第3話 この兄妹は頭がおかしいが、やっぱり凄い!

「おい、凛太郎!」


 その声色からするに喜怒哀楽で言えば「怒」の感情で凛太郎は名前を呼ばれた。

 目の前にはよく知っている人物が眉間に皺を寄せている。


「どうしたんです? 高橋たかはし先輩」


 彼の名前は高橋隆志たかし。三年生で、演劇部の部長を務めている人だった。


「どうしたじゃねえ! お前の妹はどうなってんだ⁉」

「里奈が何かしたんですか?」


 里奈も演劇部の部員なので、もちろん隆志も認知している。

「毎回毎回、配役でヒロインをやらせようとしても、必ず断りやがる! 『お兄ちゃんが出ないのならやりません』ってな! お前の妹は頭おかしいのか⁉」

「そんなに怒鳴らないでください。耳が悪くなります」


 こいつもこいつでムカつくな!

 しかしグッと隆志は怒りを堪える。


「悪かったな……。だが、最近のあいつは酷いもんだぞ。部活に来ても、ろくに練習には参加しない。役を当てても、拒否する。これが怒らないわけがないだろ?」

「それは申し訳ないと思ってますよ。俺から一応言ってるんですけどね」

「だったら、もっと言ってやれ。それか、お前が早く戻ってこい。そうすれば、妹もやる気出るだろ」

「そうしたいのは山々なんですが、放送部とラジオ部も忙しくて……」

「はぁ~……。頼むよ。凛太郎が声優志望なのは知っている。だが妹の演技力も相当なものだが、お前の芝居だって負けてねえんだ。こっちとしては、定期公演も大会やコンクールだって主役で出てほしいと考えている。お前ら二人がいれば、全国だって行けるかもしれないんだぞ? 俺が手放したくない意味が分かるだろ」


 言われても、凛太郎は何とも言えない表情を浮かべるだけだった。


 もちろん期待に応えたい気持ちもある。だが、そこまで演劇にこだわる意気込みもなかった。俺には里奈と張り合えるほどの演技力もない。精々ナレーションくらいなら、やってもいいのだが。

 とは言え、部長には演劇部の方に顔を出さない現状の我儘を許してもらっている。ここは部長の言葉を聞いた方がいいのかもしれない。


「……分かりました。一回だけ戻ります」

「そうか! 戻ってくれるか」

「一回だけですよ。次の定期公演に出るってことで大丈夫ですか?」

「ああ、構わん!」


 これが普通の部員なら「そんな奴はいらん! 辞めてしまえ!」と追い出しているところだが、佐山兄妹は非常に大きな戦力となる。

 だからここまで自分勝手な行動をとっても、大目に見ているのだ。


「では、頼むぞ!」


 ご機嫌な様子で隆志は帰っていった。


 放課後。

 久しぶりの演劇部だったが部室に近づくにつれて、発声練習をしている声が聞こえてくる。


「ま・め・み・む・め・も・ま・も」


 まだま行だったが、そっと扉を開けた。

 すると部員たちの視線が凛太郎に注がれる。


「あ、お兄ちゃん! やっと来た!」


 真っ先にやってきたのは里奈だった。


「今度の定期公演、出るの⁉ 家では忙しいから無理って言ってたのに」

「今回だけな。お前がちゃんと部活に参加してないからこうなったんだぞ」

「これでお兄ちゃんが出てくれるなら、私は一生問題児でもいいね! フフフ」


 こんな感じで、里奈はめちゃくちゃ上機嫌だった。


「ほら、発声まだ終わってないぞ!」


 部長の隆志が手を叩きながら発声練習を再開させる。


「佐山妹、お前もだ」

「はーい」

「やっぱり凛太郎がいると、やたら素直なんだよな……」


 隆志はガックリと肩を落とす。


「本当、佐山妹の重度のブラコンはどうにかならないのか?」

「さぁ? 将来は本気で俺と結婚する気ですからね。困ったものです」

「それで平然といられるお前もお前だがな。やっぱり普通の兄妹じゃなくて、もはや恋人だろ」


 隆志の発言は華麗にスルーして、凛太郎も鞄を置いて軽くストレッチを始めた。

 そして脚本チームの三年生は完成したばかりの台本を全員に配り始める。


「これが次の定期公演の台本だ。そして配役も決まっている。皆も気付いていると思うが、今回は幽霊部員の凛太郎が参加してくれることになった」


 いや、決して幽霊部員ではないんだけど……。


「凛太郎が出てくれるということは、そこの問題児の佐山妹も出てくれる! この二人が出るんだ、今回は力を入れて稽古する! いいな!」

「「はい!」」


 もはや佐山兄妹の存在はこのように認知されている。

 実際に読み合わせや世界観の共有をしてから、実際に稽古は始まった。今回はアクションありのファンタジーもので主人公は凛太郎が、ヒロインは里奈が演じることになる。

 台本を持った二人が前に出る。


 こいつらの芝居をこうして見るのは久しぶりだ。これでクソみたいな芝居をしたら、それこそ激怒して、速攻で退部させるのだが。


 隆志は鋭い眼光で、全てを見る。

 物語は騎士と姫の恋を描いたものだが、凛太郎と里奈が演じ始めた途端に、その場の空気が変わった。

 本当にそこが中世の戦場に感じて、凛太郎は本物の騎士、里奈は本物のお姫様に見えてしまう。呼吸の一つ、視線の移動、間の間隔、二人の息と言いピッタリと合っていて、ついつい見入ってしまった。


「この兄妹は頭がおかしいが、やっぱり凄い! これなら最高の舞台になるぞ!」


 思わず隆志の口から言葉が洩れたのだった。

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兄妹が役者志望なお話 花枯 @hanakare

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