第15話 錬金術って、すごいですね! もぐもぐ……

「科学の研究をしている国で作られた、食品保存の技術だよ。他にも、たき火に頼らない火の技術や外灯も、クテイが開発した。水着や下着まで作ったんだぞ」


「錬金術なんて言うが、実際はあり得ない。『科学の力で世を便利にして、黄金を得る』という意味では、金を産んでいるとも言えるが」 


 と、ソランジュさんは語る。


「ヨロイをバックルに収納する技術もすごいですね」


「我が友が研究していた技術の、ちょっとした応用さ」


 ソランジュさんが、デザートのブドウを、わたしの口へ放り込む。


「もぐもぐ。何をなさっていた方で?」


 ブドウを飲み込んだわたしの口に、またしてもソランジュさんがブドウを押し込む。


「それが、錬金術だったのさ。彼女はクテイの生まれだった」


「むしゃむしゃ。仲はよかったんですか?」


「まあ、嫌ってはいなかったんじゃないか?」


 わたしが飲み込む度に、ソランジュさんは次々とブドウを運ぶ。

 餌付けしてるんじゃないだだから。


 ソランジュさんの友だちは、錬金術を研究していたらしい。


「その人、ソランジュさんにとって大事な方だったんですね」


「どうして分かるんだ?」


 不思議そうな顔を、ソランジュさんが浮かべる。


「だって、すごく優しい表情になりました」


 わたしがいうと、ソランジュさんはハッとした顔となった。ようやく意識し始めたかのように。


「私はいたって、普通にしていたつもりだが」


「自分が編み出したことのように、ウッキウキでしゃべっていましたよ」


「まさか!」と、ソランジュさんが、鼻で笑う。まるで気づいていなかったのか、ソランジュさんは。


「同時に、ちょっと寂しそうだなって」


「……そうか。私も、少しセンチメンタルな心地になる時があったか」


 複雑な表情になり、ソランジュはワインを一気にあおった。


「お友だちは今、どうなさっているので?」


「もう、八〇年以上前の話だ。とっくに死んでいるだろうさ。子どもくらいは、もうけているかも知れんが」


 ソランジュさんはグラスを回す。


 明らかに、中身を眺めている様子ではない。


 なにが、彼女に見えているのだろうか。


「すいません。わたし、また余計なことを」


「構わん。私自身の問題だ。友人については、また今度話してやる。クテイに寄る用事ができたからな」


「と、言いますと?」


「彼女の故郷から、こんなものが送られてきた」


 手を拭いて、ソランジュさんははわたしに紙切れをよこす。


「依頼書ですね」


 封には、クテイ地方の封蝋ふうろうがしてあった。 


「クテイ領オネスの領主が、『朱砂の魔女』に頼み事をしたいんだとさ。読んでみなさい」


 中身は手紙だ。丁寧な字で、クテイに来て欲しい旨が書かれている。


「依頼ってなんです?」


「宝探しだよ」


「宝探しだよ」


 聞いてきたわたしの口に、ソランジュさんがオレンジを押し込んできた。


 一五〇〇年前、クテイがキエフとの国交を結ぶために献上するはずだった財宝が、運搬中に消えてしまった。今も見つかっていない。


「んぐんぐ。それを探してくれ、と書いてありますね」


「手がかりが見つかったそうでな。この銀細工は、その前金というわけだ」


 ステッキについた銀の持ち手を、ソランジュが見せる。


「一見すると単なる銀の鍵だ。しかし鑑定眼を持つ者が見たら、貴重な金属だよ。錬金術でカモフラージュしてある」


 ソランジュさんは、友人が調査していたという錬金術の名残を探しているらしかった。どうやら、彼女は始めから出かける用事があったらしい。


「ここから、馬車で三日の距離ですね」


「私一人でもいいが、キミが警護についてくれたら、盤石だ」


「もちろん、引き受けます。お友だちからの依頼ですもの」


 断る理由なんてない。


「仲間だ。友だちとは違うかな」


「それでも、ついていきますよっ」


「ありがとう。では明日の朝、出発する」


 ワインの瓶をソランジュさんが空にして、今日はお開きとなる。

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