幕間 密偵メルクリウス・バトラー

「さあて、報告事項もこんなもんかな」


 ここ数年で、隣国であるこの地が突然裕福になった原因を調べる為、ボク、メルクリウス・バトラーは今、繁華街を歩きながら、辺りの様子を眺めつつ調査を行なっている。


 国に潤沢な金が巡り、それに後押しされるかのように国民達が裕福になった原因とされるのは、ひとえに我が国の伯爵家である、スカーレット家が後ろ盾となっている、ある商会が原因である事は突き止めている。


 パール商会と名乗るその店は、ロブという、平民の若者が代表を務めており、元は貧困街だった地区を拠点としながら、今期は新たに従業員五十人程を雇ったようで、勢いは衰える事を知らない。


 つい先日、繁華街の方にもパール商会の二号店をオープンしている。


 この商会の成り立ちを追っていくと、元は“石鹸”という当時珍しかった洗浄剤なるものを売り歩く小さな露天商だったようだが、伯爵家が後ろ盾となった事により、近年、貴族向けに本格的な販売を開始。


 それが爆発的ヒットを納め、噂を聞きつけた各地の国の商人達が買い付けを始め、国を訪れる人間が増えたことにより、相乗効果で街も潤いだす。


 そうした実績が、この地の王家の目に留まり、名前の使用を認められたのち、王家御用達の売り文句で独占販売を続ける事となったようである。


 商品については、我が国にも近年流通を開始したのを確認。


「……よし。こんなところデショ」


 カリカリと紙の束に書いていたペン先を止めて、その中から報告内容をしたためた紙を数枚引き抜き、できるだけ細く小さく丸めて、慎重に専用の筒へ入れた。


 後はこの報告書を、伝書鳩ならぬ、海鳥のぴーちゃんに括り付けて飛ばせば完璧だ。それにしても。


「やっと任務が終わったぁー!」


 はあ〜、とお腹の底から溜息を吐き出す。肩の荷が下りたからか、なんとなくだけど気持ちが軽くなった気がする。


 凝った肩をぐるぐると回すと、ゴキゴキ、と嫌な音が鳴るのが聞こえて、心の中で、今日は絶対に早く寝ようと決心する。


 ……あー終わったぁー! やあっと国に帰れるよー!


 正直、この国の国民、それなりにみんな裕福だし、貧しかった時の名残なのか妙に他人に対して優しくてさあ。


 居心地悪いんだよね〜!

 距離がやたら近いったら!

 都会派のボクからしたら有り得ないんだけど。


 距離の詰め方が田舎もんのそれだし。

 あー、やだやだ!

 早く国に帰って、屋台の安っすいふかし芋が食べたい。


 今度は首の方をゴキゴキと鳴らしにかかると、上空から、まだ呼んでいないはずの相棒がこちらに向かって急下降しているのを確認する。


 ……ん? ぴーちゃん、どうしたんだろう。


 明らかにボクに向かって飛んできているようなので、利き手を横にまっすぐ伸ばして、ぴーちゃんが止まれるスペースを作ってあげると、下降ペースを徐々に落としながら、ゆっくりとボクの腕に止まってくれた。


 足の付け根を見ると、しっかりと封のされた筒が括り付けられているのが見える。


 ボクら密偵は、筒の種類で内容を判別しており、通常は銀、急ぎは赤、そして、王族からは金だ。


 今回の色は金だった。


 うわぁ……と内心嫌な予感をヒシヒシと感じながら、相棒の足元に括られている筒を慎重に外し、恐る恐る中身を取りだす。


 丸められた紙を広げてみると、やはりというか、なんというか。

 我らが主である、王子サマからの手紙だった。


 ええっと……なになに?

『国には帰国せず、このまま隣国の地で、リヴィドー家令嬢の捜索に参加せよ』だあ〜!?


 えぇー!! 勘弁してよぉーーっ!

 こっちはさっさと国に帰りたいんですケドーっ!?


