2-5

 六歳になった。


 廃墟だった我が家は、今では見違える程……は言い過ぎかもしれないが、隙間があった屋根や、大穴が空いていた床が補修され、それなりに見られる外観にまで修復する事ができた。


 それも目の前にいる、己の拳で廃墟化を一気に進めた人物のお陰とは、一体誰が思うだろうか。


「ナナちゃん、お野菜が収穫できたから持って行って 〜」

「ナナちゃん! 夕飯作り過ぎちゃったの! これ、おすそ分け!」

「まあ! ありがとうございます。いつもすみません」


 近隣の方々と楽しそうに話し、おすそ分けを貰っている彼女。 ……そう、ナナであった。


 こういった所では人付き合いがなにより大事だという信念の元、あれから、彼女は積極的に近隣住民の人々の元へ向かっては、片っ端から話しかけに行っていた。

 最初は、彼等から怪しい余所者だと不審がられていた筈なのに、今ではすっかり打ち解け良好な関係となったご近所さん達から、偶にこうやっておすそ分けを貰っているほどだ。


 ちなみに現在、和やかなムードで世間話に突入しているようだ。


 コミュ力の強すぎる彼女のお陰で、私達はなじめているといっても過言ではない。彼女、誰とでもすぐ打ち解けるとは思っていたけれど、ここまで仲良くなれるとは正直思わなかった。


 初めは胡散臭そうにしていた近隣の皆さんも、次第に心を開いてくれて、なんと! 食材の余りや、家の修理に使って! と廃材をくれるようになったのだ。


 あんなに警戒されていたのに、今では私やロブ青年にさえも、親しみのこもった表情で話しかけてくれる上に、こちらから挨拶すると、笑顔で返してくれるようになったのだ!


 今の状況がとても信じられない。


 ……ひょっとしたらコミュ力って、実は一番強力な武器なのかもな……と、コミュ強とは地で逆を行く私は、ナナを見つめて遠い目になりそうになる。


 ここの住民達は、貧しいながらも身を寄せ合い、お互いの足りないところを補い合いながら暮らしているようで、一度身内だと認めて貰えたら、彼等は心を開いて受け入れてくれるようだった。


 私達は、『親を失った親戚同士の集まりで、安住の地を求めて故郷を離れ、この隣国の地に流れ着いた』という設定でいるのだけれど、いや顔とか似てないし正直無理あるんじゃ……? と密かに心配していたが、なにやら訳ありのようだと察してくれたらしく、深く突っ込まれなかったのでそこは良かったと思う。


 ちなみに、これは彼等と仲良くなって初めて知った事だけど、この辺り、やはり治安がよろしくないそうで、よく犯罪者まがいの行いをするもの達が蔓延っていたらしい。


 悪事に手を染めるような者達は、夜になると民家に忍びこみ、殺しや盗みを度々行っていたそうだ。中には、連れ去られて二度と帰って来なかった人もいたらしい。


 皆、警戒し固く戸締りをして、夜は絶対に出歩かなかったそうだ。


 仮に運悪く侵入されてしまっても、鉢合わせなければなんとかなるからと、じっと身を潜めては、息を殺していなくなるのを待っていたらしい。


 それがある日を境に、そういった犯罪者達の姿が突然いなくなったそうで、まるで神隠しにでもあったのでは? と驚いたのだそうだ。


 と、言うところまで聞いて、もしかして、それってナナのせいでは……? と思った私とロブ青年は、バッ! と彼女を振り返ると、ナナは頬に両手を添え、照れたようにはにかんでいた。ちょっと嬉しいみたいだ。


 そんな事情があったせいで、住民達は他人に対して懐疑的だったし、私自身も、いかに侯爵家に守られていたのかが良くわかったのだ。


 今まで気にもしていなかったけれど、去年まで安全で穏やかな生活は、誰かに守られていたからこその恩恵であったのだ。    

 今だって、ナナが犯罪者達を排除してくれたからこそ、無事に過ごせているだけだ。


 もしそうでなかった場合、なんの力も持たない私やロブ青年だけの生活を続けていたのなら、いずれは我が家に侵入されていただろうから、最悪二人共殺されていた可能性が高い。


 それまで我が家には武力で対抗出来るような人間はいなかった上に、なによりお金と宝石だけは潤沢にあるのだから、取りに来てくださいと言っているようなものだろう。


 これ、最悪ナナがこなかった場合、乙女ゲームのお話が始まる前に、私とロブ青年はデッドエンドを迎えてたんじゃ……? という、嫌な想像が膨らんでやまない。


 それと、加護という特殊な力を持つ人間はこの世界にはあまりいないらしく、もちろんだけど、私とロブ青年は持ってはいない。


 それとは別に、極稀に、突然人智を超えた能力に目覚める者がいるのだそうだ。一見、同じ様にみえるこちらの方は異能者と呼ばれるらしく、血筋で継承出来ず、一代限りのもなのらしい。

 魔女の母親はこちらの方に該当するのだろう。娘の方には、特別な力がなかったのだから。


 そう思うと、五歳で舞台から脱出してきたのは、流石に早すぎたのかもしれない。

 この世界の常識や一般教養についての教育が本格的に始まる前に侯爵家を脱出してきたので、知識が欠落している自覚はある。


 ……やっぱり、ある程度学んで力をつけてから来た方がよかったのかもな、と考えてしまうのだ。


 ……いや、でもそれだとお爺様の問題に着手できなかったわけだから、結果これで良かったのかな……?


 何が正解だったのか答えは見えないけれど、まあ考えたところで、もう家には戻れないのだからしょうがないか。


 それに、ナナは何も言わないけれど、加護持ちの人間なんて重宝されるんじゃないだろうか?

