第19話 朱砂の魔女、誕生秘話です!

 当時のソランジュさんは、魔王の配下の中でも無敵を誇っていたという。


「だが、二度目の敗北を味わうことになる。一度目は魔王。もう一人が……」


「それが、ご友人ですか?」


「ああ。彼女は強かった」


 土をつけられた話なのに、ソランジュさんはうれしそうに語る。


「クテイ国に襲撃に行ったときの話さ。私は楽勝だと思ったんだがね、コテンパンにされたよ。相手は深窓の令嬢だって、聞いていたのにさ」


 そこは魔法よりも、当時珍しかった科学が発展していた。天体でさえ、科学で解明していたという。


「銃というのが強くてね。あらゆる魔法より早く打ち出せるから、参ったよ」


 少女の枕元は、科学技術の書籍で埋め尽くされていた。深窓の令嬢とは思えないほどアグレッシブに、ソランジュからは映ったのだ。


「このサーベルが、銃の前では無力だったんだ」


 ソランジュさんの軍装とサーベルは、魔王の配下になったときに渡されたモノだという。


「しかし、彼女は私を仕留めなかった。代わりに、話し相手になってくれと」


 クテイの姫には夢があった。いつか、クテイの財宝を掘り当て、世界に富を分け与えることである。手がかりは掴んであったらしい。


「話しているウチに、私は彼女に興味が湧いてね。度々口論となった。科学の方が上だ。いいや魔術が上だとね。そこで、私は彼女の代わりに世界じゅうを旅して、いかに魔術が優れているか教えてやると約束を交わした」


 その後、ソランジュさんは世界を旅しては、姫に話を聞かせてあげた。魔王には、クテイは攻め落とすより、協力関係になっておいた方がいいと伝えて。


 だが実際、クテイは魔王と対立し続け、勝手に発展していく。


「どうしてそんなに強気なのか気になって尋ねてみた。『クテイには切り札がある』と言っていたなあ。国一つ滅ぼすほどのお宝があるんだ、とか」


「それが、今回探し出す秘宝でしょうか?」


「かもしれんな。だが、私はあるかどうかわからぬ秘宝伝説には、興味を示さなかった。今の技術の方に関心が向いていたから」


 ソランジュさんの方は、前時代的な思考の魔王なんかより、新しい物好きな姫との関係の方に興味が映っていた。クテイに寝返ろうという考えさえよぎる。


「しかし、私と姫の関係がバレてしまってな。魔王は姫を殺せと言ってきた。それが、縁の切れ目だったのかもね」


 ソランジュさんはついに、魔王を見限った。姫を殺すくらいならと、魔王を殺してしまう。


 その事件こそ、ソランジュ・オルセンが『朱砂の魔女ソーマタージ・オブ・シナバー』と呼ばれる所以の出来事である。


 なのに、どうしてこんなに悲しそうな顔をしているんだろう。


「どうした、リッコ?」


「なんでもありません。続けてください」


「うむ。魔王を殺したことで、私は魔界でお尋ね者になってしまった」


 追っ手は大したことない。しかし、姫と無関係を貫く必要があった。


「古巣と敵対関係になったコトより、友にさよならを告げなければならなかったことの方が、よっぽどつらかったな」


 逃亡の果てに、木々が生い茂るあの山中に屋敷を建て、引きこもったのである。人との交流は極力避けて。


 姫の方も、隣国のキエフ王国へ嫁に行ったと聞いた。その後の報せはない。


「姫とはそれっきりだ。便りもない。おおかた、愛想を尽かされたのだろう。私と彼女はその程度の関係だったんだ」


「その国ってどうなったんです?」


「知らんね。いくら私が天才魔術師と言っても、クテイの未来までは占えないよ。まじないは呪術師の仕事さ。しかも当てにならない」


 あらゆる魔法を操るのに、ソランジュさんは迷信の類いを信じない。現実的で合理的という印象を、わたしは受けた。


「わたし、クテイとキエフがどうなったか、知っているかも」


「それは本当か、リッコ?」


「はい。だってわたし、キエフで拾われたそうなので」

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