第16話 どこに宿を取ってるんです!?

 宿に戻ってからも、わたしはソランジュさんと話し込んだ。人とこんなに長く話すなんて、本当にいつ振りだろうか。


「おっ。内湯ではないか」


 ソランジュさんが、部屋にある露天風呂に興味を示す。


 空に浮かぶ月が、朱砂のようにキレイである。まるでソランジュさんのために作られたような宿だった。


……窓を開けた瞬間に聞こえてきた、妙に艶っぽい声さえ聞こえてこなければ。


「なんですか? えらくお盛んな、ってぇええええ!?」


 妙な気分がして、わたしは露天風呂から身体を乗り出して外を見る。


 隣室の露天風呂で、中年の男と若い女が「いたして」いた。


「はわーっ!」というわたしの声に女が気づく。女性を抱えたまま、カップルが室内に引っ込んだ。


「あわわ、ごめんなさい」


 いたたまれなくなって、わたしは窓から引っ込む。


 どの部屋からも、外から丸聞こえなほどの大合唱である。


 わたしは、顔が熱くなった。


「ていうかここ、ラブホじゃないですか!?」


 裏手にある上に、遊郭も近いから、おかしいとは思っていたのだ。いい値段もしたから。


「失敬だな。ちゃんとしたホテルだぞ。貴族どもが不倫用の隠れ家に使っているだけだ」


「一緒じゃないですか! わたしまだ一六ですよ! なんてところに連れてきたんですか!」


「こんな宿、一五歳から入れるよ。元服する年齢だからな」


「入れますけどね!?」


 ツッコミが追いつかない。


 かといって、荷物をまとめてまだ空いている宿を探すわけにも行かず。疲労がたまっているからら野宿も嫌だ。なにより……。


「ああ、いいお湯なのがにくいです」


 風呂の湯加減が最高で。


「大浴場では人が多くてゆったりできん。どうだろう、入浴は一緒に」


 ソランジュさんが、唐突に脱ぎ出す。


 以前のやり取りを思い出し、わたしは自分の身体を抱きしめて拒絶する。


「お風呂は別々です!」


「よいではないか」


「おっさんですか! まったく油断もスキもありませんね!」


 わたしは風呂から上がった。


「東洋には裸の付き合いなるモノがあるではないか」


 確かに、あるにはある。


「それは殿方です! あなたには何をされるか」


「何を言うか。純潔を失うと聖職を失うなどの迷信を信じているネンネでもあるまいて」


「そうですよ! ヒラクちゃんを手籠めにしようとした司教をぶっ飛ばしてやりましたよ!」


 上位の僧侶が、生娘に貞淑を守らせる方便であると。純粋に信じた少女は、哀れ老獪なる高僧に身体を許すのだ。「神に認められた」とかそそのかされて。


「で、現れたのがエンシェントドラゴンと」


「事情を知らなかったと言っていましたが、どうでしょうかね。『誠意を見せろ』と詰め寄って、ドラゴンさんからウロコをいただきました」


「あのドラゴンのウロコは、穢れていない。ホントに何も事情を知らなかったようだな」


 利用されただけで、ウロコまで剥がされてしまうとは。


「ではソランジュさんどうぞ!」


「残念」


 わたしは長湯を楽しんだが、ソランジュさんは行水で終了。


「じゃあ、おやすみ。明日が楽しみだ」


「わたしもです。ソランジュさんは、まだ寝ないんですか?」


 湯浴みで眠気が出はじめ、わたしの瞼が開閉を続ける。


 なんだか、凄く眠い。面倒な女性を相手にしたせいだろう。


「少し飲んでから、眠ることにするよ」


「あっ、変なことはしないでください」


「分かっているよ。同意なき夜這いをするほど、飢えちゃいないよ」


 寝間着に着替えたわたしは、横になるとすぐ眠りについた。


 新しい友人が、幻ではないことを祈りつつ。

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