3-2

「ねえねえティア様っ! 一緒にダグラスに行こうよっ!」

「やだ」

「そんな事言わずにさぁ! 絶対に楽しいって! 行こうってば!」

「やだ」


 麗らかな午後のひと時、私はこの友人と二人、自室で優雅に紅茶とお菓子をいただきながら、先程から対面に座るメル君からの執拗な『ダグラス行こうぜっ!』口撃にあっているところである。


 この友人、妙にダグラスが好きなようで、無二の友人である私に対して、しつこいぐらい、ほぼ毎日のペースで誘ってくるのだ。


 こっちは、デッドエンド回避の為にわざわざ隣国まで脱出してきたというのに。


 戻る訳がない。


「なんでさぁーっ!? ダグラスは良いところだよ? 食べ物は美味しいし、経済は……まあ、最近だとこの国に負けてるけど……あ! そうそう、クレープの美味しい屋台があるんだよ? こっちじゃ流通してないでしょ? 可愛いアクセサリーのお店とか、オシャレなカフェもあるからさぁ〜! ね? 一緒に散策しよーよ?」

「やだ」


 すごいグイグイくるし。


 しかも誘ってくる内容が、おしゃれで可愛いと話題の、前世での女の子が好みそうなスポットばかりを紹介してくるのだ。


 ……っというより、一見、世界観の合わないような気がするこのお店の数々、本当に実在しているのかな……?


 五歳で脱出した時には、出来る限り王都へ近寄らないようにしていたから、元々の街並みがわからないのだ。当時は国が疲弊してた筈だから、多分オシャレなお店はなかった筈。


 ……もしかして、私みたいに前世の記憶がある人物がお店を経営しているのかも……? それで、国の雰囲気が変わったとかかな?


 今私が住んでるところだって、二年で急速に変貌を遂げたのだしあり得るかもしれない。


 逆にちょっとだけ、見てみたいような気持ちにもなってきた。


「も〜! 何なら来てくれるのさぁー?! ……あっ! 猫がいっぱいいるカフェとかどう? 女の子はスキでしょ?」

「……猫、カフェ……?」


 ぴくっと身体が反応してしまう。それなら是非行ってみたいけれど……!

 だらっと寝そべり、油断しきっている猫ちゃんに狙いを定め、あのモフモフした毛並みに顔を突っ込む事が出来たのなら……!


 ある意味死ぬのも本望だ。

 全力でその感触を堪能したい。


「……あるの?」

「……あっ。 ……ごめん、その店、店長が高齢だからって、去年閉店したんだった」

「じゃあやだ」

「……ッチ! あとひと押しだったのに……!」


 なんか小声で呟いてるし。

 言っとくけど、聞こえてるんですからねっ!


「メル君、なんでそんなにダグラスに行きたがるの?」

「それは、王子サマが……」

「え? おうじ……?」


 私が聞き返すと、メル君は慌てて言い直した。若干、声が上擦っているような気がする。


「あ、あー! 間違えたっ! おじさんって言いたかったのっ! 前にボクの事を助けてくれたおっさんがお店をやっててさっ! 恩人だし、少しでも呼び込み出来ればなって思って!」

「ふーん? そうなんだ。それなら、私がロブ……じゃなかった! お、お義父様とお義母様に言って、商会のお得意様に、そのお店をオススメしてもらうように話しとくね」

「あー……うう〜ん……そうじゃなくて! ……まあ、いいや。今の忘れて……」


 そう言って、メル君は何故かガックリと項垂れていた。


 ?……変なメル君だ。


 丁度話が途切れたタイミングで、コンコン、と扉をノックする音が聞こえた。


「失礼しますお嬢様。お手紙が届きましたよ」

「は〜い! ありがとう、レイモンド」


 手紙を持ってきてくれた彼はナイスミドルな執事、レイモンド(45)である。


 彼は元々、シルビアちゃんが療養の為に過していたお屋敷で働いていたそうなのだけど、パール商会が貴族向けの販売を開始してから本格的に忙しくなり、上手く仕事の補佐を任せられる人物が欲しかったところに紹介してもらったのだ。


 主に、レイモンドはロブの仕事の補佐を行なっているけれど、手が空いた時はこうして他の雑務も行なってくれる、非常に優秀な執事なのである。


 白い手袋を着用した手で銀盆を持っているようだ。その上には一通の手紙が載せられていた。これが私宛の手紙らしい。

 確かに受け取ると、彼は静かに微笑み、部屋から退出していった。


 受け取った封筒は淡いラベンダー色をしており、隅の方に小さなパンジーの押し花が織り込まれている可愛らしいものだった。


 クルリとひっくり返してみると、差出人の部分に、私のもう一人の友人である、『シルビア・スカーレット』の名前が記されていた。


「あ! シルビアちゃんからだっ!」

「シルビア……? ああ、例のスカーレット家の……」

「あれ? メル君知ってるの?」

「そりゃあ勿論。この国に来てからイヤって程調べ……ん"ん"! ……じゃなくって! 聞いたからねっ! ティア様のお家をバックアップしてくれた人でしょ?」

「そうそう! よく知ってるね〜!」


 もしかして、街で話題になるぐらい有名な話なのかも?


 早速彼女からの手紙を開封し、中の便箋を取り出してみる。すると、花のような甘い匂いがふわっと広がり、私の鼻孔を擽った。

 匂い付けに、お香かなにかを焚いてあるようだ。流石シルビアちゃん……女子力高いな……!


