1-3

「オリウェルさま! ここがね、わたしのおへやなんですよっ!  お花とか、いっぱいかざってあって、かわいいでしょ?」


 現在、案内はスムーズに進んでおり、客間や厨房、廊下に飾ってある絵画等、私はオリウェル様と手を繋いだまま見せて回っているところだ。


 あと見せていないのは庭園と私の部屋ぐらいなので、距離的に一番近い自室の案内をしているところだけれど。


「ルルティア嬢……いくら子供であっても、異性を自分の部屋に招き入れるのはどうかと思うぞ」


 オリウェル様は照れているようだ。ほんのりと顔を赤らめながら苦言を呈されてしまったけれど、こんなちびっこ相手に異性も何もないと思うの。


 やましい事なんてあるまいし、別にそこまで気にしなくても良いんじゃないだろうか?


「ん〜?  でも、わたし、オリウェルさまに、おへやを見てもらいたいと思ったの。 だって、せっかくお友達になったんですものっ」


 色々回ってみて、もうこの頃には、既に婚約者だとかどうでも良くなっていた。

 朧げな記憶の中、よくよく思い返してみれば、同年代の子がこのお屋敷にはいないようだった……

 ちなみに近隣のお屋敷にもお子さんはいないらしく、現在私の友人は0人である。


 私、こんな生活イヤや。


 お兄様も忙しいようであまり交流がないらしく、どうやら遊んだ記憶が数える程しか無いようだ。


「と、友達……」


 オリウェル様は、またもや吃驚した顔している。

 ま、まさか……あなたも友達が……?


「うん! わたしとオリウェルさまは、もうお友達なの。だから、おへやにおまねきしたの。 はじめて出来たお友達だから」


 にへらっと笑いながらオリウェル様の顔を見ると、少し戸惑っているようだ。 けれど、だんだんと表情が明るくなっていく。


「友達、か……私も、ルルティア嬢が初めての友人だ。」

「そうなんですの? わたし達、おんなじね? これからも、どうぞよろしくね。オリウェル様っ」


「……ウェルでいい。」

「え?」


「ウェルでいいと言ったのだ! 私達は、その、友人なのだから、な」


 顔を真っ赤にしながら、ぷいっとそっぽを向かれてしまう。

 でも、どことなく嬉しそうにも見える気がする。


「では、わたしの事も、ルルとよんでください。ルルティアだと、ながくて、よびづらいですわ」

「うむ。そうだな。 ……よろしく頼む、ルル。」

「はいっ」


 お互いの認識を深めたところで、さて、これから何をしようかな? と思案する。あと案内していないのは庭園だから、今度はそっちに行ってみようかな。


「ウェルさま、こんどはていえんに、いってみましょう?」

「ああ。リヴィドー家所有の庭は見事な薔薇が咲き誇ると有名だからな、是非見てみたい」


 なるほど。そうなのか。


「はいっ! まかせてください」


 離していた手を再び握り、薔薇の美しいという庭園に向かいながら、私たちは、のんびりと歩いていくのだった。


 ※


「ここが、ていえんですわっ」


 適当に歩いているうちに、どうやら辿り着けたらしい。記憶が曖昧でもちゃんと目的地にいけるもんなんだな、と変に感心しながら、ウェル様と一緒に、その景色を眺めている。


 辺り一面には、数えきれない程の薔薇が大輪の花を咲かせており、ピンクや赤、白色の鮮やかな色彩が、景色を華やかに飾りたてる。


 薔薇の香りなのかな? その咽せ返るような甘い香りはどこからともなく漂い、心を落ち着かせくれるようだった。


 綺麗……


 美しさに魅入られて、ぼうっとしながら眺めていると、隣にいる彼も同じように思ったらしく、ほう、と小さく息を零す。


「……素晴らしいな。王宮でも、ここまでのものはお目にかかれない」


 そう言ってもらえるのはとても嬉しい。私がした訳ではないけれど、我が家の庭師が丹精込めて育ててきた、その頑張りが認められた証拠だもの。


 ウェル様は王宮の庭園も行ったことあるようだ。

 王家の所有する庭園なんて、もの凄く綺麗に違いない。私も見てみたいかも。 ちょっと羨ましい。


「わあ、ウェル様、おうきゅうに、いったことがあるんですの?」

「あ……! い、いや! 偶々行く機会があったのだ! 普段は行かないのだぞ? 本当だ!」


 ウェル様は急に慌てだし、挙動不審になっている。

 どうしたんだろうか? 私、なんか変な事言ったかな?