 それこそ、貴族達がこぞって自身の血筋に取り込みたがるに違いない。彼女は男爵家の令嬢でもあるので、乙女ゲームの筋書きさえなければ、本来、良縁を結べていた筈なのだ。


 いつでも国に戻っていいからね? と伝えると、「私はずっと、お嬢様のお側にいると決めているのです。 ……そんな悲しい事、言わないでくださいませ?」と微笑んでくれる彼女に、私は嬉しさと、彼女が変わらず側にいてくれる事に、ほっとしてしまう。


 ロブ青年の方は、どうやら私と一緒に誘拐され早々に殺された、という事になっているそうで、初めて事実を聞いた時なんかは、彼はショックのあまり激しく落ち込んでいて……なんか、ごめん……と心の中で私は謝った。


 狂言誘拐もとい、脱走計画の条件にピッタリだからと、彼の気持ちを全く考えずに巻き込んだ訳だから……! こ、これは、本格的にロブ青年に恩返しをしなければ……! と日に日に強く考えているところだ。


 それから……当初の目的通り、家を整え、近隣住民との良好な関係を築く事が出来たので、今度は何か、新しい事をやってみたい。


 この地でなにか……趣味を!

 出来れば金になるやつで!


 居間に誰も居ないのをいいことにソファに寝っ転がり、ゴロンゴロンと動き回りながら、私は色々考えてみる。


 ……趣味、趣味を……!

 ……そうだ! こういう時こそ、異世界転生の、先人達の知恵を思い出せ!


 うーん…………確か、悪役令嬢先輩達は、断罪され実家を脱出した後、庶民の生活へと降り、ある時は食文化を広めたり、またある時は商売を始めたり、とかしていたように思う。


 食文化……は、個人で楽しめば良いから広めなくても別に……! みたいな気がするし、じゃあ商売を! と思ってみても、一体何を売ればいいのか。


 なんか……うーん………………


 ……確か、そう!

 読み漁っていたお話の中には、胡椒と石鹸の記述がよくあった気がするのよね! なんかどっちも高級品だとかで、商人に良い価格で買い取ってもらえて、それを元手に商売を拡大させていき、いずれはお店を……! みたいな。


 って。


 これだーーーーー!!!!


 これしかない! 商売だ!

 金になるし、ロブ青年、お店持つの夢だって言ってたじゃない!

 うまくいけば、お金も手に入るし、彼にも恩返しが出来るんじゃないの!?


 まずは、どっちか手に入れなくっちゃ! 上手くいけば独占販売が出来るから、できれば原価安めで。利益を多めに手に入れるぞ!! よし、早速ナナに聞きに行かなくっちゃ!


 私はソファから転がり降りて、ナナの元へ急いだのだった。



 ※



 外に出て、丁度洗濯物を取り込んでいたナナを見つけた私は、そのまま彼女に飛びつき聞いてみる。


「ナナー! 胡椒ってあるー?」

「まあ、どうしたんですの? 胡椒でしたら、ここにありますわよ? 昨日お安く手に入れましたから。」

「え」


 なあんだ。こっちじゃ普通に手にはいるのか。しかも安く買えるらしいから儲けにならん! 胡椒はなしで!


「じゃあ石鹸はー?」

「石鹸、ですか……? ちょっと存じないですわね……」


 !! きた! こっちは当たりっぽい。


「そっか、ありがとー!」

「?」


 やったー! 石鹸作るぞー!

 そして、これを元手に売りさばくんだ!!

 ええっと! じゃあ、早速材料を手に入れないとね。

 まずわぁ〜、油とぉ〜! 水でしょ〜! それから、最後に苛性ソーダで!!


 ……って。


 いやいやこれ劇薬じゃん!? え、そもそも異世界にあるの……??


 確か、苛性ソーダ……別名水酸化ナトリウムは、劇薬指定品だった為、かつての日本の薬局で身分証明証と印鑑がなければ買えなかった筈だ。


 前に、石鹸作ってみよっ! と軽い気持ちで調べたところ、扱いをちゃんとしないといけなのを知ってやる気を失った覚えがある。


 ちなみに石鹸は、結局作っていない。


 念の為、材料が余った場合の事まで調べてみて、捨てる時、自治体によって処分方法が違うという事をどっかで見て、めんどくさっ! って思った記憶だけは、何故か強く覚えている。


 い、いや……! でも、読み漁ったお話の中に出てきたってことは、何かで代用できる筈。

 ……いやでも劇薬の代用ってなんだ……?


 ま、まあとにかく作ってみよう! そう思い、ナナにいらない鍋をもらって、その中へ手当たり次第、それっぽい材料を適当にぶっ込み、グツグツと煮込む事にする。


 謎の液体を突然煮込みだす、という奇行に走った私を、大人の二人はそっと見守ってくれているようだった。


「お嬢様……またなんか変な事をしてますね……」

「“子供は突然変わるもの。変に気にせず適度に見守れ”ですわ」

「…………お嬢様の場合は、常に変な気がしますけど……あ! 冗談で……あだだだだすいませんすいません!」


 ……ロブ青年、またなんか失礼な事を言ったようだ。

 腕の関節をナナに極められている姿が視界の端で確認できた。まあ、混ぜるのに集中してたから、何を言ってたのかは聞こえなかったけれど。


 そして、鍋の中へ片っ端から材料を入れては混ぜ合わせ、煮込んでは型へ注いで乾かす……を繰り返す事、六カ月。


「や、やっと出来た……!」


 いろんなものを煮込んだ結果。


 ————正解は、灰でした。


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