第279話 「吹雪の中にて……」

致命的な寒さが致死的な寒さへと。

空間どころか、時間でさえ凍りつくほど。


「みんな、引き帰してしてくれっ!!」


この広間も、イリムやザリードゥたちの戦っている出口の丁字路も、俺の『炎』で極寒に対応していた。

……しかし、この『氷』はだめだ。


「――師匠、やはり『冬』が……!」


イリム、ユーミル、ザリードゥはすでにすぐそばまで。


防衛、そして乱戦のさなかでありながら俺の声を聞き取り、すぐさま行動に移したのだ。

この判断力、そして決断力……本当に頼りになる。


ザリードゥが俺の肩を力強く叩いた。


「奇跡切れかけてっな、『聖戦バフ』掛け直しておくぜ」

「ああ、頼む」


直後に清浄な輝き。

体力がこんこんと湧いてくる。

その『加護バフ』に顔をしかめつつも、ユーミルが辺りを眺めつつ呟いた。


「……『冬の領域』……凄い。ほとんど死霊術だよこれ……」

「どういうことだ」


『保温』の範囲を狭めつつ、周囲を『炎の壁』でおおいつつユーミルに問う。


「……冬の領域、そして冬の尖兵せんぺい……あれにはちゃんと魂がある。中身がある」

「そうなのか?」


「……たぶん、あいつが殺した魔族だとか、今まで『冬』に喰われた人々だとか……そういうのが使われてる。だから『世界を冬で閉ざす』なんて芸当ができるんだろうね」


「またまたご明察めいさつだね、師匠さんのお仲間さん」


炎の壁のむこうから、吹雪のなかから魔女の声。

その声もまた、たっぷりの余裕に満ちている。


「まあ理解わかったところで、ここでみんな凍え死ぬんだけどね。なにしろこの大陸の『冬』をぜんぶ丸ごとこの城に引きあげたんだから!」

「……。」


「この大陸を500年、おかし続けた死の世界。それがいま……たったひとつの城に閉じ込められている。どうかな……すっごく寒いと思うんだけど?」

「……ハッ、」


吹雪の音に乗って、魔女の声はよくとおる。

その声もまた、余裕と自信に満ちていた。


……それも無理はないか。


彼女はすべての『冬の領域』を引き払い、この城の中に敷き詰めた。

さきほどまでの戦い、あれすら彼女にとってはお遊びだったのだろう。


いまこのとき。


熱杭ヒートパイル』はおろか『火葬インシネレイト』も、『火弾バレット』すらも放つ余裕はない。


すべてを全開で全力で守りに回さねば……


肺が潰れ、心臓が止まり、ついで全身の血が凍りつき。

血管が破れ、筋肉はバリバリと音をたて。


いともたやすく、この身は冬に殺されるだろう。


「――ハアッ……ハアッ……」

「……師匠」


イリムがぎゅっと手を握ってくる。

しかし、その手はおどろくほど冷たい。


必死にこの場の炎を鼓舞こぶしているのだが……すでにあたりに温もりはない。

炎の壁の中でありながら、吹雪に放り込まれたように寒い。


しかし炎の壁の外は、それすらあざ笑う絶対零度の死の世界だ。

おそらく液体窒素の海に放り込まれたほうがまだマシだろう。


つまり、なんとしてでも『炎の守り』は維持し続けねばならない。


「ねえねえどうかな? 寒いよね凍えるよね……もうがんばらなくてもいいんじゃないかな? 耐えれば耐えるだけ、仲間もアンタも苦しむだけじゃない?」


声のあと、炎の壁を切り裂いて無数の『氷刃』が迫りくる。


「――ダァッッツ! クソうぜェ!!」


それを、ザリードゥが両手の魔剣、聖剣でことごとく切り砕く。

しかし、その動きはいつもの彼とは段違いに鈍かった。


「チッ、やっぱ寒さは……苦手だわな」

「……ザリードゥ」


リザードマンである彼からすると、この寒さは俺たち以上に厳しいだろう。

みれば、ウロコの節々が寒さに負けてヒビが入り始めている。


「師匠、どうだ?」

「そうだな……5分か、10分か……」

「ギリギリだな」


バリッ、と凍りつき始めた口を無理やりあけながら笑うザリードゥ。


「……ああ。――だが、」

「いけますか、師匠」

「任せろ」


ぐっとイリムの手を握り返す。

気づけばみなもそれぞれ、互いの手をしっかと握り合っていた。


この寒さに耐えられるように。

この戦いを越えられるように。


