第284話 「目覚め」

「……うっ……まぶしい」


目をあけると、刺すような朝日が顔面に。

おもわずそれを手で払うように上げようとするが、うまくいかない。


「……あん?」


なんだか……体が堅いな。というか重い。

まるで長々とプールで泳いだあと、陸にあがったときのようだ。


「うーん……なんだろ? ……頭も鈍い感じがする」


なんとか体を起こそうと首をあげると、壁際に立つ少女と目が合った。


「――ひっ、」

「?」


誰だろこの子。

開拓村にこんな子いたっけ?


「えーっと、おはよう。で、いいのかな? いま朝だよね」

「……ええ、はい」


長い髪で顔を隠すようにうなずく少女。

ややウェーブの黒髪で、それがなんと腰のあたりまで。


年は出会ったころのカシスと同じぐらいか。

だが、目つきはカシスとは対象的で、自信がなさそうなれ目である。


「……あれっ?」


その目を見ていると違和感が。

なんとなく、この『少女』らしくないと思ってしまったのだ。

かつての彼女は、尊大なほどの自信に満ち、それこそすべての相手を見下すように……そう、実際その氷の玉座からすべての命を睥睨へいげいするように……


「うぉぉおおおおおおお!?」

「――きゃっ!!」


がばり、と飛び起きようとしたがうまくいかず、そのまま全身にするどい痛みが。

それに耐えきれずあげた奇声に驚いたのか、少女は部屋から飛び出してしまった。


パタン、とドアの閉まる音。

それからややあってドドドド! と廊下を駆ける複数の足音。


バターーーン! と今度は盛大な音をたててドアが開かれる。


そうして目の前にはケモミミをピンとおっ立てたイリムの姿が。


「――師匠!!」

「やあイリム、おはよう。あのさ、さっき氷の……」


イリムについで純白の幼女の姿が。


「――弟子よ!!」

「ああアスタルテもおはよう。あのさ、さっき俺の見間違いじゃなければ氷の……」


「――師匠の、アホーーーー!!」

「――こんの馬鹿弟子がっ! 心配かけさせおって!!」

「ぐふっ!!!」


だが、俺の質問はふたりのグーパンによりさえぎられた。

お顔と、お腹に、めり込むように。


そうして俺はふたたびの眠りについた。


------------


「なるほど……3ヶ月か」

「まあ我と火竜と水竜が助け出さねば、いまごろ死んでおったがな」

「そうか……ありがとう」


いまいち実感が沸かないが、そういうことがあったらしい。

俺の記憶では、最後に魔女と剣と剣をぶつけ合うところでまでだ。


なぜ起き抜けに殴られたのかはあえて問うまい。


「師匠は……ほんとしょうがないですね」

「イリム……ごめん」


彼女はさっきからぐしぐしと体に貼り付き、頭もお腹にこすりつけている。

まあ、死なないと約束したのに3ヶ月も眠りこけてたらそりゃね。

アホでバカで殴られてもしょうがないよね。


……ちなみにこの角度でぐりぐりやられると、久しぶりに嗅ぐ彼女の匂いといい、位置といい、別の所も元気になりそうだけどね。数カ月ぶりだしね。


「ところで……あちらさんは?」


つい、とはなれて壁際に立つ黒髪の少女を見やる。

俺の勘違いでなければ、彼女はたぶん……、


「氷の魔女……『だった』人です」


イリムが答えると、「ハッ」とアスタルテの嘲笑ちょうしょうするような声が。


「おぬしがそう『選択』したんじゃろ。どうやったか知らんが『魔女』だけを焼き小娘だけを守ったんじゃろ」

「……。」


なんだか、アスタルテは機嫌が悪そうだ。

さっきから露骨に少女のほうにガンを飛ばしているし。


「えーとですね、師匠」


イリムがいくつかこれまでのことを説明する。


あの戦いのあと、『少女』をイリムが助けたこと。

少女はすでに精霊術師ではなく、シルシもそもそもなく、危険性はないこと。


いまは何重にも『誓約ゲッシュ』と『強制ギアス』、それにアスタルテの術が掛けられていること。

誰かを殺そうとしたり、傷つけようとしたりすれば、即座に術で拘束されること。


「ふーん‥…アスタルテにしては穏当というか」


彼女の場合、破ったら死ね! な術を掛けそうなものだが。

だがまたもや彼女の表情が険しくなる。


「できることなら殺してやりたいがの……もう役目もすんだから死んでもかまわんのじゃが」


「その……すいません」ぺこりと頭を下げる氷の、いや黒髪の少女。

