1-8

 全ては、ある一人の娘の存在から始まった。


 腰まで伸びた真っ白な髪に、柘榴のような紅い瞳。

 見目麗しいその娘は、元はただの町娘だった。

 けれど、時折彼女が囁く不思議な内容の話は、未来に起こりうることをピタリと当てる。


 ある日、誰かが言った。

 彼女は預言者だと。我々を素晴らしい未来へ導いてくれる乙女なのだと。


 一人、二人と彼女を崇拝する者達が集まり、その人数は日を追うごとにどんどん増えていった。

 そうして、人々は彼女にのめり込んでいき、祈りを捧げ崇めるようになり、彼女を主体としたカルト教団が出来上がる。


 それを恐れた人々からは、彼女はいつしか“魔女”と呼ばれるようになった。


 町外れで行われる闇のサバトで、毎夜、魔女は祈りを捧げる。


 魔女は謳う。

 再生の唄を。


 ——現世での苦しみを断ち、皆に血の祝福を与えましょう。

 ——失われた命を蘇らせ、愛する者との永遠の時間を授けましょう。


 魔女は囁く。

 導きの言葉を。


 ——全てを捧げ、我らが主神を崇めなさい。

 ——さすれば、貴方の祈りは真実になるでしょう。


 魔女は数々の奇跡を起こしてみせた。

 ある時は、戦で四肢を失った者の身体を再生させ、またある時は、亡くなった者の魂を呼び出す事も出来た。


 その奇跡を目撃した人々は、更に魔女にのめり込んでいった。


 ある日、王の妃が不治の病を患い、その命が儚くなってしまう。


 王は嘆き悲しんだ。

 最愛の妻は死に、もう二度と会うことは叶わない。

 王は日に日に覇気を失い、心労で体調を崩す日が続く。


 しばらくして、魔女の噂を聞いた家臣の一人が、彼女に会うことを王に勧めた。

 何でも魔女は、死者の魂を蘇らせる事が出来るらしいと。

 少しでも王の慰めになればいい。

 そう思った家臣は、奇跡を起こす魔女を城に呼ぶ事を提案する。純粋な善意だった。


 そうして魔女は王城へ呼ばれ、王や、臣下の者達の前で奇跡を起こしてみせた。


 焚き込められた香が室内に漂い、揺らめく煙の中から美しい女性の姿が浮かび上がる。その人は生前と変わらぬ微笑みで、王を見つめた。


 確かに王は、そこに最愛の妻の姿を見る。


 王はこの奇跡がずっと続いて欲しいと願った。

 けれど、奇跡を持続するには、魔女に祈りを捧げ続けなければならない。


 愛する妃に会えるなら、と王は自らのめり込み、魔女率いるカルト教団はその勢力を増していく。


 魔女を崇めるカルト教団は、教会が掲げる白の神とは違う、黒の神を崇拝していた。

 黒の神からの啓示を魔女が告げると、予言通りに全てが当たり、誰もがその奇跡を信じるようになる。


 ただし、奇跡には代価がいる。

 新鮮な血肉が必要だった。


 しばらくして、城下町では誘拐事件が多発するようになる。

 人々は怯え、身を守る為に外へ出なくなる。


 庶民から攫うのが難しくなると、その矛先は立場の弱い貴族に向かうようになった。

 若く美しい令嬢や子息を、闇に紛れて攫っては、神への供物として捧げていく。


 国王の後に続くように、我先にと有力な貴族達がのめりこむ。

 国は機能を無くしていき、緩やかに破滅へと向かっていった。

 そうして一つの国が滅びかけ、終焉を迎えるかと誰もが思っていたその時、救いの光が差し込む。


 現国王シャルル・フォン・ダグラスの存在だった。


 彼は見聞を広める為、隣国にある学園に通っており難を逃れていたが、密偵から母国の事情を聞いた時には既に、全てが手遅れだった。


 魔女の授ける、祝福の聖灰を体内に取り込んだ者達は、重度の依存に陥っており、回復する見込みも対話をする事も出来ない状態にまでなっていた。


 シャルルは、当時同じく学園で難を逃れた朋友達と共に、国に戻る決意をする。

 帰郷の最中、被害を知り、故郷へと戻ってきた力のある冒険者達や、魔女の手管に落ちなかった有力貴族達と力を合わせ、ついに魔女を亡き者にする事に成功する。


 血に濡れた王座をその手に収め、王位についたシャルルは誓う。


 もう二度と、同じ過ちを繰り返さないようにと。


 ※


「以来、我が国は魔女の信仰した黒の神への祈りを禁じ、減少してしまった人口を増やす為、日々政策を行なっているのだけれどね。先の騒動のせいで、万年人手不足でねぇ。私たちがあまりこの屋敷にいないのも、そう言った事情があるからだよ」