魔女は『氷の領域』を引きあげ、すべてをこの城に敷き詰めた。

そして俺は『炎の守り』を5分……いや15分は維持できる。


つまり――これで勝機がいっきにかたむいたのだ。



視界がかすむ。

意識も朦朧もうろうと。


そんな中でも俺はどうやら、宣言どおり10分以上の『守り』を維持できているようだ。


イリムも、ザリードゥも、ユーミルも。

まつ毛が凍りつき目を開けるのも億劫おっくうななかで防衛を続けている。


『氷刃』が迫り、『つらら』が降りそそぎ、『霜柱』が湧き立つなかで。

それらをことごとく防いでみせた。


剣で、槍で、鎖で盾で。


ときおり吹雪のむこうから、魔女の無邪気な笑い声が聞こえてくる。

それはまるで子どものよう……アリの巣に水を流し込み群れが慌てふためくさまを楽しむような、バッタの足をすべて剥いて転がし無力なさまをあざ笑うかのような……純粋な興味と悪意。


「……ハッ、」


本当に彼女は、氷の魔女は……最強でありながら戦いは初心者ニュービーだな。


そうして、待ちわびた『ソレ』がついにやってきた。


------------


……ズドン……ガァン……ゴゥン……。


炎の壁のむこうから、吹雪のむこうから、低く重い響きが聞こえる。

それはどんどん音をまし、その都度【魔女の城】がしずかに揺さぶられる。


「――!? なに……なんなの!?」


魔女が疑問をあげるあいだも、どんどんとその音は大きくなる。


――ズドン! ガン、ガン、ガン!!


「城の外……? このデカイやつって……まさか!?」


衝撃のたび城は揺れ、ついに耐えられなくなったのか城内のそこかしこから窓の割れる音。

そのつど、ほんの少しだけ城内の『冬』が外へと漏れでて、ほんの少しだけ寒さがやわらぐ。


「――ゴーレム!? どうやってここまで……!」


そう。

いま魔女の城を攻撃しているのは、しこたま拳を叩きつけているのは……【ギガントマキアみけ】である。

そうして気づけば、すぐ隣に土でできた卵が出現していた。


卵がガラガラと音をたてて崩れると、中から純白の幼女が。

長い髪をたなびかせ、自信に満ちた紅い瞳。


「よう耐えたの、上出来じゃ」

「……アスタルテ」


そう。

始めからこれを待っていた。


彼女がすべての『冬』を引きあげ、ただ俺を殺すために集中するのを。


――つまりは、魔女が守りを捨て、心臓をさらけ出すこのときを。


いまこのとき『氷の魔女の領域』は世界にたった一箇所だけ、この魔女の城のなかにしか存在しない。

彼女をひたすらに守ってきた『冬の世界』、氷の精霊以外の存在を許さず、生物の存在も許さない彼女の最大の守り。


それを捨てたいま……こうして仲間が、アスタルテが駆けつけることが可能となった。

『地脈移動』により、みけを引き連れて。


「北方山脈の冬も、魔物の群れも、ざあっと一気に溶けよったわ。それで知れた。弟子が、魔女の本気を引き出せたんじゃとな」

「……なんとか、ギリギリな」


それに仲間の助けもある。

あのなかで、あの状況でよくすべての『氷刃』や『つらら』を防いでくれた。


「……じゃが……やはりのう」


アスタルテはほう、と息を吐く。

それはわかりきってはいたが、とても残念だという色をにじませていた。


「こうしてじかに視て……そうじゃな。我では魔女は殺せん。土で氷を殺すのは難しい、すべての大地が『霜』に喰われた歴史があるならなおさらに」

「……。」


「やはり、ヤツを殺すのはおぬしの役目じゃ」

「……わかった」


「仲間もぬしも、我が守る。存分に『攻め』に転じよ」

「ああ」


床に、大地に手をつく。

そこから下へ下へと触覚を伸ばす。


黒杖こくじょうを真上へと突き立てる。

城に、みけに気を取られている魔女へと見せつけるように。


オマエが見るべきはこちらだと、いまこのときオマエを脅かす存在は俺しかいないと理解わからせるために。


「――はぁああああああああ!!」


そうして、いっきに炎を吹き上げた。

大地に根を下ろすように、大地に己を打ちつけるように。

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