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『 光と闇のマリア』


『学園ゴシックアドベンチャー』というジャンルの乙女ゲームだ。


 主人公のマリアは、父親である男爵に引き取られた後、王都にある学園に通いながらパラメーターをあげ、学園の内外にいる攻略対象者達に出会う。逢瀬を重ねていく内に、いつしかお互い惹かれ合い、結ばれてエンディングを迎える、というものである。


 各対象者達とのイベントを並行しながら進める事もできるけれど、同時期に複数の異性から好意を持たれるなど、普通ならあり得ないと言ってもいい。


 攻略対象者達は、それぞれ知人や身内を、魔女や生き残りのカルト教団に惨殺されている過去があり、心に闇を抱えている。

 彼らは、マリアに亡くなった者達の面影を見るのだ。


 マリアの瞳や髪の色。表情や、仕草に立ち居振る舞い。


 そのいずれかに、今は亡き故人を思い出した彼等は、彼女に対して興味を抱く。


 初めは小さな好奇心だったものが、いつしか仄かな恋慕の気持ちとなって芽生え、やがて真実の愛として花開くのだ。


 攻略対象者達は、それぞれ会える場所が決まっている。


 ——生徒会長、騎士見習いに会うのなら学園で。


 ——密偵、侯爵嫡男、王子に会うのなら、学園外のいずれかで。


 彼等が好むパラメーターを、学園で行われる授業であげていき、彼等とのイベントを起こす事が、攻略の条件といえる。


 それらが全て終わった時、真相ルートが解放される。


 解放条件は、全ての攻略対象者達とのエンディングを迎えた後、王子と話し、分岐となる選択肢を間違えない事。


 真相ルートでは、魔女についての逸話が聞ける。


 魔女は、本当は力の無いただの娘だった。

 実際は彼女の母親が異能者であり、黒の神からのお告げを聞き、予言と称して娘に話すようにさせていたと言われている。


 魔女の母親は配偶者に捨てられ、幼い娘と二人で貧しい暮らしをしていた。


 ある日、娘を連れて歩いていたところ、村人から「娘さんは天の遣いではないか?」と呼び止められる。その場で膝をついた村人は、娘に祈りを捧げ始め、親子を家へと招いたのだ。


 親子はそこで、今まで誰からもされた事がない程親切にされては、当面食い繋いでいける程の、いくつかの食べ物を貰う。


 娘の容姿は、雪のような髪色に、透き通るような真っ白な肌。


 “先天性色素欠乏症”


 つまり、アルビノだったのだ。

 白い髪は、黒い髪と同じくらい見かけない。ほぼいないといってもいいだろう。

 村人は、その穢れのない色彩に、ある種の神秘性を感じたようだった。


 その村人の善意のお陰で、魔女の母親は気がついてしまった。

 娘を利用すれば、この辛く、苦しみに塗れた生活から、抜け出せるのではないか、と。


 その日から母親は、娘に『貴女は神に選ばれた愛し子なの。貴女の言葉で、現世で苦しむ人々を助けてあげましょう』と常に言い聞かせ、ある種の洗脳を施した。


 まだ幼かった娘は、母親の言うことを素直に信じ、母親の喋る予言を諳んじてみせた。

 それらが積み重なっていき、いつしか娘は“魔女”と呼ばれるようになってしまったのだ 。


 魔女の最期は、その身を恋人だった騎士の剣で貫かれ、遺体は二度と魂が蘇らないよう、封印の紋様が施された布で全身を包み、聖なる炎で焼き尽くされたとされている。


 魔女自身も、ある意味で被害者と言っていいだろう。


 娘が亡くなった後、母親の方は生き残り、散り散りになったカルト教団の再興を企てる。


 その一団と対峙するのが、主人公であるマリアと、攻略対象者達五人である。


 敵対する者達は城に勤める高位の貴族の中にいる。

 相手はランダムで変わるようになっており、その時々で魔女の母親と一緒にいる人物は違う。

 だが、確かにその中には大臣もいた筈だ。


 主人公率いる六人で、彼らを倒し、お話は大団円を迎える。


 長年国が憂いていた問題が、彼等のお陰で解決したのだから——




 ーー

 ーーー※




 カリカリカリ……


 ペンが紙面を引っ掻く音が、室内に響く。


「……」


 先程書いたウェル様の名前を、指先でそっとなぞる。


「ウェル、さま……」


 私の婚約者となった彼が、この世界での攻略対象者だなんて……

 つい先程まで、家族の優しさに触れて心が温かく感じていたのに。それが今では、夢だったのでは無いかとさえ思ってしまう。


 ……この手のゲームには、主人公のライバルとなる者の存在が必ずいた筈だ。


 止めていた手を動かし、その人物の名前を記入する。

 ……書くまでも無く、分かりきった名前を。


『悪役令嬢 : ルルティア・リヴィドー

 アルベルト・リヴィドーの妹であり、王子の婚約者。悪虐の限りを尽くし、最期、処刑される。』


 ……せっかく生まれ変わったのに、私は、自分の思ったとおりに生きられないのかな……?

 所詮、決められた筋書きを進むだけの、ゲームの登場人物に過ぎないのだろうか……?


「——っ……!」


 紙を捲ろうとして、指を切ってしまった。

 人差し指の先端に、小さな赤い血の玉が、ぷっくりと浮かび上がる。


 いや……私は、確かにここで生きている。

 血だって、ほら! こんなに赤いのだから!

