第281話 「決着」

「ああ、決着をつけよう。氷の魔女」

「来なさい、炎の悪魔!」


互いに見つめ合い認め合い、……そうして最後の戦いが始まった。


膨大な炎と極限の氷の戦い。


この戦いに、それ以外の小技など一切干渉できないだろう。


俺の『世界炎レーヴァテイン』の起点たる黒杖からは、爆発するように濃密な炎のチカラが吹き出している。

近づく魔法も飛び道具も、それこそ『氷』など立ち入る余地はありえない。


同じく魔女から吹き上がる吹雪の柱も、半端な『炎』など寄せ付けないだろう。


ゆえに、互いに手にした『本物』を、全身全霊で叩きつけるのみ。


「――いくぞっ!!」


大地に固定するように根ざしていた黒杖こくじょうを、魔剣の柄たる魔杖を、両手でしっかと握りしめる。

『下』からのチカラは十分にみ上げた。

杖に吸わせた火精も満タン。


そうして、そのまま魔女へと『剣』を振り抜いた。

相手も、同じく『剣』で迎え討つ。


――ガギギギギギギギギ、ゴリゴリゴリゴリ!!!!


膨大な炎と氷がぶつかり合う音。

見ればもはや氷解と化した『氷の剣』が、『炎の剣』とつばぜり合っている。


ぐんぐんと熱が奪われ始める。

負けじと炎を注ぎ込む。


「っううううああああああああ!!!」


炎の剣から伝わる感触。

ジリジリとではあるが氷の剣を溶かしている手応え。


しかし魔女も負けじと、剣は溶かされるはじからふたたび凍結し始める。

みるみるとカタチを取り戻す。


……そうして理解わかった。


『炎の剣』よりも、『氷の剣』のほうが強い。


古さも格も、従える精霊はこちらが上だ。

しかし……さすが氷の魔女。

1000年を、500年を生きた最強の精霊術師。

術式を構成するチカラが、密度が違う。


……このままでは、いずれ押し負ける。

  何かを、足さない限りは。


……何が足せるだろう?


