19・会いたくて、会えなかった。
胸がこんなにも切ないのは。
彼女に、とても会いたかったという気持ちに気付いたからだろうか。
僕は、花束を彼女の前に出した。
かつてのおさなじみに。
そして、未来の大女優に。
こんな時、どういったらいいのか分からなかった。女優に花束を差し出すなんて、人生でこんな機会が今まであるとは思わなかった。言いたい事はたくさんあった。でも。深く頭を下げるだけで精一杯だった。
目が合う。
彫りの深い、端正な顔立ち。彼女は僕の目をまじまじと見・・・そして、にっこりと笑った。彼女の背には大きな鏡があった。彼女の長い髪が揺れ、本当に映画のワンシーンのようだった。
「本日は弊社のイベントで来て下さりありがとうございます。」
僕はやっとの事で、用意していた言葉を言った。胸がどぎまぎしてるというのはこういう事だ。
上手く舌は回っただろうか。
「いえ。スポンサーにして頂いて光栄です。本当に。」
正反対に、マリの声は平静だった。僕に気付いていないようだった。冷淡ともいえるくらいの、とてもお上品な・・・秘書のようだった。
だけど、声はやっぱり変わらない。
「そして、それ以上に嬉しい。貴方にずっと会いたかった。」
僕は顔を上げた。
「汐里くん。」
「!」
名前を呼ばれた。
一瞬、女優の顔から、その表情はおさなじみのものになっていた。彼女の瞳が濡れていた。彼女は花束を抱きしめ、僕の方を見ていた。
「私。貴方にあえて良かった。」
「・・・私、宝くじとか当てて自分とかすべての事から逃げたかった。・・・でも、汐里くんが私の事好きになってくれて・・・学校には戻れなかったけど、自信を持てて、しようと思わなかった事に挑戦できて、少しずつだけど成功できた。・・・・私の事、一緒にいたいって言ってくれてありがとう。・・・ずっと、言いたかった。」
今まで、今この時に会う為だけにセリフを用意していたかのように。
彼女は流暢に、僕に想いを伝えるのだった。
それは僕のなかに、すとん・・・と染み渡った。
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