 これが、ただのゲームの人間にでるわけ無い! 私はゲームのデータじゃない。

 私はルルティア・リヴィドーだ! 生きている人間だ!


 ……でも。


 これからどうすればいいんだろう。

 ただの五歳児に、いったい何が出来るというのだろうか。


 ……とにかく、もっと情報を整理しなくては。


 お話の筋書きと、人物の名前は書いたのだ。

 後は、どうして私が処刑されてしまうのかを、思い出さなければならない。

 普通ならば、一介の女性が処刑される事など無い筈だ。

 ましてや、今の私は侯爵令嬢だ。

 貴族としても上位のクラスだし、それに、王子の婚約者であれば、いくら悪い行いをしようとも、身分上、守られるのは主人公ではなく、私の方なのではないだろうか。


 ……そう“普通ならば”だ。


 もしここで、ゲームの世界ならではの強制力のようなものがあったとして、それが作動したとしたら……?

 現状、両親だってあんなにも愛情深く、家族思いなのだ。

 お兄様だって、口数が少なく表情も乏しいが、私の事を大事に思ってくれている事がわかった。


 それにウェル様との関係も良好だ。

 そんな彼等らが、私が窮地に陥った時、見て見ぬフリなどするだろうか……?

 本来の悪役令嬢となりうる、私の中身も全く違う人間なのだ。

 私が気をつけてさえいれば、最悪の結末を変える事が出来るだろうか……


 つらつらと考えながら、もう一度ペンを動かし、便箋に記す言葉を書き進めていく。



『 悪役令嬢を取り巻く環境』


 ルルティア・リヴィドーは、幼い頃は天真爛漫な明るい性格だった。

 だが六歳の頃、初めて出席したお茶会で失態を犯し、周囲の人間から蔑まれた事で、彼女は自信を失い、塞ぎ込んでしまう。

 そのせいで、本来の明るかった性格はなりを潜め、無口で人見知り、引っ込み思案な性格になってしまうのだ。


 両親や兄は、そんな彼女を気にしながらも、自らの忙しさにかまけ、彼女を支える事が出来なかった。


 そんな時現れたのが、彼女の祖父である、ガイウス・リヴィドーである。


 祖父はルルティアが何かを失敗しても、緊張から喋るのがつっかえても決して嘲笑ったりせず、慈愛の眼差しで彼女を支え続けた。

 そのお陰か、いつしかルルティアは祖父の事を慕う様になり、次第に明るさを取り戻すようになる。


 ルルティアは、祖父の屋敷へよく遊びに行っては、独り身になった祖父に、自身の回りで起きた事を楽しそうに話して聞かせたり、祖父の為に、一生懸命作ったお菓子や刺繍を持ち込んでは振舞ってみせる。祖父の方も、そんな彼女を喜んで迎え入れたのだ。


 明るく、心根の優しい彼女の存在が、祖父の慰めになっていたようだった。


 両親や兄はホッとしていた。

 祖父の優しさに触れ、ルルティアは本来の明るく優しい子供に戻ったのだと。


 ……けれど、現実は違った。

 祖父は、熱心なカルト教団の生き残りだったのだ。

 魔女亡き後、彼女の意思を継いだ祖父は、教団の再建を目指す為に、ルルティアを駒とする事を思いつく。


 奇跡を起こせる魔女がいない以上、生前、魔女がよく信者に振舞っていた聖灰を作り振る舞う事で、新たに信者を増やす必要があった。


 聖灰は、ある特殊な花から採れる実から作られる。乾燥させ、粉末状にしたものがそれだった。


 その頃には美しく成長を遂げ、学園に入学していたルルティアは、自身の兄や婚約者である王子に付き纏う、マリアの存在に悩んでいた。


 ルルティアは、マリアに婚約者のいる男性や、高位の貴族に気軽に話しかけてはいけないのだ、と何度も注意しているのにも関わらず、マリアは特に気にしたふうもなく話しかけに行くからだ。

 彼女の行動のせいで、一部の令嬢達から不穏な気配が流れ始めていた。


 現状を憂い、思い悩んでいたルルティアに、祖父はガーデニングと称して、一緒に花を育てる事を提案する。


 ルルティアは喜んだ。

 祖父が自分を気にかけて誘ってくれたのが、嬉しかったから。


 やがて種は芽吹き、葉を増やしながら成長していき、蕾だったモノはいつしか綺麗に花開く。

 自身が丹精込めて育て上げた花を見つめ、ルルティアは、心から慰められていた。


 祖父は、採取した実から出来上がった聖灰を、ルルティアに領地の民や、学園の友人に振る舞うように勧める。

『これはな、体内に摂取すると幸運が訪れる魔法の薬だ。皆が幸せそうに笑うのを眺めるのが好きなルルからなら、きっと喜んで受け取ってくれるだろう。 ……さあ、沢山あるこの薬を、ルルが幸せにしたい者達に渡しておいで。自分でも少しずつ飲んでごらん? きっと、ルルが抱える苦しみから解放される筈だからね。 ……だが、決して家族には知られてはいけないよ? 善い行いは、隠れて行わなければならないのだからね』と。


 そうしてルルティアは、信頼していた祖父の言う事を信じ、沢山の聖灰を、彼女の大好きな人々に渡してしまうのだ。


 それが露見した時、彼女は捕らえられ、生家は取り潰しとなり、侯爵令嬢だったルルティアは、処刑という凄惨な最期を迎える。


 ——祖父の存在。

 彼こそが、悪役令嬢たるルルティアを、絶望の底に突き落とした人物である。

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