1-11

 本日は、とってもいいお天気だ。

 空は晴れやかに澄み渡り、開け放たれた窓からは心地の良い風が吹き抜けて、私の頬を擽っていく。


 あれから協力者を探しているが、条件に見合う人物は中々見つからない。


 ……まあ、難しいとは思う。

 仮にも侯爵家の敷地の中だ。

 ここへは身元のしっかりした者しか入れないだろうし、そもそもそんな都合の良い人物に出会えるほど、世の中甘くは出来ていない。


 私は自室の窓辺で頬杖をつき、ぼーっとしながら黄昏ていた。


 協力者、協力者……

 誰かいないか協力者。


「……ん?」


 なにやら、門の向こう側から一台の荷馬車が見えた。なんだろう、行商かな?

 どうやら我が家に向かって来ているようで、しばらくすると、荷馬車は門の前で止まった。


 その中から恰幅の良い中年のおじさんが顔を出し、門番と話しているようだ。

 懐から何かの手紙を出し、それを見た門番はひとつ頷き門を開けると、荷馬車は我が家へと入っていった。


 なんだろ……?

 これは、何か珍しいものが見れるかも知れないぞ。どうせ暇なんだし、ここは確かめるしかないでしょう!


 そう思い、私はこっそりと自室を抜け出して、玄関へと向かったのだった。



 ※



「この度は、我がルード商会をご贔屓にして下さりありがとうございます」


 玄関の方では、先程の恰幅の良いおじさんが両手を揉みながら、お母様に挨拶をしているのが見えた。動作が見るからに商売人のそれだ。


 そのおじさんの隣には、銀縁眼鏡をかけたいかにも出来る男と言った感じのお兄さんがおり、こちらもおじさんに倣って挨拶をしている。おそらく補佐的な立場の人だろう。

 ふむ。知的なイケメンだ。


 更にその後ろには……下働きだろうか? 若い男の人が、大きな荷物を大量に持っているようだった。オドオドとしていて、なんだか頼りなさそうな人だ。


 どうやら我が家にやって来た商人の人達は、この三人だけのようだ。少数で活動しているらしく、荷下ろしと馬車を操縦は、下働きの男の人の役割のようだ。


 ちなみに現在私は、階段の上でしゃがみ、手摺の隙間からこっそりと、その様子を覗いていたりする。ナナにバレたら確実に怒られるスタイルである。


「まあ。待っておりましたわ〜! 今回は、私と旦那様と、子供達の服を新調しようと思いましたの。良い品はあるかしら?」


 お母様は手慣れたように話し込んでいるから、我が家にも定期的に、商会の人が嗜好品を売りにくるようだ。

 正直ワクワクする。初めて見たからね。


「ええ、ええ! 勿論でございます。先日商品の仕入れを行ったばかりですから、奥様がお気に召す品もございましょう。 ……オススメはこの生地ですねえ。こちらは東の島国から取り寄せた珍しい反物でして、光の反射で生地の色合いが変わるのです」

「まあ〜! 素敵ねえ〜! もっと良く見せて頂こうかしら? さあ、玄関先ではなんですから、客間へお通し致しますわね〜?」


 お母様、とっても楽しそうだ。

 やはりどこの世界でも、女性は綺麗なものが好きなのは変わらないらしい。

 しかも私の分の服も買ってくれるようだ。やったね! 生地から作るようだから、オーダーメイドになるのかな? どんな服になるんだろう?


 胸を躍らせながら階下の様子を見ていると、商人のおじさんと補佐的なお兄さんの二人は、お母様の後に続いて客間へ向かって行った。


 さて続きを覗きにいくか、とその場を後にしようとすると、下働きの青年が慌てて後を追おうとしているところだが目に入った。

 が、どうも持っていた荷物が多かったようで、動いた拍子にいくつか荷物をポロポロと取り落としていた。


 うわあ……! 大丈夫かなこの人。見た目通り、本当に頼りなさそうだ。


 落としたものを拾っては、弾みでまた更に別のものを落とすのを繰り返しており、終わりが見えそうにない。

 ……これは、手伝ってあげたほうがよさそうだ。


 私は周囲をキョロキョロと伺い、誰もいない事を確認する。

 うむ。ナナもいないようだ。これなら走っても大丈夫だろう。

 階段を勢いよく駆け下りて、私は青年を助けるべく向かう事にした。


 ※


 青年のところに近づいていくと、彼はこちらに気づいていないようで、まだ荷物を拾っている最中だった。


「あの〜? だいじょーぶですか……?」

「す、すみません親方っ!! すぐに拾って向かいますっ!! ……って、アレ……?」


 青年は慌てて謝罪をするけれど、どうやら相手が自分の上司でない事に気付いたらしく、不思議そうな顔で私を見上げていた。


「あ! もしかして、このお屋敷のお嬢様ですか? も、申し訳ありません! 直ぐに片付けますっ!!」


 自分の目の前に立った子供がこの家の娘だと気づいたようで、青年はザァッと顔色を青くした。


 貴族の厄介なお子様に目をつけられたと思っているのだろう。

 確かに相手が子供といえど、言い掛かりをつけられてしまえば、平民なら一瞬でクビが飛びかねない。

 ……と、いう話をナナから聞いた事があるから、なるほど、それなら青年がビクビクするのも頷ける。


 ここは安心させるべく、無害を装っておいた方が良さそうだ。


「んーん。気にしないで?  おにーさんこそ、だいじょーぶですか? わたしが手伝ってあげるっ!」

「あ、いえ! お嬢様にそんな事させる訳には……」

「いいから、いいから!」


 有無を言わせないように、私は率先して落ちている荷物を拾いにかかる。なるべく自分が持てそうなヤツを。

 それにしても、本当にいろんな商品を取り扱ってるようだ。先程商人のおじさんが言っていた綺麗な布も落ちており、今は筒のようなものに巻き付けられている。光りの加減で見え方が変わると言っていたから、どんな風に見えるのか少し気になる所だ。