本当に申し訳なさそうに、この場にいるのも辛そうに。


「……。」


話によると俺の存在、そう『名前』を取り返すためにアスタルテたち【三竜】と『少女』は精霊界へと旅立った。

この黒髪の少女を起点とした『異世界転移』の術により、みずからも危険をともなって。


であるなら、そこはお礼をいうべきだろう。


「ありがとう、元氷の魔女さん。

 俺の存在なまえを取り返すのに協力してくれてっ……痛え!!」


だが俺の謝辞は「アホかっ!」と叫びながら頭をはたくアスタルテによりさえぎられた。


「そういえば師匠、師匠のホントのお名前は……?」

「……ん、ああ」


アスタルテ達が取り返してくれたという俺の存在なまえ。もちろん、今では自然に口に出すことができる。

と同時に、『あの世界』でのすべての記憶、思い出も戻ってきていた。


「……。」


しかし、ずっとずっとこの世界では【師匠】で通してきたせいかいまいちしっくりこない。

まるで遠い過去の誰かの名前のような、前世の思い出を見せられているような、ふわふわした感じ。


「まあ、イリムにはそのうち教えるよ」


あまり気分が乗らないので、ピロートークとかそのあたりでな。


「……そうですか、いずれお願いしますね」

「ああ」


------------


俺が3ヶ月ぶりに目覚めたという情報は、すぐさま仲間たちに知らされた。


まずはフラメル邸に滞在していたカシス。

開拓村まで駆けてきたのか、息も切れ切れに。


「――よかったぁ!!」


そこからノータイムでがばりと抱擁ほうよう

自然、彼女の汗の匂いがふわりと鼻孔をくすぐる。


……イリムのときと同じく、またもや別のところが反応しかける。


3ヶ月寝たきりだったわりに元気やな。

それとも死にかけからの復活のため、生存本能がありあまっているのか。


「……ごっ、ごめん。イリムちゃんの前なのについ……」

「今日は特別な日ですからね! いいですよカシスさん」


にこりとほほ笑むイリム。

「……そう?」と泣き顔でうなずいた彼女は再度ハグを。


カシスにしてはずいぶん……と思ったが彼女もそれだけ弱っていたのだろう。


俺の主観だと魔女と戦ったのはつい昨日のことだ。

しかし、仲間は3ヶ月……俺がイリムと逆の立場だったら心労でぶっ倒れているかもしれない。みんなには悪いことをした。


「ごめん。でもこれで約束を守れるな」

「……うん」


しばらく、ほんとうにしばらくそうしていた。


------------


「ザリードゥとユーミル、それにみけちゃんはしばらくかかると思う。

 今は交易都市を拠点にしてたはずだから、そこから馬車で自由都市。で、ラザラス邸からフラメル邸まで『帰還ワープ』してきて……まあ2週間ぐらいじゃない?」


「感動の再開はそれまでお預けだな」


以前の旅ではここと自由都市をつなぐ『帰還』魔法、そして俺の相棒リンドヴルム+馬車できわめて快適に大陸を移動していた。

しかし現在、リンドヴルムは3メートルぐらいに縮んでいた。


「がお!」

「おー、よしよし」


寝室に限界ぎりぎり、それでもなんとか体を丸め俺の手をなめる相棒。

これでも大きくなったらしく、魔女の城から俺と相棒を回収したときは火蜥蜴サラマンダーサイズだったと。


ちなみに彼らへの連絡には、まれびと救出のために各都市に設置した支部が役立った。

『冬』を終わらせたあとも念のため、とここ3ヶ月。最低限の人員で待機させていたがもうそろそろ必要なくなると。


「あんたが魔女を倒してから今日まで……まれびとの『転移』は一度も起きてない」

「……そっか」


よかった。

本当に。


「みんなを代表して……ありがとうね、あの悲劇を終わらせてくれて」


ぎゅっ、と強く体を抱きしめられる。

……その体は、静かに震えていた。


「ああ」


あの旅を始めたきっかけ。

王国の路地裏で街灯に吊られていた少女や、街道で手遅れだった青年。

ほかにもたくさんたくさん……今まで目にした彼らを想う。


完全な解決にはなっていないかもしれないが……なんとかここまでやることができた。止めることができた。


それで成仏とかはないかもしれないけれど、ほんの少しだけでも安心してくれていればいいな。


そして、できれば……望む世界へと。望む世界へとかえっていてほしい。

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