第7話
3
中学3年になった金太には人に話すことのできない悩みがあった。
3年になったとたん、クラスの空気が180度変わってしまった。それは、それぞれが真剣に受験を考えはじめたからだ。勉強と聞くとジンマシンが出るほど机に向かうのが嫌いな金太は、深い壷のなかにひとり取り残されたようで、毎日辛い思いをしていた。
だったら勉強すればいい、と人は簡単にいうかもしれないが、それができるようなら世のなかに勉強で悩む人はいなくなるに違いない。
そんな悩みを抱えた金太は、クラスのみんなとも顔を合わさなくてもよくなるから、早く夏休みが来るのを願っていた。
金太は、これまでもそうだが気分転換のために、自転車で少し走ったところにある友が淵公園の池に魚釣りに出かける。見慣れた景色のなかで揺れ動くウキを眺めていると、なぜか心が落ち着くのだった。
この日金太は、いくら水面のウキに気持ちを集中させようとしても、それがまったくできなかった。それは頭上から降り注いで来るアブラ蝉の喧しい胴間声のせいではなかった。それでも金太は諦めずにウキの頭を凝視し続けた。
そのとき、急にウキが水面から姿が消え、釣り竿の穂先までもが水面に触れるくらいしなった。ここでの釣りに慣れている金太は、少しも慌てずゆっくりと右手を真上に伸ばし、さらに魚の膂力を消耗させるべく、竿を左右に動かした。
しばらく魚との遣り取りがあり、やがて根負けしたかのように銀色の腹を光らせながら、魚は姿を現した。手もとに魚が寄ったのを見て、金太はようやく笑みを浮かべた。
そのときだった、突然背後から声が聞こえた。
「大きなヘラブナだね」
その声に振り返ると、そこに白いパナマ帽を被りステッキを持った老人が立っていた。
どうやら老人は前から金太のことを知っていたらしく、気さくに声をかけて来た。最初は金太も煩わしく思ったのだが、段々自分のお爺ちゃんとその老人が重なって見えるようになり、やがて老人の家に遊びに行くまでになった。
老人は「河合」という名字で、その河合老人に誘われるまま家を訪ねたとき、金太は目が飛び出るくらい愕いた。金太が想像していた家とは桁外れの豪邸だったのだ。
表には大きな門があり、玄関までは何十メートルも石畳が続き、やがて薄いグリーンのタイルが張られた2階建ての母屋が見えて来た。庭も広くて向こうが見えないくらいに様々な種類の樹木が植えられており、ゆったりと錦鯉の泳ぐ池もしつらえてあった。
金太は、以後河合老人の家を訪れることが多くなった。どう見ても自分の家とは比べ物にならない河合邸に来ると、まるで別世界に身を置いているように思えたからだ。
待ちに待った夏休みに入り、少しは悩みから開放された金太だったが、それでも夜になってベッドに入ると、いろんなことが目蓋の裏側に浮かび上がって来るのですぐに眠ることはできなかった。
なんでも話せると思った金太は、思い切って河合老人にいま抱えている悩みをすべて正直に打ち明けることにした。
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