3-4
シルビアちゃんが失踪したという記事を見てから直ぐに、パール商会の方では、ロブがありとあらゆる手を尽くして、事件について調べてくれた。
彼は、商会がここまで大きくなるキッカケを与えてくれたシルビアちゃんに、私以上に恩義を感じているからか、例の記事を発行した新聞社に問い合わせをしてくれて、記事を書いた記者本人を屋敷に招き、話を聞く事になったのだ。
客間で私とロブにナナ、それに、なにか協力出来るかもしれないからと名乗り出てくれたメル君の四人で待っていると、コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。執事のレイモンドが記者の来訪を告げた。
しばらくして客間に通されたのは、くたびれたコートを身につけ、ハンチング帽を被った中年の男性だった。
年は四十ぐらいかな? 帽子の下から伸びた髪を後で適当に括っており、無精髭を生やしていることから、あまり見た目には拘らないタイプのようだ。外国風の記者を想像したらこんな感じだろうな、といった風貌だ。
彼は、主に異国でのニュース欄を担当しているそうで、事件の際、偶然ダグラスに出向いていたところ、街で噂になっていたものを記事におこしたそうだ。
住人の話を聞くところによると、どうやら、学園に通っている女生徒の行方がわからなくなっているらしい。しかもその人物は、我が国の経済発展に大いに貢献した、スカーレット家のご令嬢のようだ、と。
記者は、出された紅茶を飲みつつ、当時の事を思い出しているのか、苦い顔をしながら語ってくれた。
事件の詳細を知る為に、彼は学園に取材を申し込んだそうなのだが、当然のごとく、門前払いを食ったらしいのだ。
学園の言い分としては、国に捜索依頼をしている上に、学園内の人間で対処している最中なので、これ以上、外部に情報を漏らす訳にはいかないとの一点ばりで、敷地内に立ち入る事すら出来なかったらしい。
街の方でも調査をしたそうだが、本来、文官の家系であるスカーレット家の人間は、代々城に出仕していたそうなのだけど、ダグラスの方では、これといって特徴のない家なのだそうだ。
令嬢であるシルビアちゃん本人も、幼少の時分からいままでを隣国で過ごしていた為、彼女についての情報は全くと言っていい程得られなかったらしい。
念のため、スカーレット家の方も訪ねたそうだが相手は貴族だ。
見ず知らずの、しかも他国の記者の自分では会うことすら叶わなかったと悔しそうに語っていた。
「新聞に書かれている事以外の情報はないのです」と申し訳なさそうに言われてしまい、逆にこちらが恐縮してしまった。
これは異国で起こった事件だ。
現地で起こした記事は船便を経由してこちらに伝える為、届く情報のスピードはかなり遅くなる。
どうしても、こちらに届く頃には、一カ月からニカ月程の誤差が生じてしまうのだ。
記者が言うには、これがもしこちらの国で起きた事件ならば、当てに出来る貴族が何人かいるらしい。けれど、ダグラスには支店がない為、これ以上詳しく調べられないようだった。
お礼を言って、私達は玄関で彼を見送った。本職の人間でも追えなかった案件なのだ。現地に居ない私達には、何も出来る事はなかった。国が違うという事がもどかしい。
不安だけがどんどん膨らんでいく。心臓の弱い彼女だ。
……攫われたりしていないだろうか。
……怖い目にあっていないだろうか。
もし、心臓に負担のかかるような事があれば……
ふと、脳裏に冷たい床の上で倒れる彼女の姿が浮かぶ。
肌は蝋のように真っ白で、呼吸は……
——最悪の未来を想像してしまい勢い良く頭を振った。
……大丈夫。シルビアちゃんは生きている。悪い想像は絶対にしちゃダメだ。私が信じていなくてどうする。
——なにか、手がかりがあればいいのに。
彼女自身に関わるものが、なんでもいいから! 何かあれば……
……そうだ。シルビアちゃんのお屋敷にいってみるのはどうだろう……?
