2-11

 船の汽笛が辺りに響き、見送りや出迎えの人々で、船着場は賑わいをみせる。


 今日は、シルビアちゃんが隣国の地を出発し、ダグラスへと帰る日だ。


「シルビアちゃん……元気でね?」

「ティアちゃん。そんな顔をしないで……? 私以外にも、ちゃあんと、お友達を作るのよ?」

「うん……」


 シルビアちゃんは、自国よりもこちらで過ごしていた期間の方が長いと言っていた。

 彼女こそ、国に帰ったらあまり知り合いのいない学園に通うことになるのに、この地に残る私の事を心配してくれているようだ。


 ……うん。もういいや! 白状しよう。

 私には、友人と呼べる人など、ほとんどいないと言っていいのだ!


 今思えば、まあそのうち出来るでしょ! とタカをくくってなんも行動しなかったのが良くなかった。決して、私に人望がないとかそういったアレではないのだ!


 彼女に心配をかけない為に、これからは、明るさを兼ね備えたコミュ力抜群な私でいこう。


 大丈夫。アテはある。


 我が家には、ナナという町一番のコミュ強のお手本がいるのだから!


 ナナ先生の今までの行動を参考にすると、確か、彼女は相手と視線があったらニコッと微笑み、自然な感じで距離を詰めていた筈だ。


 ……いや、やっぱりめんどくさいな……


 あーあ! お酒さえ飲めれば手っ取り早いんだけどなぁー!

 しかし私は未成年。悔しいが、正攻法かつ素面で挑むしかない。


 ……まあ、適当に口実を作って、とにかく家にさえ連れ込んでしまえれば……!


 あとは話す内容がショボかろうとも、お互い一緒に過ごした時間が、なんかいい感じに仲を良くしてくれるに違いない……!


「……多分、ティアちゃんが考えてる事、違うと思うわ」

「えっ! な、なんでわかったの!?」

「顔に出ていたわよ?」


 クスクスと笑う彼女に、私はちょっと動揺した。

 前に、ナナにも同じ事言われたっけ。今度からはポーカーフェイスを意識しよっと。


 それに。シルビアちゃんとは、こんなに仲良くなれたのだ。

 出来れば隠し事はしたくない。

 彼女が旅立ってしまうその前に、私には、どうしても彼女に告白したい事があった。


「ねえねえシルビアちゃん! ……ちょっとこっちに来てくれる?」

「? ……わかったわ」


 不思議そうにするシルビアちゃんの手を引いて、人通りの少ない物陰へと彼女を連れて行った。


 辺りをキョロキョロと見回して、人の目がない事を確認すると、私は今被っているカツラをポンポン、と片手で軽く叩いてみせる。


「実はね……私カツラだったんだ!」


 すると彼女は眉尻を下げ、何故か悲しそうに私を見つめた。


「ティアちゃん……可哀想に。まだこんなに若いのに」


 あれ、私ハゲてると思われてないっ!?


「ち、違う違う! ハゲてないからっ! じゃ、じゃーんっ! 実は、私の本当の髪は薄桃色でしたー!」


 そう言って、私は今まで着用していた茶髪のカツラをヒョイっと取ってみせた。


 さらり、と薄桃色の髪が私の肩を流れていく。

 シルビアちゃんはまあ! っと、声をあげ、驚いた様に目を見開いていた。


 それから少し躊躇いがちに、私の肩にかかっていた薄桃色の髪を優しく撫でて、その内の一房をそっと手のひらで包み込んだ。


「ティアちゃん……こんなに綺麗な色を隠していたのね。 これは……貴族の色ね。この色を持ったまま、庶民の暮らしをして、さぞ苦労したでしょう?」

「ううん! 意外と大丈夫。私にはロブやナナがいてくれたから」

「そう……なら、これからも安心ね?  ……ティアちゃん。向こうに着いたら私、手紙を書くわ。必ずまた戻って来るから。それまで寂しいけれどお別れね」

「シルビアちゃん! ……私も手紙を書くよ! また、会える日を楽しみに待ってるから……元気でね」

「……ありがとう。ティアちゃんも」


 髪に触れていた手を解き、シルビアちゃんは私の両手をとって、優しく握ってくれる。


 お互いの視線を絡めながら、微笑みを交わす。

 寂しくならないように。また会う日を胸に抱いて。


 船の汽笛が鳴り響く。

 まもなく出航の時間だ。


「そろそろ戻らなくちゃ」

「うん……」


 握っていた手ばスルリと離れ、お互い無言で船へ戻る道を歩きだす。

 船着場まで戻ると、彼女は甲板への階段を上っていった。


 最後の乗客を確認した船員が出航の笛を吹き、それを合図に船は動き出し、徐々に船着場を離れていく。


「また会いましょう、ティアちゃん!」

「シルビアちゃーんっ! 身体に気をつけてねーっ! 無理しちゃダメだよー!」


 彼女は穏やかに微笑み、甲板の上から小さく手を振り続けてくれた。


 船は大海原へと向かって進んでいく。

 彼女の姿は小さくなり、やがて見えなくなっていった。


 無事に彼女がダグラスへ着きますように。


 シルビアちゃん……元気でね。


 ーー

 ーーー※



 ——某日、王都ダグラス

 王立学園内——



 新たな生活の始まりに、期待に胸を膨らませた生徒達が賑わう中、学園の門の前に一台の馬車が止まる。


 仕立ての良い馬車にはある男爵家の家紋が刻まれていた。やがて扉が開き、中から一人の少女が降りたった。


 少女は、御者といくつか言葉を交わし、クスクスと楽しげに笑う。気心のしれた仲なのだろう。御者は大仰にお辞儀をした後、馬に鞭を当て、帰路へ着いた。


 少女はそれを見送りながら、ふいに、ゆっくりと振り返る。目の前に広がる学園の校舎を静かに見つめているようだった。


「ここが、学園……」


 果実のような唇から、囁くような言葉が紡がれる。


 ——美しい少女だった。


 人形のように精巧な造りの顔立ちに、その顔を包む色素の薄い髪が、穏やかな風に攫われふわりと揺れている。


「……必ず会いに行くから。待っていてね」


 長い睫毛に覆われた、慈愛の篭った眼差しは、まだ見ぬ誰かを探しているかのようだった。


 彼女は特徴的な色を持っていた。澄みきった湖面を思わせる水色の髪に、花のようなピンクの瞳


 学園に降り立った、天使のような少女は——


『光と闇のマリア』


 ——主人公、マリア・ダリスその人だった。


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