 他には装飾品が入っているであろう小箱や、食品では飴玉や、ビスケットなんかも取り扱っているようだ。落ちていた異国風のお菓子の外箱に、中に入っているお菓子のイラストが描かれているからわかりやすいと思う。


「わあ〜! いろんな商品を、あつかっているんですのね〜! キレイなのがいっぱい〜!」

「はは、そうでしょう? ここの商品は質の良い品ばかりなんですよ? ほら、これが先程おススメしてた布地です」

「わあ〜! キレイねぇ〜」


 青年は、私によく見えるように膝をつき、くるくると筒を動かしながら両手で生地を広げて見せてくれた。先程ちらっと見た時よりも近い距離で眺めたからか、私でも、質の良さがよくわかる。

 本当に綺麗だ。おもわずほう、と溜息をついてしまう。


 光の加減で艶やかな輝きを放つ布地は、すべすべとしていて触り心地がよさそうだ。純白の美しい生地なのだけど、青年がゆっくりと角度を変えながら生地を動かしてくれる度に、光沢の色合いが変わっていく。なんとなくそれが、前世のジュエリーショップで見た、パールの輝きに似ている気がしておもわず見惚れてしまう。きっと物凄く高い生地だ。

 

「ねえねえ、おにーさんは、さっきのおじさまの息子さんなの?」

「いやいや! 俺なんかがとんでもないっ! 親方は、行き場の無かった俺を雇ってくれたんですよ……俺には、身寄りが無いですから」


 青年は生地を戻し終えた後に手を止め、遠い昔を懐かしむように目を細めながら、しみじみと語りだした。


「……俺、こんなですけど、ここで頑張って、早く一人前って認められて。将来は店を任せてもらえるようになるのが夢なんです。それが、子供の時からここまで育ててくれた、親方への恩返しにもなるし……って、そんな事言われても、なんだか分かんないですよね。」

「んーん。そんな事ないよ。とっても、すてきなゆめね? おにーさんなら、きっと叶えられるよ」

「ははは! ……ありがとう。そうなれるように頑張るよ」


 青年は、少し嬉しそうにはにかんだ。

 そうは言っても、おそらくその夢は叶う事はないだろうとは彼に言えなかった。未来を信じ、希望に満ちあふれた瞳をしていたから。


 この国は、思ったより平民の活躍が難しいらしい。

 それは、彼らの功績を上に立つ者達が横取りするからだ。


 貴族にコネのある者、金を握らせて交渉出来る者。ここはそういった、ある意味力のあるものが優遇される国でもあるのだ。

 こちらも先の騒動で大勢の人間が処分された事から、対処出来る者の手が足りずに野放し状態になっているのだろう。


 なんて理不尽な世の中だろう。

 出る杭は打たれ、搾取するだけしたら、才能を吸い尽くして打ち捨てられるのだから。


 さっきの商人のおじさんの人となりは知らないが、この青年の頼りなさ。それに一緒にいた、いかにも出来る風の若者の存在。


 おそらく、この青年の年は二十歳前後。多分だけれど、将来店を任せる候補には入れられてはいないんじゃないだろうか。年齢的に見切られている、と思ってもいいだろう。

 

 だからこそ、現状、補佐的な立場では無く、下働きとして働いているのだろうから。


「おーいロブ! 何やってんだ!! 早く荷物を持ってこいッ!」


 客間の方から怒鳴り声が聞こえる。見ると、怒りで顔を真っ赤染めた商人のおじさんが、扉からひょっこりと顔を覗かせていた。


 いけない。彼を引き止めすぎてしまったようだ。


「す、すみません親方! すぐ行きます!!」


 青年は、荷物を急いで掻き集め、「手伝って頂いてありがとうございます!」と私に会釈した後、慌ててその場から駆けていった。


 彼の背中を見送りながら、ボンヤリと考えてしまう。


 ……それにしても、彼も大変だ。この先の未来の展望が開けないなんて。あんなに人が良さそうで、なにより真面目に取り組んでいるというのに。


 ………………ん?


 真面目で、人が良さそう……?

 それに、身寄りがないって言ってたわね……!


「みぃつけた……!」


 ……どうしよう。見つけてしまった! 格好の人材を!!

 口の端が勝手に釣り上がってしまう。喜びが抑えられそうにない。彼だ! 彼しか適任者はいない! あの青年こそ、私がこの屋敷から脱出する為の格好の人物だ!


 さあ、後はどうやって巻き込んでしまおうか考えなくっちゃ! うふふふ! 忙しくなってきた! 早速お部屋に帰って作戦を練らなくっちゃあ……!

 それから彼の事をよぉ〜く観察しておかないと! もう少し情報が欲しいもの。


 抑えきれない衝動を胸に、私はルンルン、と鼻歌混じりにスキップをながら、自室へ向かって行く事にした。



 ーー

 ーーー※



 その日屋敷の至る所で、商会に勤める下働きの青年を見つめては、邪悪な笑みを浮かべ舌舐めずりをする悪役令嬢の姿が目撃される事となる。



 ——ロブ青年。


 真面目で頼りないが、心優しい彼は、後の悪役令嬢の活躍に欠かせない人物となる。長年沢山の人や商品を見てきた彼は、物を見る目に優れており、本質を見抜く力と、意外にも商売の素質があった為、数年後、彼はその手腕で店を立ち上げ財産を築き、悪役令嬢の良き理解者となる。 ……のだが。


 そんな事、この時の彼は知る由もないのである。


 悪役令嬢だってそんな事、知らないったら知らないのである。

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