精霊は最強格、これ以上のものはない。

体力も、気合も、すべてすべて注いでいる。


他に、なにか、俺に足せるものは――


そうしてふと、何を足せばいいか、何をさし出せば勝てるのかをさとった。

ぐっ、と杖に、炎にチカラを込める。


「――!? それはならん、弟子よ!!」


土殻シェルの中からアスタルテの声。

俺がこれからやろうとしていることに気づいたのか。さすがだ。


でもそもそも、あれを見せてくれたのは彼女だ。


古戦場にて、迫る『冬の領域』から人界を守るため、彼女は【南方山脈】を築き上げた。


即座に、己の存在濃度まで注ぎ込んで。

自身の存在いのちが薄れるのも構わずに、文字通り必死に。


「――ハッ、ハッ……いくぞ」


覚悟はできた。

それを今ここで、魔女を倒しうる唯一の瞬間チャンスで、再現するだけだ。


土殻シェルの中からはいまだにアスタルテの声と……そして仲間たちの声も。

イリムに、ザリードゥに、そしていつもは小声のユーミルまでも大きな声で。


……ありがとう。


だが、もう、やると決めた。


己の存在いのちを赤い刀身に込めた。

燃え盛り吹き上がる炎に込めた。


初めての行為なのに、それは難なく実行できた。


「――ッッウウウウウウウ!!」


脳が節々から焼ききれる感触、ついでいくつかの記憶も焼ききれる感覚。

さらにさらに、己を構成するいくつかのものも消失した。


「――はぁぁああああああああああ!!!」


「!? 氷が……溶けていく!?」


じゅうじゅうと水蒸気を吹き上げながら、『氷の剣』が後退していく。

『炎の剣』がめりめりとその刀身へと食い込み始める。


バチン。

どこかを旅する誰かの記憶が焼ききれた。


馬車でカラコロと。

みんなで笑い合い旅をつづけ。


ブチン。

どこかで戦う誰かの記憶が焦げ付いた。


貴族の館の、長い食堂。

みんなで戦っている、スケルトンの群れと。


バリバリバリ。

どこか深い森のなか、その記憶も崩れていく。


ふたりで笑い、焚き火を囲い。

森を抜けたら冒険者になろう、そうだ俺は彼女を【槍のイリム】として有名に……


「――カッ……ゴホッ……」


これ以上続ければ、もっとも大事なものも消え去る予感がした。

一番大事な思い出、俺がこの世界に留まるべき理由が。


「くっ……この……悪魔がっ……!!」


正面の女性が、怒りと恐れに震えている。


そう、今こいつを倒さなければすべてが終わってしまう。

それだけはなんとか覚えている。


俺のがんばってきた意味がなくなってしまう。

俺の一番大事なやつも終わってしまう。


もうその大事なやつの名前すら思い出すことができないけれど。

だから……そう。


今や手にしたつるぎは膨大なものになっていた。


真実切っ先が宇宙そらに触れる。

今なら天を切り裂くことすら可能だろう。


「――はぁああああああああああああ!!!!」


それをそのまま、原初はじまり原罪まちがいに叩きつけた。


◇◇◇


「――師匠!!」


城を、大地を、世界を震わせる一撃が魔女を襲った。

垂直から水平へと、まっすぐに。


ソレは空の雲を切り裂き、魔女の城を切り裂き、そのまま玉座を切り裂いた。

それでも炎は止まらない。


巨大な火柱がそれでも足りぬと、いやこれからだと言わんばかりに燃え盛る。


彼の持つ黒杖から一直線、玉座の背後の壁を砕き、さらに砕き、そのまま城を貫きさらにさらに。

大地を削り取りながらひたすらに。


「……師匠……」


無限に続くかと思われた火炎放射は、いつの間にか止んでいた。


すでに広間は崩壊し、天井から玉座まで一刀両断にされている。

その先には、どこまでも続く深いほり……『世界炎レーヴァテイン』にえぐり取られた大地の傷跡がえんえんと。


「やりおったか……バカ弟子がっ……その手はダメじゃろうて」


気付けば広間には陽の光が差しこみ、天上の雲は一直線に割れていた。

さんさんと、500年の長きにわたり『冬』だった土地に、久しぶりの『春』の日差しが。


「……!! 氷の魔女のやつ……まだ……」


この場でもっとも人の生き死にに敏感なユーミルが声をあげた。

彼女の指差す先、かつて玉座があったであろう場所の、深いみぞの底。


崩折れる、ボロボロの、魔女の姿。

生きてはいるが、もうじき死ぬであろうその姿。


「……師匠さん……ありが……とう……」


最後に、誰に聞こえることもないつぶやきを残す。

1000年の、500年の悲願を、叶えてくれて。

氷の魔女を、あの子を、止めてくれて。



イリムは、そして彼の仲間たちはどっと此度こたびの英雄に駆け寄った。


魔女と同じく倒れ伏したその姿。

息をしている。

心臓も止まっていない。

こうして抱きしめればたしかな熱さえ。


「……師匠、やりましたね師匠」


ぐっ、とイリムが彼をかき抱く。

いつもそうしていたように、いつかの夜もそうして彼の心を救ったように。


……しかし、彼から反応はなかった。


「師匠……返事をしてください……ようやく、ようやく『冬』が終わったんですよ……だから……目を覚ましてください」


必死に彼を揺さぶるイリム。

それをアスタルテがやんわりと止める。


「……存在濃度が、つまり存在いのちが消えかかっておる。かすかには残っておるが……非常に不安定じゃ」

「!? そんな……」


崩れかかったイリムを支えるように、ユーミルが肩を支えた。