 詳しく聞こうかと考えて……やめる。まあ、あまり突っ込んで聞くのもなぁとも思うのだ。

 知ったところで私じゃ絶対に行けない上に、どうせ今の年齢じゃあ、幼すぎて好き勝手に外出できないものね。


「ふ〜ん、そうなんですか? まっいっか! それよりも、一緒にあそびましょ!」

「えっ! ……あ、ああ。そうだな。遊ぼう!」


 どうやら、深く突っ込んで聞いてこない私に拍子抜けしたらしい。


 まあこれでも一応、社会人をやってきた経験がある。

 それなりに空気は読める人間だ、と私は思っている。自称だけど。


「だが、遊びといっても、何をして良いのか……? 実はな、今まで誰かと遊んだことがないのだ」


 遊んだ事が、ない……?

 ウェル様……可哀想に。

 見たところ、彼は現代でいうところの小学生ぐらいの年齢だというのに。一体今までどんな生活をして来たのだろうか。


「そうなんですのっ? ダメですわ! にんげん、子供の時ぐらいしか、すきかってにあそべませんわよっ! ……じゃあ、わたしが遊びのお手本を見せてあげますっ」


 おそらくだけれど、この国、成人として扱われる年齢が早いんじゃないだろうか?

 ナナでさえ、今は……えっと……確か、十六歳……だったかな?


 となると、多分二十歳よりも前に一人前の大人として扱われてしまうとみた。

 前世でのそれぐらいの年齢なら、まだまだ遊びたい盛りだというのに。


 ウェル様は、今十歳ぐらいだとすると、多分……後半分、いや、もっと少ないかな? それぐらいしか自由でいられる時間が無い筈だ。彼が嫡男だった場合は、後継の教育があるだろうから更に少ないか。

 ならば、私が子供らしい遊びを教えてあげるしかあるまい。


「じゃあ、お水をくんできますから、まっていてくださいねっ」

「あ、ああ……」


 そう言って、私は水汲み場までダッシュした。

 子供といえばアレしかない。


「おまたせしましたあ〜!」


 バッシャバッシャとあちこちに水を零しながら戻ってくる私の元へ、ウェル様は慌てて駆け寄り、水の入った桶を持ってくれる。優しい。


「それで、この水をどうするのだ?」

「ちょっと待っててください。やつらのアジトをみつけますので……」

「奴ら……?」


 ウェル様は、不思議そうな顔で私を見ている。まっててね!

 今すぐ見つけるから……あ、あったあった!


「ありました! ウェルさま、こっちですわっ」

「ん。どれだ……って。これアリの巣穴じゃないか」


 そう。探していたのはこれだ。

 子供と言えば虫が好き。

 虫といったらこれしかない。


「はい! みずを巣穴にぶっかけてください!  アリがあわてふためくさまが、最高にクールですわよ?」

「な、なんて事をするのだ! アリも生きているのだぞ!? よいかルル、むやみな殺生はしてはならぬ!」


 めちゃくちゃ怒られた。


 あれ……? おかしいな……?

 前世で小学生ぐらいの男の子達が、よく巣穴に水をぶっかけてるのを見たんだけど。

 ……ま、まあよく考えたら、いきなり住処を水責めにするとか、極悪非道な行いかもしれないわね。  ……誤魔化しとこ!


「え、えへへ! 冗談です! これはねぇ〜、お花に、おみずをあげるの〜!」

「な、なんだ。びっくりしたぞ。 ……そうだよな、ルルのような可憐な女の子が、生き物に残酷な真似をする訳がないな」


 ぐ……! あ、危っぶなあ!

 誤魔化しといて良かった。

 せっかく友達になれたのに、いきなり関係が破綻するところであった。


 気をとりなおして、桶に入れておいた柄杓を使って、二人で薔薇にそっと水をあげる。

 一つしかない柄杓を私が握り、その上を、ウェル様の手のひらが覆う。


 水滴を浴びて、薔薇はキラキラと更に輝く。太陽の光に反射したそれは、綺麗な宝石のようだ。


「わあ……! きれいですわね……!」

「ああ、とても綺麗だ……」


 ニコニコしながらウェル様に笑いかけると、彼も同じ様に返してくれる。なんだか視線が私に固定されてる気がして、ちょっとだけ照れくさい。


 ……いや。気のせいじゃなかった。なんかずっと見てるな!?


「おーいっ! ウェルさま?  聞こえてますかー?」


 ウェル様の顔の前に、手のひらをヒラヒラと動かしてみるけれど、一切反応が無い。


「ウェルさまー?  大丈夫ですか〜?」

「……!! あ、ああ大丈夫だ! 何でもないぞっ!」


 そう言って、またもやプイっと顔を背けられてしまう。

 ウェル様の耳は真っ赤になっていた。

 これは……! ま、まさか、私に惚れた、とか……?

