来た時と違い、今日は和やかな雰囲気だ。メル君は朗らかに笑っており、守衛と軽く談笑しているようだった。


 しばらくして話し終えたようで、メル君はこちらに向き直って両腕を上にあげ、大きく丸印をつくった。

 どうやら彼の知り合いを呼んでもらえるらしい。


 御者に待っていてくれるよう伝え、私も馬車から降り、メル君の元へと駆けていった。


「ティア様、今呼んでもらってるから、もうじき来るよ」

「ところで、メル君の知り合いってどんな人なの?」


 そう聞くと、彼は「うーん」と言いながら考えこんでしまった。

 眉間には深い皺が刻まれている上に、どことなく嫌そうにも見えるけれど。

 ひょっとして、その人物とあまり仲が良くない感じなのかな?


「あー……アイツはねえ……見た目は爽やかなんだけど」

「うんうん」

「バカなんだよね」

「なるほど」


 貴族でバカ……熱血系の人なのかな?


「でも暑苦しい訳じゃなくって、一応、人には慕われるポジションにいるかなあ〜」

「ほうほう」


 そして人望があるっと。


「うーん……だめだ。他になにも思いつかないや」


「おいおい、酷いなあ。メルクは俺の事、そんな風に思っていたのかい?」


 ふいに、どこからともなくハキハキとした男性の声が聞こえた。

 声の方を二人で振り向くと、そこには、まるで夕焼けのように鮮やかな、オレンジ色の髪に同色の瞳を持つ、精悍な顔立ちをした学生の姿があった。いつからそこに居たのだろう? 彼は、私達に向かって歩いて来ており、近くまで来て立ち止まった。


 彼は、一目見て貴族とわかるぐらい落ち着いた優雅な所作をしており、自信に満ちたその表情は見る者に安心感を与える。

 確かに目の前の彼ならば人望がありそうだ。


 いや、でも……

 この人も……なんか見た事あるような……?


 妙に既視感のあるその姿におもわず目を細め、じっと凝視してしまう。


「クロード! ちょっと! お前に会うのにえらい時間が掛かったんだけど。仮にも生徒会長でしょう? 何やってんの?」


 メル君は粗雑な感じで話しかけているけれど、相手は全く気にしていないようだ。どうやら彼らは、身分など関係の無い、気安い間柄のようだ。


「ははは。まあしょうがないさ。

 こちらもまさか学園内で失踪者が出るとは思わなかったからなあ。 ……何しろ前例がないからね。事件をかぎつけた外部の人間から生徒を守るのが精一杯だったよ。 ……ところで、そちらのお嬢さんはどなたかな? 先程から熱い視線を感じるんだが」


 あ、私の事か。

 いけない、どうやら見過ぎたようだ。初対面の人間にジロジロ見られたら相手もいい気はしないだろう。


「あ、私は……」

「ちょっと! 人に名乗らせる前に、まず自分が名乗るべきなんじゃないの? お前、ほんっと礼儀ってもんがなってないよね!」


 メル君、さっきからやたらとあたりが強い気がする。

 もしかして、仲良くない通り越して嫌いなんじゃ……?


「ああ! 確かにそうだな。 ……すみませんレディ?  俺の名前はクロード。クロード・ホーエンと申します。普段はこの学園で生徒会長を務めている者です。 ……以後お見知りおきを」


 ……ん……?

 クロード・ホーエンって……どっかで聞いたような……?


 流れるような動作で手を握られ、手の甲部分に軽く口づけをされる。それを見ていたメル君は「うえっ」と言いながら嫌そうに舌を出していた。

 メル君も大概失礼では……?

 じゃ、なくって。


 ええっとお……?


 学園に在籍している三年生で。

 オレンジ色の髪に同色の瞳で。

 生徒会長をしている。

 そんな人物が出てくるなにかを、前世で死ぬ少し前にやっていたような……? って。


 ……あ。


 この人、攻略対象・2のクロード・ホーエンじゃないの!?

 確か、普段は生徒として学園に潜入している、本業は密偵の。


 ……あれ。この人物と知り合いということは、もしかして……?

 思わず友人の姿を凝視してしまった。


 亜麻色の髪に、エメラルド色の瞳。


 そんな人物も、確かに存在していた筈だ。

 普段はダグラスの街中で密偵をしている、そんな人物が。


「……もしかして。メル君って、メルクリウス・バトラー?」


 ——攻略対象・1の。


「はあっ!? なんでボクの本名知ってるワケっ!?」


 メル君はギョッとしてこちらを見つめ返していた。


「なあんだ! 正体バレてるじゃないかっ! お前、肝心なところでポンコツだもんなあ」

「う、うるさいなっ! お前の方がポンコツだろ!!」


 愉快そうに笑うクロード・ホーエンに噛み付くように、ぎゃーぎゃー言いながら罵るメル君を見て呆然としてしまう。


 まさかこんな近くに攻略対象者がいるとは思わなかった。

 しかも私の友人がそうだったとは……じゃなくって!


 いやいや気づけよ自分っ!!


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