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「ルル。オリウェル様とはどうだったかな? 上手に案内出来たかい?」


 その日の夕食の席で、今日の事についてお父様に尋ねられた。


 あれからウェル様が帰った後、料理長特製のクッキーをおやつに頂きつつ、のんびりと絵本を読んだりして、緩やかに午後の時間は過ぎていき、現在に至る。


 両親と兄の用事は終わったようで、今は久々に家族全員で夕食を取っている状況だ。

 二人は滅多に帰ってこない為、こうして皆で食事を囲むのは、我が家にとっては非常に珍しい光景……らしい。


「はい! ちゃんと案内できましたわっ! いっしょに遊んだんですのよ? とってもたのしかったですわっ」

「そうか……遊んで貰ったのだね。それは良かったねえ」


 お父様はホッとしたように息を吐き、優雅な所作で食後の紅茶を飲んでいる。

 お母様はその様子を眺めながら、ニコニコと私の話を聞いてくれており、お兄様は無表情でひたすら目の前の食事を口元へ運び続けている。


「後はねぇ〜、お友達になったし〜、あ! それとね? 抱きついたら、ウェルさまおかしくなっちゃったの。ぜんぜん動かなくなっちゃって、とちゅうで帰っちゃったのですわっ」


「ぶっ!?」

「まあ〜」

「!!」


 あれ。皆の反応がおかしい……

 お父様は紅茶を喉に詰まらせて軽く吹き出し、お母様は手を合わせながら楽しそうに微笑み、お兄様は手に持っていたフォークを取り落とした。

 それが食器に当たり、カシャン、と甲高い音が室内に響く。


「……ぐっ! ゴホン。 ルル? その、抱きついたというのはどういう事かな?」


 しばらくして落ち着いたらしいお父様の問いかけを合図に、家族の視線が一斉に私に集中する。


「ん〜? おにごっこしてただけだけだよ? わたしがね、ころんだ時に起こしてくれて、その時に抱きついて、つかまえたのっ。ウェルさま、足が早くて、つかまえらんないんだもーん」

「そ、うなのかい?  ……でも、お父様は、異性に気軽に抱きつくのはどうかと思うけどなあっ?!」

「……しかも愛称で呼んでるし……」


 お父様はなぜか動揺しているらしく、カップを持つ手がプルプル震えている。

 お兄様の方は呟くように何かを言っているけれど、元々無口なのと、声が小さ過ぎるせいで何を言っているか全然聞き取れない。


 あれ……ダメだった? 幼児だし、セーフかなって思ってたんだけど……?


 あっ。


 ……事案にはならないわよね……?


「まあまあ。仲が良いのは素敵な事よ〜?」


 男性陣が不満そうにする中、唯一お母様だけは賛成してくれている。


 名前は、確か……そう! カミラ・リヴィドー。私の今世の母親だ。

 彼女は、およそ二人も産んだとは思えない程に若々しい外見をしており、おっとりとした性格だ。実は今でも彼女に想いを寄せている男性達がいるらしい、と言う事を、ナナが言っていたような気がする。


 どんな些細な事からも楽しさを見出す天才でもある彼女は、私と同じ薄桃色の緩やかにウエーブがかった髪を、一つの編み込みにして胸の前に垂らしており、今はふふ、と笑いながら小首を傾げている。


「な、君までそんな! ルルにはお婿さんなど早いと思うのだがね!? まだこんなに幼いのだから、この子には他の子達にも会わせてみてからゆっくり決めた方が良いと思わないかい?」

「まぁ〜? あなたってば、ルルちゃんがとられるのがイヤなのね? そんなことおっしゃってたら、国中の素敵な殿方は誰も残ってませんわよ〜? アル君だって、早くお嫁さん候補を決めなくちゃいけないのに〜」


 あ、ナナと同じ事を言ってる。

 やはり、いかに早く婚約するのかが、この国のステイタスらしい。

 今回会ったのは、お見合いみたいな感じだったのかな?


 う〜ん、これどうなるんだろ?

 ……結婚、かあ。私には未知の領域だ。おそらくだけど、前世でだって、未婚のまま終了してしまったんじゃないだろうか?


 それにしても、お兄様も決まってなかったようだ。意外。


 どうやら兄は、無口で反応の乏しいタイプのようだけれど、見た目は超〜整っている。顔立ちは、中性的な感じなのかな? 

 髪は背中で緩く三つ編みにしているようで、解いたままでいたら、ウッカリ女の子に間違えられそうだ。


 瞳はお父様譲りの蒼色で、その色合いは私とは異なる。彼の方は、よく晴れた青空を思わせ、髪の色は、両親の色が程よく合わさった胡桃色をしている。


 性格は……ちょっとよくわからないけれど、多分、根はいい人なんじゃないかな?


 すると、お母様は良い事を思いついたとばかりにポンっと手を合わせ、穏やかな声音のまま、お兄様に話しかける。


「そうだわ〜? この際ですからアル君、お母様と一緒に、未来のお嫁さんを探しにいきましょうか?」


 その表情は慈愛に満ちたものだった。優しい笑みを湛えているけれど……

 気のせいだろうか…… 有無を言わせないような、無言の圧力を感じるのは。


 それまで納得いかなそうな顔で私を見ていたお兄様は、まさかお見合い話が自分に飛び火するとは思ってなかったらしく、ビクっと震えると、急いで残りの食事を口に掻き込み、脱兎の如く去って行った。


 鮮やかな動きだ。 ……そんなに嫌だったのか。


「あら〜 ……ちょっと意地悪しすぎたかしら? でも、アル君のお嫁さんを決めなくてはいけないのは本当なのだけれどねぇ〜」


 困ったわあ〜と、頰に手を当てながら、お母様は小さく溜息をついていた。

 お父様の方をチラリと見ると、少し居心地悪そうに視線を泳がしている。


 ……このままここに居たら、私も何か言われそうだ。

 私もさっさと帰ろっと。


「わ、わたし! 少しねむくなってきましたわっ! そろそろおへやに戻りますね?」

「まあ、そうなの? ルルちゃん、まだ夜は冷えるから暖かくして寝なくちゃダメよ?」

「そ、そうだぞ! 風邪を引いたら大変だっ! 君達が元気でいてくれる事が、私達にとって何より大事な事だからね。よくお休み」

「はい! おやすみなさいっ」


 よし。これで脱出しても大丈夫そうだ。お父様には悪いけど、この微妙な空気、耐えられそうにない。


 だって、居心地悪いんだもーんっ。


 椅子からピョンっと飛び降りて、私は自室に向かってさっさと逃げ出す事にした。


 扉が音を立てて閉まる中、両親がウェル様について話をしているのが小さく耳に入ってきたけれど、途切途切れに聞こえる言葉を上手く捉える事ができず、結局話の内容がよく分からないまま、私はその場を去ったのだ。


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