 そんな事があったなんて……


 今の生活からは、そんな恐ろしい過去など微塵も感じられなかった。

 お父様達は、いったいどれ程の努力を積み重ねてきたのだろう。

 ここに来るまで、きっと辛く苦しい日々を送ってきたに違いないのに、彼らはそんな顔を微塵も見せない。 ……なんて強い人達なのだろうか。


「……じゃあ、大臣は、操られなかった貴族達の方、なの……? それなら、どうして国を、乗っ取ろうとするの……?」


 お兄様は納得がいかなそうに問いかけた。

 確かに今の話ならば、大臣が王家を乗っ取ろうとするのはおかしい。今の立場にいるという事は、大臣は、協力者として尽力していた筈だからだ。


「……実は、例のカルト教団には捕らえきれなかった者達もいてね。あまりに数が多過ぎた為に、その全てを把握しきれてはいないんだ。大臣が疑わしいと言われているだけで、証拠は無い。それに、王城に勤務している者の中にも生き残りがいる可能性があるんだよ」


「……だったら、怪しい人達、全て捕まえたらダメなの……?」


「そうだね。それが出来たら良いのだけれど、我が国の人間は先の騒動で随分と減ってしまってね……。 削れるだけの人員がいないのだよ。疑わしくはあっても、彼らがいなければ、この国は破綻してしまうかもしれない。 ……嘆かわしい事だけどね」


 なんてもどかしい状況だろう。

 疑わしい人物がいるのに、こちらからは何もする事が出来ないだなんて。


「このまま城にとどまっていた場合、カルト教団の貴族の娘とけっこんさせられる可能性が高い。だから、王様はウェルさまを脱出させて、少しでもその可能性を避けられるよう、自分自身で婚約者を見つけてくるように指示したの?」


 お父様とお兄様はギョッとした顔で私を見つめてくる。

 ……しまった。 よく考えたらこれ、幼児が言う内容じゃなかった。 ……またやってしまった……


「な〜んちゃって〜! えへへ!」


 と言って、ニコニコ笑って誤魔化してみる……苦しいかな……?


「いや驚いた。ルル、君はとても頭が良いんだねえ。そうだよ、確かに君が言った通りだ。彼が自ら探し、婚約者を選んだとなれば、異を唱える者は多少は減るだろうからね。 ……王城から離れた場所にいる貴族の方が、カルト教団と関わっていない可能性が高いからね。まだ安全なのだよ」


 お父様は感心したように私の事を褒めてくれる。ちょっと嬉しいぞ。それに、特に不審にも思われてないようだ。


「っと言う訳で、ルルちゃんが未来の王妃様になると決まったのだけれど、勿論害が及ばないように、お父様とお母様も最善を尽くすつもりよ〜? 正式な発表は、王子様が十五歳になられて学園へ入学されるまで伏せられる事になっているから、安心していて頂戴? ルルちゃんにもしもの事があったら大変だから、あまり領地から出られなくなってしまうけれど、リヴィドー家の持てる力を尽くして、ルルちゃんを全力で守るわ〜!」