「……たしかに、魂がありえないほど薄れかかってる……いつ切れても……おかしくはない」

「どうすることもできないのか?」


ザリードゥの声。

しかしアスタルテの答えは厳しかった。


「こやつの『名』、つまりは存在の核は精霊界にある。ここではない、違う世界じゃ。つまり、そこに行けんことにはどうにもならん」

「……そんな……」

「そして『異世界転移』も『異世界召喚』も、この世界にはもう使い手がおらん。こやつが、終わらせたからのう」

「……。」


アスタルテの返答にみなが言葉を失う。

そして、どこかから轟音ごうおんが響いてきた。


「……水!?」


音の先をみやると、彼がえぐった大地のみぞの先から、地平線の果てから……凄まじい勢いで水が、土砂が押し寄せている。


「――クッ、おそらくどこかの川なり湖……よもや海ではあるまいな……とにかく『どこか』と繋がったんじゃろ! はようここから避難するぞ!」


言葉のあとに、魔女の城の残骸……その壁がガラガラと崩れた。

そのむこうからぬっ、と巨大な影、【ギガントマキア】が。


『『みなさん、逃げましょう!!』』


ゴーレムみけがその巨大な手のひらを地面へとひろげる。

イリムは彼を抱え、ザリードゥは転がっていたリンドヴルム……なぜか手のひらほどの火蜥蜴サラマンダーに縮んでいた……を掴み乗り込む。


「……クソッ、ジェレマイアの死体がねぇぞ!」


ユーミルの舌打ち。

善性の死霊術師ネクロマンサーとして、彼の亡骸なきがらをあの濁流だくりゅうみ込ませるのは忍びない。


そう思って視線を、鎖を右に左に死体を探す。

しかし燃え尽きたのか、なんなのか。

どこにもあの紅いローブが見当たらない。


「……仕方ない、このパイプだけでも……」


そうして彼が最後の一服を頼み込んだ、もはや遺品となった物を掴み取る。


「ユーミルさん、早く!」

「ほいさ!」


……水は、土砂は、もうすぐそこまで。

みなが乗り込み、アスタルテはゴーレムの肩に。


これでもう、この場に残したものは……いや。


「……あの子」


イリムの目に、なぜかそれは大事なものに見えた。

今にも消えようとしている、ひとりの少女の姿。


あと10秒もしないうちに、彼女は濁流に呑まれるだろう。

ほんとのほんとに、それで最後だろう。


――だが、なにか。

  それはマズイ気がする。

  それじゃダメな気がする。

  彼女には、最後にとても大事な役目がある気がする。


そう思うとイリムの判断は早かった。


「師匠を頼みます!」

「えっ、おい!?」


ザリードゥの声を無視しして彼を預け、矢のように彼女は駆け出した。

そうして2秒かからず魔女の元へ。

急いで彼女の体を抱える。


「?」


どさり、と魔女が抱えていた本が落ちる。

真っ青な装丁の、『青表紙本』が。


「……。」


無意識にイリムはそれもつかみ取り、そのまま急いできびすを返した。


ぐんぐんと水の音が大きくなる。

それはもうすぐそばまで。


「なにやってるんだ! イリム、そいつは……」

「必要です。それとみけちゃん、出発してください!!」

『『ええっと、はい!』』


みなを手のひらに乗せたまま、ゴーレムがドスドスとひた走る。

南へ、南へ。

迫る土砂から、崩れだした魔女の城から離れるように。


いつのまにか、肩から飛び降りたアスタルテがイリムの手を掴んでいた。

その瞳はらんらんと紅く輝き、明確な殺気が灯っている。


「どういうことじゃ、みけ。よもやそやつの仇討ちのため、自らの手で殺したいと?」

「違います。それに『て』ください」

「……なにを、」


「彼女はもう、精霊術師じゃありません」

「……。」


視れば、たしかにあらゆる精霊との繋がりパス契約リンクが切れている。

存在濃度も、ただの少女でしかありえない。


「師匠は……たぶんどこかで理解わかってこうしたんだと思います」

「なにをじゃ」


「師匠は、氷の魔女を焼いたんです。魔女だけを、たしかに」

「……いや、そんなこと不可能じゃ。あれだけの炎……」


ぶすっと押し黙ったアスタルテ。

しかしそれを押しのけるようにザリードゥの声が。


「――オイッ、城が……崩れるぞっ!!」


彼の声に従い、氷の城をみやる。

今まで1000年、500年在り続けたその城は……もはやなんの加護もチカラもないとばかりに崩壊を始めている。


高い高い尖塔が先端からガラガラと。

キレイなステンドグラスがバリバリと。

城全体が、もはや守るべき主はいないと告げていた。


白亜の城が、魔女の城が、みるみるカタチを失っていく。

崩れたはしから、濁流に呑まれていく。


その光景をながめ、ユーミルがほう、と息をつく。


「……キレーだな、なんかさ」

「ああ」


そうして、崩れる城を背にしてぐんぐんと……彼らは戦場をあとにした。


雪もなく、寒さもなく、500年ぶりに『春』の訪れた大地を踏みしめながら。



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※次章を来週の金曜日ごろから、日刊ペースで投稿予定です。

 章まるごと完成させてから投稿したいので、しばしお待ちをm(_ _)m


それとカクヨムでのお星さまが700目前……処女作でまだまだなところもありますが、当初の予想より多くの方にお読みいただき感謝です(`・ω・´)ゞ

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