誰がために着信音が鳴る?

きんかん

静寂

どれほど走っただろうか。


昨夜の寝床のホテルを出たのは早朝だったが、日差しが高くなっている。

国産400ccバイクを操って、街から山村へと景色が変わっていった。

街は直線的に整理された道路だったが、時間だ経つにつれ信号に指示されることは無くなった。

ゆるやかに左右に曲がりながら標高を稼ぎながらの上り坂は、空に近づいていくように思えた。

覆い被さるような樹々の葉の間には、夏空の道が出来ていた。


そろそろ一息つける場所はないだろうか、すぐには巡り会えないものだ。

そんなことを思いついてから、距離だけが伸びていった。

自販機が愛おしい。

あきらめた。

「しかたないな…」

右カーブの左脇に出来た空き地にスピードを殺して乗り入れる。

タイヤのアスファルトの摩擦音から、丈の短い草を踏む音に変わったところで停車した。

溜め息ひとつ「だいぶ走ったなあ」。

アクセルを緩めると、さっきまで騒々しかったエンジン音が嘘のように大人しくなった。

ハンドルの中央にあるキーを左に回す、バイクの振動が止まり一切の周囲の音が消えた。

グローブを外し、ヘルメットを外し右のバックミラーに被せる。

大きく深呼吸。

空気がひんやりとするのは、標高が高いからかもしれない。

サイドスタンドを左足で蹴り出して車体を任せ、バイクから一歩離れた。

もう一度無意識の深呼吸、身体が軽くなる。

周りを見渡す、中央に白いラインを背負って灰色のアスファルトの道路が横たわっている。

それ以外は樹木とこの空き地、自販機などあるはずもない。

人の気配は、まったくない。

思えば、同じ方向に走る車もすれ違う対向車すら、山村の道に入ってから出会っていない。

道路自体は真新しいようだ、両脇の雑草も刈り込んであって管理されている。

これが唯一の人の気配か。


いったい、どこへ向かう道なのだろうか。


すっかり道に迷ってしまっていた…。

「まいったなあ」

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