2-6

 現在私達は、普段あまり行かない場所に足を運んでいた。


 民家が並ぶ通りには、若い青年が、何やら子供向けの紙芝居を行なっているようだった。

 その目の前には、茶髪で大きな眼鏡をかけた、大変愛くるしい女の子が座っており、紙芝居を熱心に見つめて楽しそうな声を上げていた。


「わーい! お話おもしろーい」


 ……そう。私だ。


 私は今、ちびっこを呼び込む為の、餌としてここにいる。


 以前、片っ端から素材をぶち込み、満を持して完成させた石鹸を試しに自分で使ってみたのだ。とりあえず問題なさそうだった。ナナやロブ青年にも渡して使ってもらったところ、身体の汚れがよく落ちる、と好感触だったのだ。


 じゃあ早速! と売り出しにかかろうと思っていたけれど、問題はこの後だ。


 いきなり未知の物体を売り出しにかかり、受け入れてもらえるのか……?

 石鹸を今まで使用しないで生活してきた人々の日常に、石鹸のある生活を捩じ込むことが出来るのかが不安でならない。


 仮に、私が貴族の生活を続けていたならば、家のツテで貴族向けの販売ルートの確保が出来ただろうけれど、今はただの一庶民でしかない上に、なんの後ろ盾もない。


 そんな中、どうやって売れば良いのか。 ……果たして売れるのか……?


 まあ、試してみない事にはなんとも言えないので、ロブ青年を引き連れて、私達が住んでいるところより、少しだけ裕福な層が住んでいる地区へとやってきたのだった。


 初めは地面に敷物を敷いて、簡単な露天商のように販売してみた。 ……が、皆チラ見するだけで買ってはくれなかった……

 ま、まあ、未知の怪しい物を販売している青年と幼女の二人組じゃあ当たり前か。


 偶に、男性が興味本意で買ってくれる事があったけど、それだけだ。

 女性なんかは一瞬目を向けてはくれるけど、手に取るまではいかないようだ。一応消耗品なので、欲を言えば継続して買ってくれるリピーターが欲しい。


 商品を作る知識があっても、いざ販売にこぎ着けるのって案外難しいもんなんだな、と地味に痛感しているところである。


 ……なので、私は考えたのだ。

 前世での、リピーターとなる客層は、圧倒的に女性の方が多いのだ。彼女達の存在は大きな味方になるだろう。


 ここでの庶民の結婚適齢期は十六と割と早く、若くして主婦の方が多い印象。

 美について興味はあるけれど、彼女たちは家計を預かる身の為、財布の紐は堅い。が、子供の為ならその紐は緩み、割と使ってくれるのだ。


 なら、子供さえ突破出来れば買ってくれるかもしれない! 身体の汚れがよく落ちて、肌がワントーン明るくなる上に、衛生面での向上も期待できる! という謳い文句で売りに出してみて、使ってみて、もし気に入ってくれたならば、継続的な顧客として足を運んでくれるかも……! という結論に至ったのだ。


 そこで私は、かつて古き良き昭和の時代にいたという、紙芝居をやっては子供を引き込み駄菓子を買わせるおじさんの手法を拝借させてもらう事にした。


 といっても、ちびっこ達はお金を持ってはいないだろうから、呼び込んだ後、角砂糖大の小さなサンプル品を持たせて各家庭にばら撒き、それに釣られた親を引きずり込むのが狙いだ。


 紙芝居の内容は、シンデレラや白雪姫などの昔ながらの童話で、お話の各場面にしつこいぐらい石鹸を登場させて、脳内の深層心理に石鹸、石鹸……と深く根付かせてからちびっこ達にお家へ帰ってもらい、なんか無性に石鹸を使いたくさせるという、心理学的に呼び名がありそうな作戦なのである。これは決して洗脳ではない。純粋なちびっこ達の石鹸に対する好奇心なのだ。


 と言う事で。

 私は今、ロブ青年が読む紙芝居につられてやってきた、お話を楽しんでいる近所のちびっこ。

 ……という設定で、サクラをやっているのだ。


「わーい! おもしろーい!」

 とか。

「おにーさん! この後どうなるの?」

 とか、いかにものめり込んでいるかのような、態とらしい声を先程から一人で張り上げている。


 しばらくすると、近くで遊んでいたちびっこ達が一人、二人と近寄ってきて、興味深々といった感じで私の隣に座りだしたのだ。


 ……よしかかった! と心の中でガッツポーズをしつつ、私は素知らぬ顔で、紙芝居に合いの手を入れ続けた。


 最終的に集まったちびっこ達は五人程で、お話が終わった後、私はスッと立ち上がり、ちびっこ達に、「これが紙芝居に出てきた泡の出る不思議なお石だよ〜、お母さんに渡しておいで〜」と言って角砂糖大のサンプルを渡して回っていった。


「わかったー!」と素直に言ってくれるちびっこもいれば、なんかよくわからないものを貰ったぞ、とポケーとしながら貰って帰るちびっこ等、反応は様々だ。


 まあ、初回はこんなもんだろう。後は彼らがちゃんと親御さんに渡してくれるのを祈るばかりだ。


 ちなみに、一人だけいた少し年齢高めなちびっこからは、『お前店側の人間だったのかよ!』的な目で見られたが、素知らぬ顔で配っておいた。


 ちびっこ……ちゃんと母ちゃんに渡すんだぞ。


 ※


 翌日になり、再び同じ場所でお店を広げロブ青年に紙芝居を読んでもらうと、昨日来たちびっこと、そのお母さんらしき若い女性が一緒に来てくれた。


 試しに使ってみて、使用感が良かったから一つ購入しようと思ったそうだ。お母さんと一緒に来てくれたのは、あの年齢高めなちびっこだった。


 ちびっこ……君は実にいい子だ。

 将来君が幸せになれるよう、私から神に言っておこうじゃないか。


 来てくれて、ありがとね。


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