 王子サマもさぁ〜! 婚約者の令嬢が見つからないならさっさと諦めれば良いのに。

 なんであんなに執着するんだか。わっかんないなあ〜


 色々選べる立場なんだから、もっと条件の良い令嬢を選べばいいんだよ。

 侯爵家っていっても、他にも名家はたくさんあるんだし、なんならよく似た類似品でも隣に据えとけば良いんだ。


 ……はあ。しょーがないか。

 不満を言ったところで上には逆らえないしね。

 ほんと、もう不満しか出てこないんだけど。


 とりあえず、指示書を運んでくれた相棒の頭を指先でちょいちょいと軽く撫でてから、腰につけたバックから餌をとりだし、お礼に嘴の先へ持っていく。

 すると、ぴーちゃんは嬉しそうに嘴で餌を挟み、そのまま丸呑みにかかろうとしているので、足元に新たな任務を了承した旨を記載した紙と、報告書を入れた筒を括り付けた。


「じゃあ、こっちもよろしくね?」


 この相棒に伝わっているのか分からないが、いつもこうして話しかける事にしている。

 ぴーちゃんは小首を傾げながら、ピョンピョンと小刻みに跳ねだした。どうやら丸呑みが終わったらしい。


 このコが落ち着いた所を見計らい、腕を弾ませて、空へと放つ。

 この報告書が主の元に届くのは数週間後だけど、その頃にはまあ、多少は進展があるデショ。


 それにしても……この国を調査している時に、街のあちこちで、我らが王子サマの“本当は存在しない“ご婚約者サマとの仲睦まじいお話が聞けるだなんて。


 噂を流した人、本当にすごいなあ〜! 一体何者なんだろう。


 ……まっ、それやったのボクなんだけどねっ!


 あ〜やっぱり、ボクって有能すぎる! これは、次回の査定期待できるな。


 さあて、気を取り直して、王子様の手紙をよく読んでみるか。


 中身をよく確認してみると、指示書はどうやら三枚程あるらしい。一枚目は、さっき読んだ通りの内容だから……次は二枚目からか。


 二枚目の指示書を前に持ってきて内容をよく読んでみる。

 どうやらこちらには、婚約者のご令嬢の特徴が詳しく記載されているようだ。


 なになに……『リヴィドー家令嬢、ルルティア嬢の特徴だが、まるでその姿は妖精かと見まごうばかりの愛らしく可憐な姿。穏やかで春の甘やかな色彩を思わせるその髪は、美しく咲き誇る桃色の薔薇のようで甘い芳香で大勢の人々を魅了するのか。彼女の眼差しは輝くサファイヤブルーの、海の神の祝福を受けた深い蒼色。ああ、彼女を見たものは、その愛らしさに心を奪われるに違いない……』


 は? なにこれ。ポエムかなにか?


 正直、今ので読む気がガクッと落ちた。

 が、一応仕事なので最後まで読んでおいた。吐き気を催しそうだった。


 「おえ……」


 と、取り敢えず、三枚目にいくか。 ……また同じような内容だったらやだなあ〜……


 一度深呼吸をして気持ちを落ち着つけてから、よし! と気を取り直し、最後の指示書を手前に持ってくる。


 なになに……『王子の手紙は無視して良い。ルルの成長予想図を入れておくので、こちらを参考にすべし』


 ……あ、良かった。こっちはまともだった。


 この字はご令嬢の兄上である、アルベルト様のものだ。

 この二人、ご令嬢を見つける事に血眼になっており、そのお陰なのか異様に仲が良い。


 今回は指示にもなってない書類をフォローするべく、自身も文を同封してきたようだ。


 アルベルト様の筆跡の下の方には、王子サマの愛してやまないご婚約者サマと思われる、美しい少女の絵が描かれていた。

 特徴的な薄桃色の髪に、蒼い瞳の儚げな少女だ。


 ……いや、これ目立つ配色の子だなあ。こんな子いたら直ぐにわかるんじゃないの?

