第2話 ほら、あーん
食卓では寂しくも凛太郎と里奈の二人だけで夕飯を食べていた。父親の帰りが遅いのはいつものことだが、母親に関しては祖父母のところに用事があるらしく顔を出している。
よって、兄妹は二人きりで食事を済ませることになったのだ。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「最近、部活に顔出してないけど、今度はいつ来るの?」
「うーん、そうだな……」
里奈が言っているのは演劇部のことだ。里奈は演劇部に入っており、それは兄である凛太郎も一緒だった。だが、部活の掛け持ちが許可されている
最近では放送部とラジオ部の方が忙しくて、演劇部の方が疎かになっている状況なのだ。
「もうしばらくは行けそうにないな。今月は俺が担当で校内放送をやるし」
「お兄ちゃんの声が聴けるのは嬉しいけど、お兄ちゃんのいない部活は楽しくなーい」
ハムッとハンバーグを一口頬張る里奈。
しかしこれは仕方がないことなのだ。里奈はまさに演劇部に相応しい女優としての活動を望んでいる。
だが、凛太郎は違った。俳優としての演技というよりは、声を主に使った声優やナレーターとしての活動を望んでいるのである。
その為、自然と部活動も声を主に使う放送部やラジオ部が中心になってしまう。だが、もちろん演劇が嫌いなわけではない。
「演劇部はどうだ? 今は何してる?」
「今はね、前回の定期公演でやった台本を練習してる」
定期公演は偶数月に校内でやる演劇部の舞台公演のことだ。昼休みや放課後、休日など日程はバラバラだが、演劇部は体育館のステージで舞台をする。
これが意外にも人気で、楽しみにしている生徒や教員もいるほどだ。
「へえー。里奈は何やってるんだ?」
「今回は何もやってない」
「役ないのか? いや、お前また役を断っただろ」
「……」
分かりやすく里奈は視線を逸らした。
「だって、お兄ちゃんがいないのが悪いんだもん」
「はぁー……」
里奈の実力は中学の頃からお墨付きで、周りからも認められている。だから部長や副部長たちが定期公演会で里奈を使わないわけがない。
しかし、里奈はこの通り、凛太郎が一緒でないと舞台に出ようとはしないのだ。里奈にとって演劇は凛太郎と唯一兄妹という壁を壊して接することが出来る場所。
凛太郎のことを愛しているからこそ、里奈は凛太郎以外の目的でメインの役を引き受けない。
「あのなぁ、それじゃ役者失格だぞ?」
「いいもん。別に女優になりたいわけじゃないし。お芝居は好きだから続けてるけど、私はお兄ちゃんと一緒に共演してイチャイチャするために演劇部に入ったんだから」
これが佐山里奈という人物だ。我ながら酷い思考回路を持った妹だと思っている。
だが、これでも凛太郎は期待しているのだ。
里奈は間違いなく、自分よりも実力がある役者だ。一度役になりきれば、そこには物語が生れて、その世界の時間が流れ始める。里奈という身体を使って、その
凛太郎は心の底から里奈の芝居が好きなのである。
だから、正直こんな理由で役を断らずに、舞台に立ってほしいと思う。
「俺はヒロインを演じる里奈を見たいけどな」
「……じゃあさ」
すると、もじもじとしながら里奈の目は泳ぐ。
「今度の台本で、ヒロインが好きな男子にお弁当を、あーんするシーンがあるんだけど……ちょっと練習に付き合ってよ」
「しょーがないなぁ」
里奈は一通りの流れを説明する。こうしていつものように凛太郎を練習相手にして芝居をするのだ。
その大抵のシーンがラブシーンばかりだが、里奈が全く芝居をしないよりはマシだと思った。こうでもしないと、里奈はちゃんと練習さえしようとしない。
ついさっきまで妹だった佐山里奈が、別人のオーラを醸し出す。完全にスイッチが切り変わっている。
なんで、こんな急に役に入り込めるんだよ……。俺には到底真似できない。
だが、凛太郎もできる限りの役作りをする。
「これ……私の手作りなんだけど……」
「すげえ! マジでお前が作ったの? ていうか、料理出来たんだな。あはは」
「もう、笑わないでよ! それ以上笑ったら食べさせてあげないんだから!」
「あ、ご、ごめんって!」
「もうー……」
と可愛らしく睨みながらも、吹き出すようにして小さく笑いを零した。
「じゃあ、罰として……はい」
里奈は一口大のハンバーグをフォークで刺して、凛太郎の口まで運んだ。
「恥ずすぎだろ……」
「私も恥ずかしいんだから……早く食べてよ。ほら、あーん」
そこで凛太郎は口を開いた。そこにハンバーグが入ってくる。
本番では食べないのだが、里奈はマジで食べさせてきた。
「どう?」
モグモグ。
「美味しい?」
モグモグ。
「早く答えてよ!」
「いや、食いながらセリフ言えるか!」
呑み込んでから言い返した。
「もう、お兄ちゃんの役立たず」
酷い言われようだ。
「じゃあ、罰として……今度の私の作った弁当を一緒に食べること! もちろん学校でね」
役の続けるようにして里奈が言う。
もしかして、最初からこれが目的だったのか……? だとしたら、随分な策士だが。
けど凛太郎の方にも特に断る理由がなかった。
「まぁ、いいけど」
「やったぁ! お昼一緒に食べれる! お料理頑張ろっと!」
「ちゃんと部活もの方も頑張れよ」
「分かってるって」
なんと調子のいい奴なんだか……。
だが、やっぱり里奈の芝居は大好きな凛太郎だった。
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