1-7
手紙をお父様に預けてから、更に三ヶ月は経った頃だろうか。
しばらく領地を回る旅に出ていた両親はひと段落したのか屋敷に帰ってきており、本日もまた、珍しく家族全員揃って夕食を囲んでるところなのだけど、食後の紅茶を飲みながら、ふいに、お父様が謎の発言をしたのである。
「ルル。君の婚約者が決まったよ。相手は、この国の王子様だ」
「王子、さま……?」
「何それ……聞いてない……」
突然の事に、私はポカンとしてしまうし、お兄様に至っては、表情が強張り、なんとなく険のある顔をしている気がする。
ちなみに、今回はフォークを落とさなかったようだ。
対照的に、両親はとてもニコニコとしており、心なしか機嫌もよさそうである。
「ああ、そうだよ。嬉しいかい? ルル。君は将来、この国の王妃様になるんだよ」
「良かったわね〜ルルちゃん? これでお母様も一安心だわ?」
ええ……どゆこと……?
嬉しいも何も、私、王子様の事、知らないんですけど……?
「ええ〜でも〜! わたし、王子さまと、あった事ない〜」
「……そうだよ。なんでルルが。この子には重荷だと思う」
意外にもお兄様が援護してくれているようだ。
けれど、お父様はさして気にしたふうもなく笑いながら続けた。
「知らなくはないさ? なにせ相手はついこの間まで、我が家に遊びに来ていたのだから」
それって、もしかして……?
「こんやくしゃって、ウェルさまなの……?」
「ああそうだとも。正確にはこの国唯一の王子である、オリウェリウス・フォン・ダグラス様だね。彼はね、王の命により自身の婚約者になり得る女の子を探していたんだよ? まだ子供ではあるけれど、お忍びで各地を転々となさっていたんだ。ある程度回りきって、そうして最後に我が家にいらして、君を婚約者にと望んで下さったのだよ」
「素敵ね〜! お嫁さんを見つける旅に出て、それでルルちゃんが選ばれるだなんて。まるでお伽話みたいだわ〜」
そ、うだったの……ウェル様が、私を……
顔が熱い。心臓がトクトクと煩い。
まさか、彼が私を選んでくれただなんて。
はじめての友人が、婚約者に。
そして、未来の私の旦那様になる。
……なんだか突然の事過ぎて、頭が回らない。
でも……うん。私、嬉しい……のか、な?
色恋沙汰だなんて、前世でだってほとんど経験した事など無かった筈だ。
ほんのりとした淡い好意ぐらいなら思った事はあったけれど、それだけだ。
好意を自分に向けて貰える事がこんなにも嬉しい事だなんて、初めて知った。
少し、照れ臭い。
おもわずモジモジとしてしまう私を見て、お兄様は驚いた顔をしていたけれど、ふと、険しかった表情は消え、どこか諦めたような顔になっていた。
「……ルルが良いなら別にいいけど。でも、これから大変だと思うよ」
ポツリ、と小さく呟くその声を、私の耳が拾う。
「え〜お兄さま、どういう事ですの?」
お兄様は言いづらそうにしていたけれど、しばらくして、そっと囁くように教えてくれた。
「この国の、大臣。彼が、自分の娘を王妃に据えたいって、言ってたらしい。国を乗っ取る気なんだって。 だから、ルルが婚約者だって正式に決まったら、きっとなんとしてでも、その座を奪おうとする……と思う」
それを聞いた両親はハッと息を呑み、お互いの顔を見合わせた。
そして静かに、だが問い詰めるように、お兄様に話しかける。
「……アル。君は、どうしてその事を知っているのかな? この話は王都のごく一部の者しか知らない筈だよ。それを王都から離れた、しかも領地から殆ど出る事のない君が、何故知っているんだい?」
優しい口調で。でも決して誤魔化すことを許さないかのような言葉で、お父様は問いかける。
その様子を見て、お兄様はしばらく黙っていたけれど、やがて観念したらしく、ぽそっと呟いた。
「……マックスに聞いた。父様が言ってたのを聞いたからお前にも教えてやるって。絶対に秘密だからなって」
マックスとは、お兄様の数少ない友人の事だ。
彼は王の護衛を務める騎士、ルドウィン様の息子であり、普段は王都にある屋敷に住んでいるらしい。
一見知り合いになり得ない組み合わせだが、お父様とルドウィン様、それに国王の三人は友人同士らしいのだ。
なんでも若い頃、見聞を広げる為に留学していた隣国の学園で、三人は出会い、青春時代を共に過ごしたらしい。
お互い目指す未来は違ったけれど、学生時代に育んだ友情は大人になった今でも続いており、身分など関係なしに、偶にお忍びで会っているそうだ。
以前、何度かお兄様もついて行った事があるようで、おそらくその時に仲良くなったのだろう。
「く……ルドウィンの所の倅か! 城の内情をベラベラとしゃべりよって!」
お父様のこめかみにぶっとい青筋が浮かんでいる。
相当怒っているらしい。 ……こ、怖いぃ。
「まあまあ、落ち着いてあなた? いずれ分かる事なのですから、ね?」
お母様は宥めるように、優しくお父様の背中をさする。
少しして落ち着いたのか、お父様はハア、と一つ溜息を吐き、続ける。
「ああ……すまない。だが、知ってしまったからには仕方がない。君達にも、話しておかねばならないね……今、国が抱える問題を」
そうして、お父様は語り始める。
「さて、何処から話そうか……まずは現王である、彼を取り巻く環境から、話さなければね……」
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