 この子が攫われてから、すぐに我が国の精鋭部隊が探し続けて来たのに、その甲斐なく、今まで見つからなかったんだから。


 それにさあ、誘拐されたのって今から10年前でしょう?

 残念だけど、もう亡くなってると思うんだよなぁ。


「これ……どうしよう……」


 指示書を丁寧に折りたたみ、鞄にしまいこんでから途方に暮れてしまった。


 まず、間違いなく亡くなっているとみていい。

 ……いいとは思うんだけど、多分、証拠というか、納得させられるだけの根拠がなくちゃ、国に帰るだなんて許されないんだろうなあ……


 ああ〜もう、詰んでんじゃん!

 最悪だよ〜……どうすりゃいいのさこれ……


 ガックリと項垂れていると、突然背中にドン! と衝撃が襲った。


「わっ!」

「あいたっ!」


 どうやら若い女の子が、ボクにぶつかってきたらしい。

 その子は紙袋を片手に持っており、視界が良くなかったようで、前方にいたボクが見えていなかったようだ。


「ご、ごめーんっ! 大丈夫?」


 話しかけられてから、改めてその子を見ると、平民によくあるありふれた茶髪で、瞳の色は深い蒼色のようだ。

 それを隠すかのように、顔に合っていない大きな眼鏡を掛けていた。


 なんか……勿体ないな。


 平民にしては顔が整っているし、このバランスの悪い眼鏡の所為で、この子の良いところが台無しになっている気がするんだよね。


 ……この子、センス悪いんだな。可哀想に。


 まあ、もう関わる事もないだろう。早々に立ち去ろうと適当に返事を返しておいた。


「ああ、別に大丈夫だから。じゃあ……」

「ちょおっと待った! 迷惑かけちゃったからさっ! お詫びさせてよ! そんで私と友達になって!」

「はあ!?」


 いやなにこの子? 距離の詰め方下手くそ過ぎない? 後、多分めんどくさいタイプの人間だ。


「いや……迷惑と思ってないから。後、友達じゃな……」

「まあまあ。ウチ、すぐそこなんだよねー! お茶ご馳走するからさあ!」

「いや、いいから!」

「まあまあまあ」


 そう言って、その子はボクの腕をガッと掴んできた。


「いや! 本当に! かえって迷惑なんだけど!」

「まあまあまあまあ」


 必死で掴まれた手を外そうとするのに、この子のどこにそんな力があるのか全く剥がせそうにない。こころなしか指が食い込んでるし!


「お願いだから……話を聞いて……」

「はいはい、家で聞くからね〜」


 ズルズル……と、その子の家があるという方向へ向かって、ボクは抵抗虚しく引きずられていった。



 ※



「ここ……本当にキミの家……?」


 口があんぐりと開いてしまった。

 だって……! ここって、パール商会の本拠地じゃん!


「そうだよー! 私、ここの養女なんだっ! すごいでしょー?」


 ニカっと笑うその子は、呆然と立ち尽くすボクの腕を更に引っ張り、屋敷の中へと招き入れてくれた。


 玄関を通ると、目の前には燕尾服を着こなした中年の執事らしき男性が立っており、僕らを快く迎え入れてくれた。


「おかえりなさいませ。お嬢様」

「ただいま〜! 今日はね、お友達を連れてきたんだよ〜? 悪いんだけれど、お茶とお菓子を用意してほしいな?」

「畏まりました。それでは、客間でお待ちくださいませ」


「はあ〜い」とゆるく返事を返して、女の子とボクは、絨毯の敷き詰められた長い廊下を歩いて行った。


 壁には巨匠が描いたとされる絵画が掛けられており、等間隔に、高そうな壺や抽象的な置物が置かれたりしているのを見て、流石金持ちは違うな、とぼーっとしながら思う。


 まさか、さっきまで調べていた商会の子とお近づきになるとは思わず、驚きすぎて、ついされるがままに連れていかれてしまった。


 客間に着き、ソファに座るよう促されてようやくハッ! と意識が戻ってくる。


 ま、まあ気にはなるけど、もうこの商会については充分調べ尽くしたし! それに、今は行方不明になっている、ご婚約者のご令嬢を探すという新たな任務があるんだから、ここでのんびりしている訳にはいかない。


