3-1

 やったぞ!


 ついに……! ついに私にも、シルビアちゃん以外の友達が出来たのだっ!


 やはり、無理やり家に連れ込む作戦は正しかったのだという事がこれで証明された。

 今後もこの方法で、目に付いた友人候補を、片っ端から家に連れ込む事にしようと思う。


 さて、つい最近知り合った彼の名前はメルク君、というそうで、年齢は私よりも一つ下の十四歳らしい。平民出身なんだそうだ。


 亜麻色の、触り心地の良さそうな巻き毛を肩まで伸ばした、エメラルド色の瞳をしたとっても美しい男の子だ。


 彼は幼くして両親を亡くしており、生活の為、冒険者としてギルドに登録しながら、各地を渡り歩いていたところ、私とぶつかったあの日に偶々この国に来ていたらしいのだ。


 彼のギルドでのランクはAランクだそうで、この歳でこのランクはとても凄い事なのだそうだ。


 そもそも上位ランカーの人間自体あまりいないらしく、その中でも十代前半の人間ともなると、片手で余裕で数えられるぐらいの人数しかいないみたいだ。


 下はEランクから上はSランクまであるそうで、後ひとつランクが上がれば最高峰のレベルに到達するのだから、確かに彼は優秀だと思う。……そう、確かにすごいんだけど……


 この世界に冒険者ギルドがあった事の方に、地味に驚いている私がいたりする。元が乙女ゲームだから、てっきりないものだと思っていた。


 そういえば騎士見習いとのイベントで、魔獣退治や冒険者と共闘するシーンがあったっけ。


 ゲームジャンルに『アドベンチャー』とあったので、各キャラ攻略中に発生する戦闘シーンは、言われてみればちょいちょいあったのだった。


 ナナのお父さんも、元は冒険者だったと言っていたし、どうやらゲーム本編に出てこなかっただけで、そういった組織は存在していたようだった。


 ちなみに、この隣国の地にも冒険者ギルドの支部があるらしい。


 普段は行かないような場所……もとい、我が家とはちょうど反対側にある地区の、かなり奥まった場所にあるそうだ。


 どんなところなのか気になるので、今度、彼に連れてってもらおうかと思っている。


 彼の事はメル君と呼んでいる。

 やっぱり友達って、あだ名つけるとこから始まるみたいなとこあるじゃない?


 なので、親しみを込めて『メル君』と呼んでみると、「端折んないでくれる?」と、即座に嫌そうな顔をされてしまった。


 でも、彼の事はもう私の中でメル君ったらメル君なのだ。絶対に呼び名は変えないことにする。


 そのかわり私の事も呼び捨てで! というと、メル君は「いやいや! お嬢様相手にそんな事出来ないからっ!」と必死すぎるぐらい拒否してきて地味にショックだった。


 話し合いの末、『ティア様』と呼ばれる事になったけれど、同年代の子に様呼びされるの、なんかイヤだなぁ……


 どうにかして止めさせたかったけれど、メル君の意思は思いのほか固く、結局私が折れたのだった。


 メル君は、「そんな事したら殺されるから!」と若干震えながら言っていたけれど、誰もそんな事しないし、別に怒んないと思うんだけどなあ。


 現在彼は、我が家で一緒に暮らしている。

 メル君の身の上話を聞いた際、同じく幼くして両親を亡くしたロブと、実家の父親がかつて冒険者をしていたという私の保護者達が妙に親身になった為、急遽出会ったその日にのうちに一緒に暮らす事が決まったのだ。


 彼は路銀の心配もしていたので、私のボディーガード兼、友達ということで了承してもらった形だ。


 この友人、少し変わったところがあるようで、何故か私の事を探るようにじっと見つめていたり、名前もキチンと覚えてくれていないみたいで、偶に『ルル様』と呼んでくるのだ。


 元の愛称なので、私もついつい「はあーい」と返事してしまい、慌てて「いやいや名前ティアだから!」っと否定していたりするけれど。


 ……それにしても、この友人も、なんかどっかで見た気がしてならない。


 ウンウン唸りながら考えてみたけれど、全く思いだせる気がしなかった。ここは本人に聞いた方が早いなと思い、「私と会った事あるよね?」と、軽い気持ちで聞いてみたけれど。


「そのセリフ、下町のおばちゃん達にもよく言われたよ」っと、感情の失った遠い目をして言われ、彼はいったいどんな人生を歩んできたんだと思ったと同時に、私の言動が、まるで下町のおばちゃんと同じだと言われているような気がして、精神に多大なダメージを被ったのである。


