1-12
「……よし。で〜きたっ!」
机の上の便箋を見つめて、私は人知れず、ニンマリと笑った。
便箋には『おじいさまがはんにん』っと書いてある。
字は斜めに走っている上に字体も崩れており、いかにも急いで書きました感が良く出ていると思う。
狂言誘拐用文章の完成だ。
うむ。大変素晴らしい出来である。作戦は計画通り、シンプルかつスマートに行う。
とにかく、なんでもいいからお爺様へ容疑の矛先が向かえばいい。証拠が無いなら無理やり作れば良いのだ。
貴族の、それも上位の家柄の娘の誘拐容疑。
しかも身内が実行するだろうか? と誰しも疑問に思うだろう。そこで被害者本人のメモ書きだ。
火の無い所に煙は立たないというし、これを置いておけば、いくら何でも捜査しない訳にはいくまい。
……ま、まあ正直、他にもっと良いやり方がありそうな気がしてならないし、こんな事なら前世でミステリーも読んでおくんだった……! という考えが一瞬頭をよぎったけれど、もう深く考えない事にする。
複雑化は良くない。
物事はシンプル イズ ベスト!
これに尽きるだろう。
多分……ううん。絶対!
さあ、準備は整った。
本日は、この前青年に見せて貰った布地で仕立た服が納品されにくるのだ。その際に、隙をみてあの青年にお願いし、この屋敷からの脱出を試みる。
この日を逃したらおそらくチャンスは巡って来ないだろう。失敗したら監視とかつきそうだしね!
不安といえば、青年が協力してくれるかどうかだが、この際しのごの言ってられん。最悪脅す事にする。
自室の窓から外を伺っていると、門の外に広がる畔道から屋敷に向かって走ってくる、例の荷馬車の姿を捉えた。
作戦開始だ。心の中で、私は一人円陣を組んだ。
必ず脱出するぞーー!!
自分ファイトおおぉぉぉ!
おーーーーーーー!!
※
「奥様ご機嫌麗しゅうございます。本日は、出来上がりました品をお持ちに参りました」
「まあ。お待ちしておりましたわ〜! とっても楽しみにしてましたのよ? さあ、早速見せて下さいな?」
さて、今回も私は、こっそりと階段の上から覗き見をしている。玄関先では、お母様と商人のおじさんが楽しげに挨拶をしている様子が確認できた。
ちなみに、現在お父様は書斎におり、溜りに溜まった書類の山と格闘中。お兄様は自室で家庭教師の先生とお勉強中である。
そして、私の専属侍女であるナナも、今は別の仕事をしているらしく不在だ。私を見張る者は誰もいない。完全に自由なのだ。
……ククク……! タイミングとしてもバッチリだ。絶好の誘拐日和じゃないの。
お、移動を開始するようだ。
お母様に商人のおじさん、それに補佐のお兄さんが客間へ向かって移動している。商品は補佐のお兄さんが持っているようだ。
あの青年は……いたいた。
玄関で待機中のようだ。念の為周りの様子を伺っておく。……辺りには誰もいない。
……よし。早速彼に交渉しに行こう。
私は急いで階段を駆け下りて、青年の元へと近づいていった。
※
「おに〜いしゃんっ! ひさしぶり〜」
ロブ青年は私に気づくと、あ、と小さく声をあげ、ニコニコと人の良さそうな顔で笑いかけてくれる。
「お嬢様! お久しぶりです。今日は例の生地からお洋服を仕立ててお持ちしたんですよ? いやあ、凄く見事なデザインでした。きっと、お嬢様も気に入りますよー!」
「わあ! そうなんだ〜! あのね〜 、今日はおに〜さんにお願いがあってきたんだよ〜?」
「え、何ですか? 俺に出来る事なら喜んで」
「わたしをここからつれてって」
「は?」
「だーかーらー! わたしをここから、つれて行きなさいっ!」
ロブ青年はその場で屈んでから目線を私の高さに合わせると、聞き分けのない子供を諭すよう、口を開いた。
「……あ〜、すみません。お嬢様。ちょっと、上手く聞き取れなかったみたいで。えーと……? お嬢様は、どこか行きたいお部屋があるのかなー? 俺が、使用人の方を呼んできま……」
「ちっがーっう! この屋敷から、だっしゅつするぞ! おまえが、手をかすのだぁ!」
「ええ! 何で俺がっ!? しかも喋り方変わってるじゃないですか……! だいたいね、それって誘拐になるでしょう!? お貴族様に手を出したとなれば縛り首にされますよっ!」
「まあね」
「いや、まあね。じゃないでしょう! 俺、絶対にやりませんからね!」
ぐ。やはり交渉は決裂したか。
ロブ青年、中々に強情である。
まあここまでは想定済みだ。
……仕方がない。これだけは使いたくなかったが、強行手段に移るしかあるまい。
私は、夕食の席でこっそり持ちだしておいたナイフを懐から取り出した。
自身のドレスの裾を摘み、刃で少しだけピッと切ると、今まさに襲われてます的な声をだす。
「きゃあ〜、たすけて〜(棒)」