 便箋は二枚程入っているようだ。折りたたまれた便箋を開いて読んでみると、彼女らしい丁寧な筆記体で、新しく始まった学園での生活について記されていた。


 手紙は無事に入学をはたした所から始まり、授業についても書いてあった。意外に身体を動かす科目が多いらしく、なるべく心臓に負担が掛からないように心がけているそうだ。


 それから、長期休暇が年に二回程あるそうで、次の長期休暇で一度、こっちに帰って来れるみたいだ。


 帰る日取も決めているようで、予定の日付を見ると、今からちょうど一ヶ月後に到着する船に乗るらしい。


 思いのほか早く会える事に驚きながらも、私はこの友人が帰ってくる日が待ち遠しい。とても楽しみで仕方がない。


 ただ、この手紙はシルビアちゃんが学園に入学してからひと月後に書いたものらしく、郵送の際に陸路と船の便を経由している為、私の手元に届く頃には数ヶ月立っているかもしれないという懸念が書いてあった。


 そこで一枚目を読み終わり、便箋を後ろに移動させて、二枚目を読みにかかる。


 こちらの方には、前に彼女に聞いた、この世界の主人公である、男爵令嬢マリアについての事が書かれていた。


 授業の合間を縫って探してはみたものの、それらしい人物の姿は見かけなかったそうだ。クラスが何組かあるので、もしかしたら別のクラスにいる可能性があるらしい。他クラスとは授業が完全に分かれている為、あまり交流する機会がないのだと書かれていた。けれど、引き続き探してくれるそうだ。


 最後に、『季節の変わり目だからあまり無理をせず、体調を崩さないようにね?』と書かれた文字を読み終えたところで、彼女の優しさが滲んだ手紙の内容を、もう一度、頭の中で反芻する。しばらくしてから、私はメル君に話しかけた。


「シルビアちゃん、一ヶ月後に帰ってくるって! とっても優しい子なんだよ〜? メル君にも、是非紹介するからねっ!」

「ふ〜ん……そうなんだ。まあ、別に会ってあげてもいいけどね」


 身を乗り出しながら、覗き込むように手紙を見ていたメル君は、途端に興味なさそうな顔になり口を開いた。


 さっきの明るくダグラスを勧めてた時とは違い、どうでもいいと言わんばかりのこの塩対応……!

 これが、俗にいう思春期というやつなのかもしれない。


「あ、そうそう! ボク、ちょっと用事があるから出かけてくるね!」

「わかった。いってらっしゃい〜」


「ん」と言いながら片手を軽く上げて部屋から出て行くメル君を見送り、私はもう一度、最初から手紙を読みにかかった。


 嬉しい! 思ったよりも早くシルビアちゃんに会えるだなんて。

 彼女と石鹸の売り方について案を出しあっていたのが懐かしい。


 あれから商会の方では新色のフレーバー石鹸を開発したり、以前、私がロブに渡した未完成レシピを元に、試行錯誤の末に完成させたハンドクリームを二号店の開店記念と称して発売しており、こちらも売り上げは上々なのだ。


 折角だし、彼女にお土産として渡してあげたいな。

 

 後、ひと月かぁ。楽しみだなあ〜!



 ーー

 ーーー※



 日が傾き始めた穏やかな午後の中、パール商会の広大な庭の片隅で、どこからともなくピー! いう甲高い笛の音が響いた。


 ここ数週間、毎日のように鳴り響いていたその音の正体は、最近この商会にお世話になっている、ある異国の少年が鳴らしているものだった。


 亜麻色の髪に、エメラルド色の瞳をした少年は、切羽詰まった顔をしながら上空をキョロキョロと見渡している。しばらくして何かに気づいたらしく、ある一点を凝視しながら、ハッ! と息を飲むと、少年は、急いで利き手を真っ直ぐに伸ばしながら、相棒が急下降するのを待った。


「ぴーちゃんっ! やっと来てくれた〜! 待ってたんだよっ!」


 少年は焦りながらも、この相棒にお礼をするのを忘れずに、鞄から取り出した海鳥が好む餌を与えながら、足元に括り付けられていた筒を外す。

 細く丸められた紙を中から取り出して慎重に広げていき、急いで内容を確認する。


 そこには、前回送った報告書に対する労いと、『リヴィドー家令嬢について、どんな些細な事であろうと随時報告するように』と書かれた紙が入っていた。


(それどころじゃないんだってば! だって見つけちゃったんだからっ! ……例のご令嬢を!)


 急ぎながも慎重に、新たに用意した筒を相棒の足元に取り付けて、ようやく餌を食べ終わったらしい相棒が落ち着いたのを注意深く確認すると、勢い良く腕を弾ませ空へと放つ。


(こ、これで国に帰れる。長かった……本当に……!  ……無事に届けてよね。頼んだよ! ぴーちゃん)


 広げた翼を風に乗せ、取り付けられた筒を上空で揺らしながら、海鳥はダグラスを目指して優雅に羽ばたいていく。


 その姿は徐々に小さくなり、次第に見えなくなっていった。

 筒の中には、少年の主に当てた報告書が入っていた。


『例のご令嬢と思われる人物を、隣国の地で発見。至急、確認がとれる者の派遣を求む。』



 ——報告書が届くまで、後三週間。




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