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「おとーさま〜! およびですか〜?」
執務室に繋がる重厚な扉を執事のロードに開けてもらい、パタパタと足音を立てながら室内に入った私は、目の前にいる男性の顔をひとめ見てどこか懐かしい気持ちになりながら、この、今世でのお父様にあたる彼に向かって、勢い良く飛びついてみる。
「もう! お嬢様! 走ってはダメですわっ!」
「いや、良いんだよナナ。それにしても、我が家の小さなお姫様は随分お転婆だなあ。」
わたしを受け止めた衝撃で、サラサラの茶色の髪が揺れ、爽やかな青空を連想する蒼色の瞳が愛しげに細められる。その目元を覆う皺がクシャリとして、この男性の人の良さが滲みでてるように思うの。
えっと……名前は……
そう! オスカー・リヴィドーだ。
彼は、我が侯爵家の当主であり、今世での私のお父様にあたる。
優しげな蒼い瞳にスウっと通った鼻筋、穏やかな雰囲気を持つ、素敵なイケオジだ。
お父様には本当に久しぶりに会ったんじゃないだろうか。多分だけれど、三ヶ月ぶりなんじゃないかな?
「やあルル。久しぶりだねえ。君に会えなかった日々はとても辛かったよ。元気にしていたかな?」
「はいっ! とっても元気でしたわっ! わたしね、素手で、かえるをつかまえたんですよ? 後でお父さまにあげますねっ」
前世の記憶を思い出す少し前、どうやら私は、日本で見た事のあるカエルそっくりな生き物を見つけていたらしい。
先程部屋を出ようとした時に、扉近くの棚に置かれていた硝子ケースの中に、ギッチギッチに詰め込まれたそれを目撃してしまい、軽く戦慄している自分がいる。
は、早くお父様に押し付け……じゃ、なくって! プレゼントしたいなー!
どうやらキャッキャ言いながらノリノリで捕獲していたらしく、こうなる前に、誰か私を止めて欲しかった。
礼儀作法に煩い筈のナナなんか真っ先に怒りそうなものなのに、何故かこの件については怒られなかったようだ。
彼女的にはセーフらしい。
なるほどね……基準が分からん。
「うっ、く……! と、とっても見たいのだけれど、それはまたの機会にしようか? それよりも、今日はルルに大事なお話があるんだ?」
お父様もカエルは要らないらしい。大人的対応で躱されてしまった。 ……しょうがない。後で逃すか。
「大事なおはなし?」
「そう。ルルにしか頼めないんだ。 ……今からね、あるお家のご子息が、我が家に遊びに来るのだけれど、私もアルもこれから出かけてしまうんだ。どうか、ルルが屋敷を案内してあげてくれないかな?」
今出てきたアルと言うのは、私の兄である、アルベルトという人物。 ……だったかな?
特徴は……確か、イケメン。以上!
「おにーさまも、いないのですか?」
「ああ、あの子には偶々予定があってね。どうしても外せない用事なんだ。だから、ルルがお客様をおもてなししてくれると、とても助かるのだけれど」
うん……? 子供だけに案内させるとは……? しかも五歳児にさせるのは、いくら異世界といっても無謀な気がするけれど……?
まあ、しょうがないか!
多分、私に頼むという事は、相手も同じぐらいの年齢なんじゃないかな。
「いいですよ〜! わたしが バッチリ案内します! それから、いっしょにあそんで、おともだちになる〜」
異世界初のお友達だ。
どんな子なのかな〜? うん。なんだか楽しみだ。
ニマニマする私を尻目に、お父様とナナ、それに執事のロードは、まるで微笑ましい者を見るかのような目で、私を眺めているようだった。
※
数刻後、予定通り我が家に来客が訪れた。
門の前に、薔薇の形の装飾が施された、品の良い白色の馬車が止まったのをロードに教えてもらい、階段を急いで駆け下りながら玄関へと向かう。
背後から、ナナの注意する声が聞こえるような気がするけれど。
気のせい気のせい!
