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「ルル! 遊びに来たぞ!!」


 あれから日を空けず、ウェル様はほぼ毎日のように、我が家に遊びにやって来るようになった。


 私の事を気の置けない友人と思ってくれているようで、来る時にはいつも、人気すぎて並ばないと買えないようなお菓子や、珍しい異国の小物入れ等、様々なお土産を持ってきてくれるのだ。


 それがとっても嬉しくて、机の上に並べて眺めてはニマニマしている私がいる。

 なにしろ初めての友人からのプレゼントなのだ。心が躍るに決まっている。


 流石に貰ってばかりは良くないので、私の方でも何か出来ればなあ、とウンウン唸りながら考えた結果、既製品を渡すよりも、手作りのお菓子や刺繍をしたハンカチをプレゼントするのが良いのでは? と思い、ナナに習いながら一生懸命作ってはお返しとして渡しているのだ。


 まあ、ほとんど手伝って貰っているけどね。幼児だし。


 小さな手で作ったモノ達は、やはりどこか歪な出来上がりで、クッキーは端っこが欠けていたりしてあまり形が良くないし、刺繍は少し……いや、縫い目がかなりガタガタな仕上がりだけど、それでもウェル様は感激したように喜んでくれて、壊れ物を扱うようにそっと懐にしまって持ち帰ってくれる。


 もっと練習して、いつか上手に出来たものを彼に渡してあげたい。こんな素人の不出来な品を、貴族の彼は当たり前のように貰ってくれるのだ。


 お父様は、そんな私達の様子を離れた所で見ながら、なんとも複雑そうな顔をしている。

 いったいどうしたんだろ?



 ※



「今日はルルに花を持ってきたぞ!」

「わあ〜! いいにおい〜、それに、とってもキレイね〜」


 本日ウェル様が持ってきてくれたのは、とても珍しい蒼い薔薇の花束だった。

 この色の花……確か、王家に所縁のある家でしか栽培していない。という話を聞いた事があった気がする。


 彼はそういった高貴な身分の家の子供なのだろうか?


 受け取った薔薇に顔を近づけて、匂いを吸い込んでみる。甘い香りが胸いっぱいに広がって心地よい。


「ウェルさま、いつもおみやげくれてありがとう。わたしもね、今日、新しいししゅうを縫ってみたのっ! ウェルさまにあげるね?」

「ホントか!? あ、いや……いつもすまない。ルルからもらう品は、どれも愛らしいものばかりだから、大切にしまっているぞ。」

「ええ〜! ちゃんと、使わなくっちゃだめだよ〜?  もしも失くしちゃったら、わたしがまた、作ってあげる。 ……はい、どうぞ?」


 そう言って、私は綺麗にラッピングしたハンカチを彼にプレゼントした。

 月と星をモチーフにした刺繍は、金と銀の糸であしらった簡単なものだが、幼児の私がギリギリ刺せる精一杯の物でもある。


 今回選んだこのモチーフは、実は絵本の内容を参考にしていたりする。


 その本のタイトルは『祈りの乙女』だ。


 お話は、森の中を歩いていた娘が、ある日、行き倒れている騎士の青年を助ける、といった場面から始まる。


 献身的に看病する内に、いつしか二人は惹かれ合い、恋に落ちるのだ。

 けれど、娘は月の神にその命を捧げる事が決まっており、青年が回復すると、事情を話して家を出るよう促す。


 青年はそれでも一緒にいたいとプロポーズをするのだが、娘はそれを断ってしまう。幼い頃から神を信仰していた娘の命を捧げなければ、代わりに他の人間を生贄に捧げなければいけなくなるからだ。


 けれど娘は、『もし来世でまた出逢えたのなら、もう一度、私に想いを告げて欲しいのです。その時は、必ず貴方と共に生きましょう』と言い残し、青年に星の飾りのアミュレットを残して命を散らしてしまう。


