2-10

「流石にここまで外観が変わるとは思わなかった……!」


 私は玄関の前で仁王立ちをしながら、今では大きなお屋敷となった我が家を眺めつつ、シミジミと感傷に浸っていた。


 私とシルビアちゃんの作戦は無事に成功を納め、貴族達から吐き出させた潤沢なお金が我が家のお店を通じて下町へ巡り巡っていく事となる。これに釣られるようにして街の発展が急ピッチで進む事になり、かつて一番の貧困街だったここは見事生まれ変わり、今では一番裕福な地区として変貌を遂げている。こうなるとは、きっと誰も予想しなかったに違いない。


 我が家の主力商品である石鹸だけど、貴族向けに販売を開始したところ、嬉しい事に初日ですぐ、完売御礼となった。

 ただ、このままだと生産が追いつかなくなりそうなので、ロブが急遽面接を行い人員を増やしている。作業場も増設する事が決まった。


 いざ販売してみると、貴族の彼等は、それぞれ出入り業者やお抱えの商会から噂を聞いていたらしく、商品の存在を知ってはいた。

 どうやら下町で流行っているらしいそれを購入しようにも、販売しているのが貴族ではなく、得体のしれない庶民から買わなければならないのだ、という行為にプライドが許せずにいたようだ。


 それがシルビアちゃんのお家である、スカーレット伯爵家からの販売ならば、購入しても貴族としての矜恃を保てるらしい。 ……いや意味がわからない。けれど、身分が上になればなる程、周囲からの視線を気にしつつ、より考えて行動しなければいけないようだ。とりあえず、見事に手のひらを返した形といえる。


 上流階級に売れるようになると、この地の王家からもお声がかかる様になり、なんと! 王家御用達の呼び名を使用しても良い事になったのだ。


 やはり国のトップから公認を貰えると、売上に雲泥の差が出る。

 それまでジワリと売れていたものが、爆発的に売れるようになった。


 ……まあその代わり、優先的に商品を王家に卸す事と、税金で結構エグい額を持っていかれるのだけど。


 それでも元は余裕で取れるし、この名前を使えることは大きい。

 偶に仕入れに来るぐらいだった商人の数は、今では各地の国からわざわざ買い付けに来てくれる様になり、ついでに他のお店や宿にもお金を落としてくれるようになったお陰で、街全体がぐっと豊かになった。


 以上が、たった二年で起こった出来事だ。今でも夢なんじゃないかと私なんかは思ってしまう。


 多分、運とタイミングが良かったように思うのだ。この世界で誰も見た事がない珍しい物を、一番最初に作る事が出来た。だからこそ、沢山の恩恵にあずかれたのだろう。

 

 なにより、なんの見返りもなく協力してくれたシルビアちゃんの存在あってこそだ。彼女がいなければ、こうは上手くいかなかっただろうから。


 本当に貴族達からお金を吐き出させられるとは……

 思っていたより大事になってしまい、正直ちょっと震えている。


 でも、結果的に国が豊かになり、たくさんの人間の生活を潤す事が出来たのだ。

 貧富の差も何もかもが関係なく、みんなが幸せになったのだと前向きに考えてみるも良いんじゃないだろうか?


 ……なんだか、シルビアちゃんと計画を詰めていた、あの頃が懐かしいな。

 ふいに、彼女を我が家に招待した時の事を思い出す。


 ——話は少し遡り、シルビアちゃんが、我が家の後ろ盾となってくれると言ったその翌日。


 早速、彼女を我が家に連れて行き、仕事がひと段落して休憩を取っていたロブと、家事をしていたナナに居間に集まってもらい、私達が考えた計画を話す事になったのだ。


 シルビアちゃんのお父さんはダグラスの方で働いているそうで、こちらにはいつ来れるか分からないらしい。彼女は代理人として、スカーレット家の全権を任されているという執事さんを同行させていた。


 親御さんの了承を得ないで大丈夫なのか聞いてみたところ、ある程度、彼女が思う通りに自由にさせて貰えてるらしく、彼女はとてもいい笑顔で「事後報告するから問題ないわ」と微笑んでいた。


 シルビアちゃんも、意外と押しの強いところがあるように思う。

 私の周りの女性は芯の強い人間が多いようだ。


 ある程度計画を詰めていき、まずは店の改装からだという事で、一週間後に工事が入る事がその場で決まって驚いた。既に業者も押さえ済みらしい。


 突然決まった大きな話に、ロブはまるで、夢でも見ているのでは……? と、未だに信じられないような顔をしており、ナナもちょっと吃驚しているようで、お茶のおかわりを注ぐ手が震えているのが見えた。


 シルビアちゃんが帰った後、三人でお茶を飲みながらのんびりとしていると、ふいに、ロブが口を開いたのだ。


「それにしても、あのお嬢様、不思議な雰囲気の方でしたねぇ……! なんだか、落ち着いているというか、人生を達観しているというか……本当に、お嬢様のお友達ですか?」


 私とナナは目配せをし、ナナは隣に座るロブの腕を掴み、静かに関節を捻り上げ、対面に座っていた私は椅子から降り、無言で彼に近寄って、脇腹に手首のスナップの効いた平手打ちをお見舞いしておいた。


 スパン! といい音がする。


「あいた! ちょ、ちょっと、何するんですかっ! あだだだだ!し、しかもナナさんまで!?」

「……ロブが失礼な事を言うからだ〜!」

「そうですわ! お嬢様に、やっと出来たご友人になんて事言うんですかっ!」


 ……えっと……? その言い方だと、まるで私に友達がいないって、言ってるみたいなんだけど?


 わ、私だってシルビアちゃん以外にもちゃんと友達いるし……!

 お菓子をたかる三人組とか!

 ……まぁ、もう随分会ってないけれど。


「それに私の作ったクッキーを美味しいって言ってくれたんですのよ! 良い子に決まっているではありませんか!」

「な……! ナナさんの作る料理はいつも美味しいですよ!? それに美人で優しいし。……俺は、そんなナナさんの事が……!」

「ロブ……!」


 お互いをじっと見つめ合い、二人の周りに甘い雰囲気が漂う。えっ……シルビアちゃんの話は……?


 ぼけーっとしながら二人を眺めていると、私を置き去りにしたまま、急に二人だけの時間が始まってしまったようだった。


 イチャイチャ。

 イチャイチャイチャイチャ……!


 ……あ、あー! いらん事まで思い出した! 今のなしで!


 とにかく! シルビアちゃんや、もちろん、ロブにナナ、それに、今では社員として働いてくれている近隣の皆さん達のお陰でここまで来れたのだ。


 月日は巡り、まもなく私とシルビアちゃんは十五歳を迎える。


 もうじき彼女は、学園での生活が始まるのだ。

 そうしたら、しばらくはシルビアちゃんとお別れだ。彼女が出立する日は絶対に見送ろうと思う。


 次にまた会えるその日まで。


 私は私で頑張るからね。

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