「え!? ちょ、ちょっと!? 何やってるんですかっ!?」
突然の私の行動にロブ青年は慌てだした。
「これがさいごだ。言うことをきかないと、ぼうこうされたって言うぞ」
「や、やめて下さい! そんな事されたら俺クビどころじゃ済まないですよ!」
「なら、はやくつれていけ。今から10数えるぞ。それまでに、つれていかなければいーちっ!」
「もうカウント始めた!? あ、ああ!? ど、どうすれば!?」
「にーっ!」
「……あ、あああもうっ! どうなっても知りませんよっ!?」
ロブ青年は慌てて私を抱っこしながら玄関から飛び出し、荷馬車へと駆け込んだ。
御者台に並んで座ってから、ロブ青年は馬に鞭を当てる。すると、荷馬車は徐々に動き出した。
「あ、そうそう、これかぶってて!」
「わ、ぶっ……!」
私は、ドレスの懐をゴソゴソと探り覆面を取り出すと、ロブ青年の頭から無理やり被せた。
覆面といっても刺繍用ハンカチを繋ぎ合わせただけの筒状の布だ。目、鼻、口部分に穴を開けてある。
一応、顔を隠して犯人の素性をわからなくさせようという思惑を胸に作っておいたのだ。
ちなみにサイズ感を誤っていたらしく、ロブ青年の顔には小さすぎたようだ。パツンパツンになっている。まあいいだろう。
彼はこの先の、私の人生に欠かせない協力者なのだから、指名手配なんてされたらこの先困るし普通に詰む。
ついでに頭にほっかむりも被せて、髪の色もわからないようにさせておく。
特定されるような情報はなるべく残さないようにしなければ。
仕上げに自分が人質っぽく見えるよう、ロープを身体にグルグル巻いてみる。
「……お嬢様、何してるんですか?」
「いや、ロープが荷台のなかにあったから。人質っぽく見えるでしょ?」
「……いや。もう何も言いません。お嬢様が変な人間だって言うのだけは充分わかりましたから」
「……おい」
ロブ青年は諦めの境地に入ったのか、だいぶ遠慮のない喋り方になってきたようだ。
素の彼は、結構失礼な奴かもしれない。
すぐ目の前に門が見える。
門番がこちらに気づき、必死で止まるようにジェスチャーをしているが止まる訳にはいかない。
「しっかり掴まってて下さい! このまま突っ切りますよっ!!」
「うん!」
ギリギリまで粘っていた門番は、荷馬車が止まらないと確信したのかすぐに飛び退き、地面に倒れた。
その真横を、私達を乗せた荷馬車が猛スピードで駆け抜けていく。
閉じていた門に馬の前脚を振りかぶらせ、おもいっきりぶつけると、門は勢いよく外へ向かって開いた。
ロブ青年は、再度馬に鞭を当て、荷馬車は門を潜りながら敷地の外へと飛び出した。
私達は、無事に侯爵家からの脱出に成功したのだ。
「やっったーーー!! だっしゅつ、せいこうしたぞーー!!!」
「ちょ! お嬢様、御者台の上で立たないで下さいよ! 危ないでしょ!!」
「めんごめんご〜! よし。では、追っ手がくるまえに、となりの町までいき、荷馬車は、ひとめのつかないところで、乗りすてるぞ!」
「えっ!? ちょっとちょっと!! 追っ手が来るんですか!? 聞いてないんですけどっ!?」
ロブ青年はギョッとしてこちらを振り返った。ピッチピチの覆面のせいで顔のパーツが斜めに引っ張られていて……ぶぶぶ! ダメだお腹痛い!!
「ぶ! その顔! ぶぶぶっ!! やだぁ〜こっちみないでぇ〜!」
「アンタが着けたんでしょーがっ!? じゃなくって! どういうことですか!! 追っ手って!!」
ケタケタとひとしきり笑った後、笑いの波が治まった私は、当然だとばかりに言い放った。
「そりゃ〜、そうでしょ〜? 仮にも、貴族令嬢なんだから〜! だからぁ〜、みつかる前に、にげきるのっ! それから、行き先をかくらんさせるために、乗合馬車と、船を駆使して、りんごくに、たかとびするぞ!」
「はあ……やっぱり、協力するんじゃなかった……俺、これからどうなるんだろう」
ロブ青年は呆気にとられた顔をした後、ガックリと項垂れた。その背中をポンポン、と軽めに手で叩き慰めてみる。
「まあまあ。げんきだして? 生きてれば、いいことあるから。ね?」
「あ……」
「ん?」
「貴女が言うなあああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
ロブ青年の魂の叫び声は、辺り一面に響き渡っていった。
ーー
ーーー※
荷馬車は土煙を上げて走り続ける。
目指すは隣国。乙女ゲームの舞台の外だ。 強制力があったとしても、きっとここまでは届くまい。
さあ、ここからが始まりだ。
私はこの世界で、必ず生き延びてみせる。
ゲームなんて関係ない、私自身の人生を。
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