あー、あー! やっぱり聞こえなーいっ!
駆け下りた先では男の子が立っているようだ。その子の後ろには、付き添いなのか、護衛の騎士風の格好をした男性が佇んでいる。
男の子もこちらに気づいたようで、ふいに視線が合う。
天使のような麗しい金の髪に、陽の光に煌めく海原を思わせる、紺碧色の瞳をしたとても美しい男の子だ。
年は十歳ぐらいかな? まだ幼さの残る丸みを帯びた頬は、うっすらと薔薇色をしており大変愛らしい。
少しタレ目であり、烟るような長い睫毛が瞳に影を落としており、その手のちょっと危ない人間が見たら発狂するのではないかというレベルの美少年だと思う。
こんな美しい子供、私、初めてみたよ……? 天使ですって言われたら、秒で信じる自信がある
……でも……なんだかこの子の顔も、どこかで見たような気が……? そう、例えば……今よりも、もっと成長した姿を、どこかで……
………………気のせい、かな……?
「ご、ごきげんよう……!」
身体が覚えているらしい、習いたてのカーテシーをしながら、出来るだけ優雅に見えるように、私はゆっくりと挨拶をした。
目の前の男の子も緊張しているのか、少し顔を強張らせていたようだけれど、ふっと目を和らげて、私と同じように挨拶を返してくれる。
「あ、ああ! 初めまして。 私はオリウェルという。貴女がルルティア嬢か? 本日は世話になる」
言いながら優雅に挨拶をする様はとても洗練されていて、この男の子が良いとこのお坊ちゃんであるのがわかる。
多分……ううん、確実に貴族のお子さんなのは間違い無いだろうけども。や、やっぱり、私の婚約者候補になるんだろうか……?
「は、初めまして! わたしは、ルルティア・リヴィドーと申します。本日は、わたしがこのやしき をごあんないいたしますね?」
そう言って、私はオリウェル様の手を取りながら、屋敷を案内するべく歩き出した。
手を握った瞬間、オリウェル様はすごく吃驚した顔をしたけれど、一体どうしたんだろう?
チラリと様子を伺ってみるけれど、特に嫌そうではないようなので、そのまま手を繋ぎ続ける事にする。
私達の後ろからは、先程のお付きの騎士様らしき人と、専属侍女のナナが少し距離を置きながらついて来てくれており、ナナの方は、微笑ましいものを見るような目をしてこちらを見ているようだ。
いつもとはかけ離れた穏やかな目つきをしている。
対して、騎士様っぽい人の方は無表情で、私達の事などめっちゃ興味無さそうである。
実に対照的な二人である。
視線をオリウェル様の方へと向けると、どこか楽しげな様子をしているようだ。
きっと、よそのお家に来るのが面白いのかも。
知らない場所に行くのって結構ワクワクするものだもの。
……それにしても、子供特有のおてては、見た目がふくふくとしており、プニプニとした感触は大変触り心地が良いと思う。
今だけしか触れない、この貴重な瞬間を、ひとりこっそりと噛みしめる。
べ、別にショタ好きって訳ではないのだ。彼らは見て愛でるもの。ノータッチが基本だ。
……けど、今回はお互い子供同士だからセーフね! えっへっへ!
さて、案内案内……どうしようかな? 自分の家の筈なんだけれど、各部屋の場所がなんとなくうろ覚えだ。
こういう時って、どこから見てもらえばいいんだろうか。
ウンウン唸って考えてみるけれど。 ……ダメだ、思いつかないや。
ま、まあ! とりあえず目につく所片っ端から案内する事にしよう!
ダメなところはナナが教えてくれるでしょう。
今後の方針を決めた所で意識が現実に戻ってくる。
ふと手元を見ると、オリウェル様と軽く繋いでいただけの手が、指と指を絡め合う恋人繋ぎの様になっているのに気づいた。
あれ? いつのまに……?
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