 お母様は、任せろと言わんばかりに胸を軽く叩き、にっこりと微笑む。


「はいっ!」


 自信に満ちたその表情につられるように、私は元気よく頷いた。


「僕も……」

「え?」

「……僕も、ルルを守る。今は、まだ頼りないかもしれないけれど、もっと剣の腕を磨いて、必ず、強くなるから……」


 お兄様は、私をじっと見つめて囁いた。その小さな声とは裏腹に、瞳には強い意思の光が煌めく。


 普段は読めない表情の奥深くに、彼は、こんなにも私の事を心配してくれていたのだ。それが嬉しくって、胸の奥に火が灯ったかのように、あったかくなるのを感じた。


「お兄さま……! ……ありがとう」


 その日の夕食は、今までにないくらい思い出深いものとなった。


 ※


 衝撃の話を聞いたその後、 湯浴みを済ませた私は、今は自室のベットの上に寝っ転がりながらだらけきっている。


 それにしても、今日は驚きの連続だったなあ〜! ……まさか、ウェル様が王子様だったなんて。


 確かにものすごく格好良いし、なんとなく、気品のようなものがあったけれど。

 完全に自分と同じくらいのお宅のお子様だと思っていたし、我が家に来たのがお嫁さん探しの為だとは思わなかった。


 それに、国を破滅に導いた魔女。

 王家の乗っ取りを企む貴族の存在。

 なんだか王道ファンタジーモノのお話みたいだ。


 ……でも……これに似たようなお話を、どっかで見たことがある気がするんだよなあ〜。


 なんだったかな〜? う〜ん……


 …………あ! そうそう! 確か前世でやったゲームのお話で、おんなじようなのがあった気がする〜!


 確か〜、前王時代に一度国が滅びかけてぇ〜、真相エンドで魔女の話が出てくるんだよね〜!


 全員攻略した後じゃないとそのルートにいけなくって〜!

 舞台となる場所の名前は、『王都ダグラス』!


   …………………………………………………………………………って。


 うああああああああああああ!!!! お、お、思い出したー!!

 この話、まんま乙女ゲームの内容じゃないのっ!?


 た、 確か、前世で死ぬ少し前にやってたゲームだったと思う……!


 タイトルは『光と闇のマリア』


 男爵の庶子であるマリアが、ある日、女手一つで育ててくれた母親が亡くなった事で、長年娘の行方を探していた父親に引き取られて、十五歳の時に男爵令嬢として王立学園に入学してくるのだ。


 学園の内外で、五人の見目麗しい男性達と交友を深めていき、次第に恋に落ちていく。卒業後、一番仲が良かった男性と結婚するという王道ストーリーだった筈だ。


 確か、メインヒーローは国の王子様だったと思う。


 ……いやいや、まさかそんな。

 確かに前世を思い出した時、なんか異世界っぽいなあ〜とは思ってたよ……?

 で、でも……まだ国の名前が同じってだけだし、魔女の逸話だなんて、良くある話、だよ、ね……?


 嫌な予感に、全身の毛穴から、どっと汗が吹き出る。突然降って湧いてきた情報に頭がぐちゃぐちゃになって、上手く考えられなかった。



 ……何か、書くものがあれば……


 紙にひとつひとつ、思い出せる事を書いてみて、心を落ち着かせよう。

 もしかしたら、気のせいかもしれないし……


 急いでベッドから飛び降りて、私は机に向かった。

 ウェル様との文通の為に、自室には常に、便箋一式が置いたままになっているのだ。


 ……あれからまだ、ウェル様からの返事は、来ていない。


 暗く深い沼に沈んでしまいそうな思考を振り切り、インク瓶にペンをつけ、私は思いつく限りの単語を、スルスルと書き連ねていった。


『タイトル : 光と闇のマリア』


『主人公 : マリア・ダリス。

 男爵の庶子として幼い頃に引き取られる。水色の髪に、ピンクの瞳』


『攻略対象1 : メルクリウス・バトラー

 王家が秘密裏に潜入させている密偵。主に城下町で情報を集めている。

 亜麻色の髪にエメラルド色の瞳』


『攻略対象2 : クロード・ホーエン

 メルクリウスと同様、密偵をしており、こちらは生徒として学園に潜入。生徒会長を務めている。

 オレンジ色の髪に同色の瞳』


『攻略対象3 :マックス・ガイナ

 王を守護する騎士の息子。学園に通いながら騎士を志している。正義感が強い。赤毛に深緑色の瞳』


『攻略対象4 : アルベルト・リヴィドー

 侯爵家の嫡男。口数の少ない孤高の人。年下のマックスとは友人同士。

 胡桃色の髪に蒼い瞳』


 ……正直怖くてもう書きたくない。けれどペンを握る手が、私の意志を無視するかのように進んでいく。


 カリカリと音を立てていたペン先が、ある部分を書いてピタリと止まる。


「は、はは……」


 喉がカラカラに乾いて唾液が張り付く。


 ペンが止まった箇所。

 そこには私が書いた、最後の攻略対象者の名前があった。



『攻略対象5 : オリウェリウス・フォン・ダグラス

 メインヒーロー。金髪碧眼。

 そして、この国の王子様』

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