 まさか無自覚に抉ってくるとはね……もう二度と聞かんぞ。


 シルビアちゃん出立後、商会の方では、先日繁華街に二号店がオープンし、売り上げも上々だという風にロブから聞いている。


 取引先も拡大し、偶に私もパーティにお呼ばれするのだが、私の事を紹介する時は“養女”という事にしている。


 親戚として一緒に暮らしているでは、万が一、本当の誘拐をされた際、警備隊に捜査してもらう理由としては弱い気がするし、血が繋がっていなくても娘だという事にしておいた方が、協力を仰ぎやすいだろうという、ロブの発案からだった。


 それに至るまでに色んな案が出たが、その中で、ナナが私を産んだということにするのはどうか? という案を、私は割と本気で提案したのだが、二人から即座に却下されてしまったのだ。


 なんでさ! と不服に思い噛み付いたところ、ロブは「それだとナナさんが11歳の時に出産した事になるじゃないですかっ!」と彼にしては珍しく強く反対してきたので、きっとその設定で通した場合、自分が女児に手を出したド畜生になってしまうのが嫌だったのに違いないのだ。


 ナナも「流石に11歳では産めませんわっ!」と反論していたので、まあ、確かに……? 産めなくも? なくもないか……?


 ……いや、やっぱりいけるんじゃ……!

 っと尚も食い下がろうとする私を、二人は冷たい視線で見つめてきたので、空気を読んだ私は「冗談だよー! えへへ!」と明るい声を出して誤魔化しておいた。


 養ってもらってる身分で、変なとこでムキになるもんじゃないのだ。


 っとまあ、現状ちょっと……いや、だいぶ裕福な家のお嬢様として生活しているけれど、やっぱりなにか他にやってみたい、というのが最近の私の悩みなのだ。


 一番心配していた、例のぺったんこだった部分は見事に成長を遂げ、ボン! まではいかなくとも、それなりな大きさになる事に成功し、鏡の前で思いつく限りの最高にセクシーかつクールなポーズをとってみたり、新商品の提案と称して、この前ミツロウから、おそらく材料足りてないであろう、超うろ覚え知識で作ってみたハンドクリームのレシピをロブに渡したりしたけれど。


 私自身は本格的な経営に関わっている訳ではないので、暇な時間が多過ぎるのだ。


 とりあえず将来の為にと、ナナが家庭教師をつけてくれたので、五歳で止まったままだったマナーの勉強や、一般教養についても動き出してはいるけれど。まさか生活が豊かになって、逆に人生持て余すとは思わなかった。


 うーん……このまま、気ままにスローライフをするのも悪くないのかも……?

 いや、でもなあ〜! 前世の影響からか、なんかやってないと落ち着かないんだよなあ〜!


 ……いやいや、やはり折角生まれ変わったんだから、人生楽しまないでどうすんだ!


 丁度勉強もひと段落したところなので、新しく出来た友人と街に遊びに行くか! と思い、メル君の姿を探すけれど、どうやら彼は出かけているらしく、屋敷にはいないようだった。


 この友人は、よくそういうとこがある。


 急に、ふらっといなくなったかと思うと、人目のつかないところへコソコソと行っているようだ。

 懐から小さな笛のようなものを取り出して、ピーピー吹きながら、キョロキョロと上空を見回して何も起こらない事にガックリと項垂れていたりするし。正直挙動不審ではある。


 何やってんだとも思うけれど、いやいや、人には色んな趣味趣向がある。私だって人の事は言えないのだから、彼に突っ込んで聞くのは失礼だろう。


 穏やか過ぎた時間が、この友人が来たことで、少しずつ動き出しているような気がする。


 この変化の日々を、是非シルビアちゃんに報告したい。

 そう思った私は、早速ペンをとり、手紙をしたためにかかった。


 ペン先が軽快に滑りながら、カリカリカリ……と、便箋の上を走っていく音が響く。


 ふと、昔が無性に懐かしくなり、ふふ、っと小さく笑みが溢れる。手紙を書くのは五歳ぶりだもの。正直ノリノリで書いたのだが。


「……また、書き過ぎたかもな……」


 二十枚は書いてしまった。初回で引かれないだろうか……?

 ……いや、彼女はそんな子じゃない。

 きっと紅茶を飲みながら、笑って読んでくれるはずだ。


 気を取り直して、さて送るぞ! っと思ったところで、シルビアちゃんが通っている学園の住所を知らない事に気がついた私は、「あああー!」と叫びながら椅子から崩れ落ちているところである。


 これも前にやった事あるな……


 仕方がない。

 シルビアちゃんも手紙を書いてくれるって言っていたし、彼女が送ってきてくれたら私も送る事にしよっと。


 多分封筒に、学園の住所を書いてくれてると思うしね。



 ……シルビアちゃん、元気でやってるかな?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る