 ……ここは、早々に退散するか。


「あ、あー! 来て早々、申し訳ないんだけど、御手洗い貸してもらってもいいかなー?」

「いいよ〜? 場所はねえ……」

「い、いや大丈夫! さっき歩いた時にそれっぽい所を見つけたから!」


 まあ、大分苦しい言い方だけど、女の子は特に気にしたふうでもなく、「そう?」と続けた。


「じゃあ、戻ったら一緒にお菓子たべよー?」

「イイネ!」


 いや、良くは無い。


 御手洗いに行ったと見せかけて、しばらく時間が過ぎたら帰ろう。うん。そうしよう。


 早々に客間の扉から退出し、廊下の曲がり角まで早足で進み、じっと身を潜めた。


 ……はあ。それにしても、今日は厄日だな。

 国には帰れないし、変な女の子には捕まるし。


 鞄から例の指示書を取り出して、また途方に暮れる。

 三枚目の、あのご令嬢が描かれている紙だ。


 ……いくらボクが優秀だからって、この世にいない人間を探すなんて無理だよー!

 もー! 薄々思ってたケド、この仕事、ブラックなんじゃないのっ!?


 ひとしきり職場に対する愚痴を心の中で吐き出したら、ちょっと気分が持ち直してきた気がする。


 ……あ。お暇する前に、ダメ元でさっきの子に聞いてみるのもありかもな。


 よし。もう充分時間は経ったから、今戻っても怪しく思われないだろう。


 辺りを慎重に見回して、誰も居ないのを確認する。

 先程の客間まで戻り、扉の隙間からそっと中を伺うと、人数が増えているのに気がついた。

 どうやらお菓子を運んできた女性と、その子供がいるらしい。


 あれ……? メイドが運んできた訳ではなさそうだ。

 あの女性、見覚えがある。

 確か、パール商会代表の奥さんだった筈だ。


 身重なのかお腹が膨らんでおり、隣には、女性に良く似た顔立ちの小さな男の子が、拙い足取りでテーブルに近づき、興味深そうにお菓子をじいっ、と見ているようだ。


「こら〜! ロイはまだ食べれないよ〜?」

「まあ、だめですよ。それは、お嬢様とお友達の分ですからね?」


 二人で小さな男の子に教えてあげてるらしい。 ……って、アレ……?

 あの子、ここんちの養女なんだよねぇ? 

 なんでお嬢様呼び……? 

 名前で呼ばないなんておかしくない……?


「ああー! それにしても蒸れるなあー! はあ〜暑い暑いっ!」


 何を思ったか、女の子は、突然頭に手を当てて髪の毛を掴んだ。

 カポッと音を立てて、茶髪が空中に浮き、中から薄桃色の髪の毛がサラサラと流れ落ちてきた。


 は? カツラ……?

 それに、薄桃色……


 バッ! と手に持っていた紙を凝視する。


 いやいや。嘘でしょ!?

 人相書きの髪色……薄桃色だ。


「お、お嬢様!? だめですわ! そんな気軽に外しちゃ! お友達もいらしているのでしょう!?」


 急に女性の方が慌てだした。


「直ぐに被り直すから大丈夫だよ〜? 適度に換気しなくっちゃ! カツラって蒸れるんだも〜ん。ハゲちゃうよぉ〜!」


 そう言ってケラケラ笑っている女の子に、女性の方が少し強めに言い聞かせているのが聞こえてくる。


 その隙に瞳の色を伺う。

 ……深い蒼色だ。

 もう見なくてもわかる。だって人相書きもおんなじ色だし!


 ……ちなみに顔は……儚……くはないな。うん。


「ははは……」


 口から勝手に乾いた笑いがこぼれた。


「み、見つけちゃった……」


 普通にいるし……!

 ええ……どうしよう。これ……




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