 ……いやいや何言ってんだ自分。頭がまだ、ちょっとだけ本調子じゃないようだ。起き抜けにぶっ叩いたのがいけなかったかな……?


 自分で言っといて死ぬほど恥ずかしかった。

 ……うん。彼はきっと、薔薇が綺麗過ぎて見惚れてたんだろう。

 本当に見事な薔薇だからかな?

 特にこのピンクの薔薇なんて、品種改良を重ねて、試行錯誤の末、つい最近出来たモノらしいから特に。


「お父さまに、バラを持ってかえれるように、きいてみますか?」

「いや……よい。また見たくなったらここに来る。勿論ルルに会うのが先だがな。」

「また来てくれるの〜? えへへ〜! うれしい〜!」

「!!」


 あれ……? 私、また何か間違えた……? ウェル様、下を向いてプルプルと震えだしてしまったようだ。


「ウェ、ウェルさま? どうしたんですかっ? ぐあいがわるいんですか?」


 とりあえず、背中を手のひらでスリスリと擦ってあげると、ウェル様はビクっと固まり動かなくなってしまった。

 触れたままの手のひらから、彼の熱がじわり、と伝わる。

 心なしか、体温が高くなっている気がする……ような?


「だっ! 大丈夫だっ! それより、何かして遊ぼうっ!  他に何か知らないか!?」


 ガバっと急にこちらを振り返り、上擦った声で叫ぶ彼に驚く。

 思ったより声が大きくて、耳にキーンときた。

 出来れば急に叫ばないで欲しかった。ちょっと耳が痛いぞ。


「他のあそびですか? う〜ん……あ! おにごっことか、どうですか?」

「おにごっこ? 何だそれは? どのように遊ぶのだ?」

「え〜っとねぇ、まず、一人がおにをやって、それ以外の人は、みんなでおにからにげるの。 それから、おににタッチされた人が、次のおにになってぇ、他の人を捕まえるんですの」

「なるほど……では、鬼にならなければ勝ち、という事で良いか?」


 何やら神妙な顔で聞いてくれてる。興味を惹かれたようだ。


「まあ、そんな感じです! では、最初はわたしがおにをやりますね?」

「ああ。よろしく頼む」

「では、いきますわよ? ……よ〜い、どんっ!」


 私の合図と共に、ウェル様はその場を駆け出した。

 どうやら全力で走ってるらしく、なかなか追いつく事が出来ない。


 ……って! 速っや!

 これ、捕まえらんないんじゃないの?

 お、お子様の本気を完全に舐めていた……! しかも、彼は同年代との触れ合いに飢えているお子様だ。もてる力を全て出し尽くしてくるに決まっている。


 一応私、幼児なんですけど!?

 あ、あかん……走っても走っても、全く追いつける気がしない……!


 ウェル様は、笑いながら楽しそうに走っており、時折チラリとこちらを振り返っては、ワザと捕まりそうなフリをして、私が近づくと、ひょいっと避けてしまう。


「どうしたっ? ルル? 私に追いつけないか? 手加減してあげようか?」


 ウェル様得意げである。


 少年……貴様は私を怒らせたのだ。社会の厳しさというものを、その身を持って知るがいい……!


 チラリと辺りを見回してみる。と、ちょうどいい具合の柔らかそうな芝生を見つけ、私はウェル様のいる場所から逆走しながらそちらに向かって走る。勢いをそのままに、狙いを定めた箇所へ正面から飛び込み、ワザと転んだふりをした。


「きゃあ〜」


 ……ちょっと棒な声がでてしまったけれど、ご愛嬌かな?

 それよりも、あまり考えずに正面からダイブしたもんだから、ちょっと肋骨を地面に打った。ぐえぇ……


「ルル!?  だ、大丈夫かっ……?」


 突然倒れた私に驚いたようだ。ウェル様は、慌てたようにこちらに駆け寄ってきてくれる。

 掛かったな……?  ヒヒヒ……!


「うう、ウェルさま、イタイよう〜」


 ちなみに痛いのは本当である。


「すまないルル! あまりに楽しくて、つい本気で走ってしまった。怪我はしてないだろうか?」


 オロオロとしながら、ウェル様は、芝生の上でうつ伏せになっている私を助け起こしてくれる。


「スキありっ! つ〜かま〜えたあっ」


 助け起こしてくれた状態からウェル様の胸元に飛びつき、背中に腕をまわしてぎゅっと抱きしめる。ふわり、と柑橘類を思わせる香りがシャツから漂い、私の鼻腔を擽る。


 いい匂い〜! ……洗剤、何使ってるんだろ?


