第3話 独り言が増えました!

「はーあ、まいりました」


 ヒーターシールドを担ぎ、森の奥深くへ。


 この森は、「朱砂の魔女ソーマタージ・オブ・シナバー」の縄張りだ。


 二〇〇年以上も生き、強力な魔法の達人だという。「賢者の石」と同義語とされる紅い金属、「朱砂すさ:シナバー」の名を冠するほどの。


 わたしは、そんな人に会いに行くのか。


 この大陸を支配していた魔王【アガリアレプト】に仕えていたが、なぜか裏切ったらしい。

 魔王を殺したことで、魔女は魔族の社会から追放された。

 並の冒険者など、ひとたまりもないそうで。

 とはいえ、「山を下りて街を襲った」などという報告こそない。


 気まぐれで殺されたり、しないよね? なんか「お前の顔が気に入らん」とか言われて。まあ、そんな人なら討伐依頼とか出てるよなあ。


 人との交流も多少ある。現に、今も一人の商人が、魔女と商談に出払っていた。「魔女の屋敷へ荷物運び」という依頼で。


 わたし以外にも、魔女に会う人物がいるらしい。


 腹の虫が鳴る。胃に何か入れて帰りたい。


「もうお昼じゃないですか。肉をワイルドにかっ喰らって行きましょう」


 高速で森の中を駆け回る、一角ウサギを見つけた。


「よし、あれを捕まえましょ……おや?」


 さらに大きなウルフに、追いかけ回されているではないか。


「予定変更します! ウルフさん、お覚悟を」


 わたしは、ウルフを秒で仕留めた。


 片手で捕まえて、牙は換金用としてアイテム袋へ。


「牙なんて役に立つのでしょう? 砕いてお薬を作るか、魔除けですかねえ?」


 焚き火でウルフ肉を焼きながら、朱紗の魔女がいるルートを再確認する。


 魔女に害は出ていない。だが、油断は禁物だ。


 この前に倒した魔獣も、魔女の配下ではというウワサまで聞いた。でなければ、森に現れないだろうと。


 だが、その理屈はおかしい。魔女が呼び出したなら、森から出てくるはず。だが、あの魔獣は森を目指していた。


「いただきます」


 ウルフ肉を頬張る。食用ではない雑食種なので、やはり味はよろしくない。


「あの魔獣、そんなに強くなかったですね。学校を襲ったレベルですかね」


 パサパサのウルフ肉を食べながら、冒険者学校時代を思い出す。


 学校の近くに、爬虫類型の魔獣が出てきた。その魔獣どものせいで、学校で飼育していた家畜が死んでしまう。とんかつが食べられなくなって、キレたわたしが始末した。が、誰も魔獣に立ち向かわなかったのを思い出す。


 どうして、他の生徒にはこれくらいできなかったのか。わたしにはよく分からない。


 冒険者候補生に聞いても、「そんなことができるのはお前くらい」と恐れられた。


「あれ、わたし、結局ソロの方がよくありませんか?」


 たき火を囲みながら、わたしは不安に駆られる。


 このまま一生独り身で、誰からも存在を知られないまま、静かに死んでいくのだ。ソロ狩り冒険者の孤独死なんて。


「うわーん、いやですー! お友達が欲しいですーっ!」


 山に、わたしの叫びが響き渡った。


「くじけちゃダメですよね、リッコ・タテバヤシ。ヒラクちゃんにも、『いつか自分一人でパーティを作る』って約束しましたもん」


 無意識に動いていた口を、わたしは両手で閉じる。また最近になって、独り言が増えていた。

 

 仕事以外で、誰かと話した記憶がない。商店のおじさんくらいなら、話をしたことがあるか。あとは、宿屋のおばさんとパン屋さんである。


「生活範囲が、狭すぎますね」


 いっそ、ここに住むという魔女と友だちになってやろうか。


 そんな考えさえよぎった。


「いえいえ。なにを受け入れられる前提で、話しているんでしょう? 魔女に気に入ってもらうには、それなりの対価が」


 それに、いくらぼっちとはいえ、得体の知れない魔女と仲良くなるなど。


「た、助けて」


 ほら、ぼっちをこじらせて、幻聴まで聞こえてきたではないか。


 ウルフ肉をかじりながら、わたしは「気のせいです気のせいです」と自分に言い聞かせる。


「誰か、ギルドに報告を。救助隊を!」


 いや違う。これは幻聴ではない、悲鳴だ!


「はいはい、今行きます!」


 たき火を素早く消して、声のする方角へ駆け出す。


 救助隊なんて呼んでいるヒマはない。

 直接向かう。

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