初めて彼女と出会った、あの小高い丘から見下ろした先に、彼女の住んでいたお屋敷はある。街の賑やかな居住区から少しだけ離れた箇所に、ひっそりと佇むようにポツンと建っているのだ。
ここから歩いて行ける距離だし、ダメで元々だ。
……行ってみよう。シルビアちゃんが過ごしていたお屋敷へ。
私は急いで自室に戻り、日除けの帽子を被って階段を駆け下りた。すると、玄関のホール付近を歩いていたレイモンドにばったりと出くわし、何処かへ出かけようとする私の格好を見て、彼は不思議そうに話しかけてきたのだ。
「お嬢様、どちらへ行かれるのですか?」
「レイモンド……! 私、シルビアちゃんのお屋敷に行ってみようとおもうの。何か手がかりがあるかもしれないし」
すると、レイモンドは眉間に皺を寄せ、何かを考えるように押し黙った。
「どうしたの……?」
「あ……いえ。 ……シルビア様のお屋敷に行かれるのでしたら、少々お待ち頂けますか? 知らせを出しておきますので、従僕が戻ってくるまで、こちらでお待ち頂きたいのです」
「う、うん。大丈夫だけれど……?」
「それでは」と言いながら、レイモンドは従僕の男の子を呼びに行き、スカーレット家に知らせを出すように指示をだした。
その様子を見ながら、なんとなく引っかかりを感じた私は、レイモンドの後を追いかけ、詳しく聞いてみる事にした。
「ねえ、レイモンド。さっきの話だけど、どうして知らせなんて。
シルビアちゃんのお屋敷なら、誰かしらいるよね? あ、ほら! 前に一度お伺いした時、優しそうなメイドさんがいたじゃない? 彼女なら私の事、覚えていてくれると思うの。だから、行っても平気なんじゃ……?」
レイモンドは話すのを迷っているようだ。 けれど、私の顔を見て決心したのか、とても言いづらそうに話してくれた。
「……お嬢様にはお話ししておりませんでしたが、あのお屋敷の使用人は、半年に一度、入れ替えを行なっているのです。シルビア様は、人があまりお好きではなく、長く同じ人間を雇い入れるのを非常に嫌っておいででした。それに、年々雇い入れる使用人の数を減らしておいでで、私が雇って頂いた時も、十人にも満たない人数でしたので、今でも誰かいるかどうか……」
「え? そんなわけないよ。シルビアちゃんが人嫌いだなんて。だって彼女は、私やロ……ううん、お義父様やお義母様にすごく良くしてくれたもの。なにかの間違いじゃあ……?」
「いいえ。私にとってはそちらの方が驚きでございました。私があのお屋敷で働いていた頃は、シルビア様は何に対しても関心を抱かず、決して笑う事の無い人形のような方でございました。御身を人に触れられるのも嫌がっておいでで、自室にすら人の出入りを禁止されていたのです。それが、ティアお嬢様とお会いになる時だけは、とても楽しそうに柔和な顔でお笑いになるようになり、私ども使用人は皆、安堵したものでした。シルビア様には、感情を晒け出せるご友人がいる。これで我々も一安心だと」
……そんな事、信じられない。
レイモンドが語るシルビアちゃんの話は、まるで、今まで私が見てきた彼女を、全て否定されていくようだった。
「で、でも……! そうだ! 確か、全権を任されているっていう、執事さんがいた筈だよね? あの人は? 使用人全てを入れ替えるだなんて無理があるし、流石にその人は今でも残っているよね?」
「……全権を任されているというのは、人目を欺く為のものです。 大金を自由に動かす際、いくら貴族の令嬢とはいえ、付き添いでも大人が立ち会わねば不審に思われますから。当時、パール商会立ち上げの際に訪れたあの執事は私の前任者でした。彼も例外なく、半年でお暇を告げられております。 かくいう私も、その後、暇を告げられましたが、偶々シルビア様のご機嫌が良かったからでしょう。
有難い事に、このお屋敷で働くようご指示を頂く事が出来ましたから」
「そ、んな……」
本当に、レイモンドはシルビアちゃんの事を言っているのだろうか……?
でも彼は嘘をつくような人間じゃない。けれど、どうしても信じられなかった。
……それじゃあ、今まで私が見てきたシルビアちゃんは?
彼の見てきたシルビアちゃんと、私のよく知るシルビアちゃん。一体どちらが本当なのだろう。
まるで、別人の話を聞いているようだった。彼女はいつだって、私に親しげな笑みを浮かべてくれて、日々の出来事を楽しげに話してくれていたのだから。
——それに、私の事を大事な友人だと言ってくれたのだ。もちろん私だって同じように思っている。
考えが上手く纏まらずに押し黙っていると、外の方から馬の嘶く声が聞こえた。どうやら知らせが戻って来たようだ。
従僕の男の子が玄関の扉を開けて帰ってきた。男の子が言うには、現在シルビアちゃんのお屋敷には管理人のみが住んでいるようで、まともな応対は出来ないけれど、それでも宜しければ、との事だった。
「……やはり、例外なく使用人達は暇を告げられたようですね。では、馬車をご用意致しますので、そちらにお乗りください」
「うん……ありがとう。レイモンド」
「それから」と去り際にレイモンドは告げる。
「メルク君もお呼び致しますので、同行させて下さい。彼が付き添ってくれたら安心ですから」
「わかった」
うん。メル君なら頼りになるし、一緒に手掛かりを探してくれそうだ。
レイモンドがメル君を呼びにいくのを眺め、私は一人、妙な胸騒ぎを覚えながら玄関で待つ事にしたのだ。
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