「ふふふ、次は、ウェルさまがおにですわよ?」


 彼との身長差から、見上げるような体勢でそう言うと、ウェル様はビシリ、と固まってしまっていた。顔も火が吹き出るのではないかというぐらい真っ赤だ。

 これは……! もしかして、ウェル様、具合が悪いんじゃないだろうか……?


「…………」

「……ウェルさま? ウェルさま〜? 大丈夫ですか? やっぱり、体調がわるいんじゃないですか?」

「…………」


 反応が全く無い。それに、身体が硬直したように動かない。

 ま、まさか、死ん……?

 い、いやそんな馬鹿な!

 ……どどど、どうしよう!? ウェル様、生きてるよね……?


「お〜い……」


 あかん……ダメだわ、どうしようこれ……

 すると、離れた所から成り行きを見ていたお付きの騎士様っぽいお兄さんが、はあ、とめんどくさそうに溜息をつきながら、こちらに近づいて来る。


 ウェル様に抱きついたままの私をベリっと引き剥がすと、石像の如く固まるウェル様を、米俵でも持つかのようにヒョイっと片手で担いだ。


「えっ」

「……申し訳ありません、ルルティア様。主は具合が悪いみたいですので、本日はこれにて失礼させて頂きます。 ……では、また」

「は、はあ……?」


 お付きのお兄さんは会釈をすると、ウェル様を肩で担ぎ直し、馬車へ向かいながら颯爽と歩いていった。


 帰っ……た……?


 いいのかな……?

 わざわざ我が家に来たんだし、何か、他にも用事があったんじゃ……?


「ふ〜、やっと帰りましたわねえ、お嬢様!」

「わっ!」


 背後から突然声がして驚いた。

 振り返ると、いつのまにか、私の真後にナナが立っている。


「ナナ! いつのまに……! びっくりした〜」

「うふふ。主に気づかれないよう、時には気配を断つのも専属メイドの務めですわ! ……それよりもあのお坊ちゃま、お嬢様に気があるみたいですわね……! もしかしたら、将来の旦那様候補かもしれませんよ?」


 うーん? やっぱりそうなのかな……?

 まあ、ウチには跡取のお兄様が居るわけだしね。


「そうなの〜? でも、わたし、まだ子供だよ〜? 早い気がする〜」

「まあ、お嬢様ったら! のんびり屋さんですわね。 ……いいですか? この国では、十歳頃までに婚約者を決めるのが通例なのですけれど、正直に待っていたら、優良物件は根こそぎ刈り取られた後ですのよ? 先程のオリウェル様はちょうど十歳だとお聞きしましたけれど、あの方、嫡男だから良いものの、もしこれが女の子だった場合、スタートとしては遅すぎるぐらいですわっ! この世はイス取りゲームなんですのよ? 良席は、蹴落としてでも取りに行かなければ、直ぐにライバルに掻っ攫われるのですわっ!」


 ナナは拳をこれでもかと握りしめて天高く突き上げた。気迫が凄い。妙に実感の篭った言い方に気圧され、思わず仰け反ってしまう。


 ……これ、昔絶対なんかあったやつだ。


「そっか〜! ウェルさま、良い子だったから、わたし、また会いたいなぁ」

「そうですわね。私もあの方なら良いと思いますわ。まだ子供ですのに気遣いもしっかりと出来る様ですし。 ……お付きの方は、ちょっと苦手ですけれど」

「ナナにも苦手があるの〜? 意外〜」

「まあ! お嬢様ったら。 私にだって苦手なものくらいありますわよ?  ……特に、何を考えてるか分からないタイプの殿方は、どう接して良いのか分からなくって。昔から、どうも苦手なんですの」


 へえ〜! そうなのか。ちょっと意外かも。

 ナナは、私から見ても人付き合いがとても上手だ。大抵どんな人とも直ぐに打ち解けて、気づけば友人になっている、といったタイプの人間なのである。


 その彼女に苦手と言われるとは、騎士っぽい人、相当なコミュ症とみた……!


「あ、お嬢様。また失礼な事を考えてますわね?  もう。そうゆうのは直ぐに顔に出るんですから」

「そ、そんな事ないもーん。なにも考えてないよ〜」

「もうっ!  ……まあ、良いですわ。私達も戻りましょうか?  本当はお見送りをした方が良かったのですけれど、お坊ちゃま方、もう帰られてしまったようですし。お茶にでもしましょうか? ちょうど、おやつの時間ですしね?」

「わ〜い! ナナだいすき〜!」


 やったー! オヤツオヤツ!

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