 時は巡り、もう一度生まれ変わった娘は、自分を信じて待っていてくれた青年に再会し、二人は結ばれ末永く幸せに暮らしました。というお話だ。


 切ないタッチの内容だが、私は結構、気に入っている。とくに、最後はハッピーエンドになるところがとても良いと思うのだ。


「これは……! 月と星か。絵本のモチーフになっているものだな。ありがとう。私の好きな刺繍だ」

「えへへ〜! よかったあ〜! じつは、けっこうむずかしくって、何度か失敗しちゃったんですの。ウェルさまに渡したいなあと思って、がんばったんですの!」

「そうか…… 私の為に……」


 彼は、じっとハンカチを見つめながら、何かを考え込んでいるようだ。

 どうしたんだろう。今日は少し、様子がおかしい気がする。


「ウェルさま……?」

「ルル……今日は、お別れを言いに来たのだ。」

「え……!」

「実は父から連絡があってな。一度家に帰らなければならなくなったのだ。私の家はここから一ヶ月ほどかかる場所にあってな。今まで宿をとって、こちらに滞在していたのだが。 ……名残惜しいが、しばらく ルルに会えなくなる」

「ウェルさま……」


 せっかく友達になれたのに……

 このまま、彼と会えなくなってしまうのだろうか……?


「けれど安心してほしい。急いで用事を終わらせて、すぐに戻ってくる! ……だから、その……それまで、待っていてくれないだろうか……?」


 良かった……!  また、彼に会えるようだ。しばらく遊べないのはとても残念だけれど、きっと彼には、やらなければいけない事が沢山あるのだろう。


 ……そうだ! いつかウェル様が帰ってきた時に、もっと成長した私を見てもらえるよう頑張ろう。

 きっとその頃には、クッキーや刺繍だって、今よりも上達しているに違いない。


 だから。  ……それまで少し、お別れだ。

 とても寂しいけれど、次に会ったその時は、進化した私を見てほしい。きっとウェル様をあっと言わせてみせるから。


「もちろん! まってますわ! ウェルさま、大好きだもん。だからね、気をつけて行ってきてね?」

「!!  ……ああ! ルル、私もきみが好きだ!! 必ず早く終わらせて、帰ってくると誓おう」


 ウェル様は力強く頷いた。燻っていた迷いが消えたようで、その顔はとても晴れやかだ。


「うんっ! じゃあ今日は、いっぱいあそぼ? しばらく会えないぶん、あそびつくす〜!」

「ああそうだな! ルルは何して遊びたい?」

「う〜んとねえ〜……」




 ーーー

 ーーーー※




 その日私達は、お互いヘロヘロになるまで遊びに遊んだ。鬼ごっこに、かくれんぼ。リバーシにトランプ。こんなにも全力で遊んだのはいつぶりだろう。きっと前世でだって、こんなに付き合ってくれる子はいなかったと思う。


 本当にウェル様は友達思いの素敵な子だ。今世で彼に出会えた事が、私の一番の幸運なのではないだろうか。


 気がついた時には、オレンジ色の陽光が辺りを照らしており、夕方となっていた。 ……ウェル様と、お別れの時間だ。


 別れ際、名残惜しそうに私の手を握り続けて動かない彼に、お付きの騎士のお兄さんが出立の声をかけて促す。


 その声が聞こえている筈なのに、動こうとしないウェル様の姿に胸が痛み、私は背伸びをして、握っていない方の手で彼の頭をそっと撫でた。


 ウェル様は、はっとして私を見ると寂しげに微笑んで、「また会いに来る」と言い残し、馬車に乗り込んで行った。


 私は、ウェル様の馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。


 一緒に見送りに来ていた両親と兄は、屋敷に帰る様に促したけれど、私はどうしてもそんな気になれず、結局馬車が完全に見えなくなったのを機に、お父様に抱っこをされて屋敷へと帰る事になったのだ。


 先程まで一緒に遊んでいたというのに、心にポッカリと空洞が出来たように感じて、寂しくて仕方がない。

 早くウェル様の用事が終わって、また一緒に遊べる日々が来ればいい。


 そう思いながら、私はベットに潜り、彼とまた会える日を夢見て静かに目を閉じたのだ。


 ————けれどその後、この幼い友人と会う日は、ついぞ来る事はなかったのである。


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