第18話 生き甲斐
ある日の昼下がり、
広大な草原を縦断する小川にドラゴンが水を飲みにやって来た。
つい先ほど草食恐竜を仕留めて満腹である。
仲間を食い殺された草食恐竜たちはドラゴンを遠巻きに見つめている。
食い残された死体には死肉を貪る獣が集まり始め、
同じ狙いの鳥達も上空を旋回している。
ドラゴンが頂点に立つ弱肉強食の世界。
たとえ満腹と言えど、自らドラゴンに近寄る生き物は居ない。
が、そこへドラゴンに向かっていく者が一人。
ドラゴンの巨体なら一跨ぎ出来る小川。
その対岸からシキが向かってくる。
シキの身長は3メートルほどに伸びていた。
ドラゴンがシキに気付き、水を飲むのを止めた。
この草原で3メートルなら、まあまあデカい方。
ドラゴンは頭を上げただけで頭頂部が6メートルに達する。
Tレックス型だが前足は四つ足で走れそうな程にたくましい。
目が合っても向かってくるシキにドラゴンは後ろ足と尻尾で立ち上がった。
頭頂部が10メートルを超えた。
対するシキは半身となり、すり足でさらに前進、
刀を体で隠すように右手でぶら下げている。
3メートルのまあまあ巨体で持つ刀の刀身もその分長めに作られていて、
上段に構えるのはもはや無理そうに見える。
「今から前足で踏み潰しますね」
そうドラゴンの顔に書いてある。
ドラゴンは後ろ足で二足歩行し小川を越えつつ、上半身が降りて来た。
左右斜め上から両前足が包囲するように迫り、
大きく開いた口も続く。
シキが刀を引き上げ、
ドラゴンの左前足を浅く切った。
その振り上げた動作が、
右前足の圧力を受け止めて一瞬だけ耐える。
すぐさまそこへ大きな口が迫る。
目と目が合っている状態だったが、
口元に近すぎて見えなくなった瞬間。
その瞬間を狙って、同時にシキが片膝を付いて刀を滑らせる。
右前足の指と共にドラゴンの首にある動脈が切られ、
踏みつぶす勢いが残るまま、
右方向に横回転して倒れた。
新たな死体が草原に増え、
新たな王者が小川の水を飲む。
■
数百年かけて修行した技が随所に隠されている。
3倍の身長で不安定になった重心には「すり足」を考案して安定させた。
元々ボクサーのようなフットワークも体得していたが、
体を大きくしてより重要になったのはすり足だった。
シキはこの戦いでいっさい刀を叩き付けていない。
重くなった体と装備を滑らかに動かしている体さばきは、
力には頼らず、てこの原理や回転、螺旋運動、反動を意識した科学的な技術。
より重く長くなった武器、
それをたとえ力比べの至近距離であっても振るうには、
自然に体を動かしていては駄目だった。
刀を持つ腕だけではなく肩、腰、膝を科学的に使う。
右前足に潰されなかったのは刃を立てていた事で痛みも与えていたからだ。
動脈や腱などの急所、死角も把握している。
力を鍛えない事を徹底する。
なぜなら力は鍛えても一代限りだった。
天球人にとって重要なのは技なのだ。
死んでも親木から新たに生まれる天球人。
先代が鍛えた力は継承されないが、
修練した技術は親木にバックアップする限り継承され続ける。
そしてある日、
科学者マキが巨大化の肥料を親木に与える事を提案してきた。
ドラゴンに勝てるまで体を大きく、
それでいて動ける技術を研究する日々を送った。
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