第5話

 金太が話す注意事項に耳を傾け、ひとつひとつ咀嚼するように頭のなかへ叩き込んだノッポは、ようやく決心がついたのか、瞳にちからを込めて椅子から立ち上がった。

 はじめての時空間の旅行は、意外に簡単にできた。

 江戸の町に一歩足を踏み入れたときはまるでテーマパークに遊びに来たような錯覚さえしたが、町人たちの訝しげな視線や自分たちと同じ服装をしている者は誰一人としていなかった。

 やがて自分の身を置いている場所はテーマパークなんかではなく、列記とした1832年の江戸の町だということを認識する。

 江戸の町から戻った金太とノッポは、相談をしてアイコとネズミにタイムスリップのことをすべて話すことにした。『ロビン秘密結社』の掟のなかに、「けして仲間同士隠し事をしてはならない」という条文があるからだ。最初金太は打ち明けることに躊躇していたのだが、ノッポが条文を盾にとって金太を説得した。

 1週間後の土曜日、緊急招集を受けたアイコとネズミは詳しい内容を聞かされないまま秘密基地に集合した。そこでアイコとネズミは耳を疑うような話を聞かされる。だが、金太だけの話だったら小首を傾げたかもしれないが、ノッポも話しに加わっていたから、ふたりは信用せざるを得なかった。さらに決定的だったのが、ノッポが携帯して行ったスマホに写った江戸の町並と忙しそうに行き交う町民の姿だった。ノッポ動揺アイコ、ネズミも江戸時代に興味を持ちはじめたため、話がとんとん拍子に進み、2週間後に4人揃ってタイムトリップをすることになった。


 当日、誰ひとり遅れることなく秘密基地に集まった。集まったといっても近くの公園にピクニックに行くというわけではない。それなりの準備が必要だった。まず服装だが、いつものTシャツにジーンズ姿というわけにはいかない。そこで金太は以前から、「ヘアースタイルはどうしようもないけど、着る物は学校で昔話の劇をやるからといって、浴衣と草履ないし下駄を用意してもらうように」といい渡してあった。

 金太は、時々学校でやる服装検査のように、それぞれの服装をチェックし、その後持ち物の検査をすませると、タイムトリップの準備に取りかかった。

 全員で手を繋ぎ金太の号令でタイムチューブのなかに飲み込まれた。

 200年前に移動するのはあっという間のことだった。着いた場所はいつもの神田明神の床下で、しばらくすると、下駄の軽やかな音と共に、赤い着物を着たおはるが姿を見せた。

 金太は早速アイコとネズミを紹介する。そのときおはるは「ねずみ? 嘘でしょ」と目を見開いて驚きの表情見せる。「ちがう、ちがう。ネズミっていうのはニックネーム……じゃなくてあだ名なんだよ」金太は冷や汗をかきながら弁解をする。

 それを聞いて安心したおはるは、みんなを連れて一旦神田川に架かる橋の下に行く。そこで昼食をすませ、その後おはるの案内で少し江戸見物をしたあと、また7日後に会いに来ると約束して令和に戻るのだった。

 みんなでのタイムトリップはこれまで以上に楽しいものではあったが、反面反省ごとも少なくなかった。

 向こうから戻ってからのみんなの興奮はなかなか収まるものではなかった。なかでも、自分たちが経験してきた時間と、こっちに戻るまでの時間の経過にあまりにも差があり過ぎたため感覚がおかしくなってしまった。

 1週間後、4人は浮き浮きとした顔で秘密結社の決まりである「ボラーァ」という挨拶を交わし、早速タイムトリップの準備に取りかかった。2度目ともなると要領を掴んだアイコ、ネズミは動きに無駄がなかった。

 その日4人が神田明神に着いたときには、すでにおはるは気を揉みながらいまかいまかと待ち望んでいた。おはるは金太たちの希望でまず江戸城を見物に行く。

 金太たちが目にした200年前の江戸城は、自分たちが思い浮かべていたのとはずいぶんと違う物だった。目の前にある城はこれまでニュースやテレビ番組で観た観光地のそれではなく、日本の国の中心といっても過言でないくらい威厳のあるエリアだった。

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