第278話 「炎の精霊術師VS氷の精霊術師」

「……いま、止めてやるよ。氷の魔女」


その宣言を宣戦布告ととったのか。

彼女の雰囲気ががらりと変わる。


無邪気な子どもから、敵を殺す狩人へ。

いや、敵を呪い殺す魔女そのものへ。


「……いいよ。500年ぶりだけど……氷で、冬で、直接殺してあげる」


彼女が指を鳴らすと、まるで最初からそうしていたかのように、白い狼が現れる。

玉座を包み込むように体をまるめた、巨大な、巨大すぎる狼が。


「……悪いが、俺も世界も殺されるつもりはない。……炎で、熱で、あんたを止めてみせる」


黒杖で床をカツンと打ち付ける。

とたん、最初からそうしていたかのように紅竜ドレイクが現れる。

俺を守るように体をまるめた、巨大な、巨大すぎる竜が。


「いけフェンリル。あいつのペットを噛み殺して」

「相棒、任せた」


「グルゥゥゥアアアアアアアアアアアア!!!」

「グゥワアアアアアアアアアアアアアア!!!」


狼と竜。

ふたつの獣がぶつかりあい、絡みつくように相争あいあらそう。

互いに口から、炎と霜をぶつけ合う。


「へえー……やるじゃん。アタシのペットとやれるなんて」

「それはどうも」


返事がてら、秒で『熱杭ヒートパイル』を並び立てる。

いままでこの術式は一度に一本がせいぜいだったが、さきの飛行中にジェレマイアの『乱射』を2時間以上目の当たりにしたのだ。


あれだけ実演されれば嫌でも真似することはできる。

そしておそらくは、彼はあえてアレを見せたのだろう。


……地面に倒れるあかい衣が視界のはしに。

彼の最後の言葉――「あとは任せた」と。


「……よし!」


心の中で「任せてくれ」と彼に応え、彼から吸収した術式を放った。


その数50。


もちろん、数を揃えたぶん一本一本の威力は下がる。

だがコレだけの数をすべて『視認』し『停止』させるのは至難の業だ。


さきほど止められた単発の『熱杭ヒートパイル』のようには……、


「だからぁ、そのしょぼい攻撃じゃ私に届かないって」


迫る攻撃をひとにらみ。

ただのそれだけで殺到した炎の杭はすべて空中で『停滞』した。


ついでゾワリと悪寒が走る。


「――!? まずいっ!!」


直感に導かれ、広間の背後に一直線、『炎の壁』を敷いた。

魔女の視線から、後方で戦う仲間たちを守るよう。


「……へえーー、よく間に合ったね」

「……。」


俯瞰フォーサイト』を習得していたからこそ、そしてそれを何度も何度も用いて戦ってきたからこそ対応できた。理解ができた。


彼女は……空間を凍結させている。

大気、空気というレベルではなく真実『空間』そのものを。


彼女が凍らせた空間には、あらゆる振動、波紋……つまりは運動が存在しない。


だからこそ、並みいる『熱杭ヒートパイル』はすべてすべて、強制停止させられた。

まるで気軽に、動画を一時停止するかのように。


「でもさぁ、アンタが死ねばそもそも終わりだよねっ!!」

「!!」


周囲の大気、いや空間がバリバリと音を立てて凍りつく予感。

それに合わせて、とっさに『歪曲』をでたらめに走らせた。


凍りつく空間に、無理やりヒビをいれ氷をかち割る。

ガラガラと、ソレが音をたてて崩れる気配。


「――ふうっ……!」


ギリギリ……間に合った。

そしてコレも、今までの『俯瞰フォーサイト』や『歪曲』での戦い、そしてなによりニコラス・フラメルの強制『異世界転移』を阻止した経験がなければ不可能だっただろう。


「なにを……したの?」


氷の魔女は、きわめて不可解、きわめて不愉快といった顔をしている。

おそらく、この攻撃を防がれた経験がないのだろう。


その隙を、見逃すつもりはない。

黒杖こくじょうをぐるりと回し、先端をぴたりと魔女に突きつける。


「――はぁああああああ!!!」


杖の先端から、本物にも劣らぬ『竜の炎ドラゴンブレス』を吹き付ける。

古代竜エンシェントたたえる、ふるぶるしき上古の炎を叩きつける。


「チッ!!」


魔女の舌打ちとともに、彼女の玉座――その正面に巨大な氷の塊が現れる。

ブレスの先が氷を舐めるたび、じゅうじゅうと音をたてて炎がかき消されていく。


「同格の……氷の精霊か」

「ハッ、ご明察めいさつだよ師匠さん」


あの炎は通常の炎とは違う。

火山が何万年もたたえた、そして竜が体内で何千年もたくわえた……真に古く強い『上古じょうこの炎』である。


水をかけようとも消すことはできず、水中であろうともなんら問題なく燃え続ける。

何百年でも、何千年でも。


なみの防御魔術……それこそ『対火』などなんの効果もない。なぜなら、


炎として存在の格チカラが違うからだ。

炎として存在の法則ルールが違うからだ。


その『絶対の炎』を容易に消し去ったあの氷塊は……同じ格を持つ『上古の氷』、『絶対の冬』であろう。


「殺し合いの真っ最中だけど、思い出話でもする? 師匠さん?」

「いや、断る」

「そっ、じゃ一方的に話すわ」


炎を吹き付け、氷刃が舞い、

空間を引き裂き、空間を凍らせ。


そんなやりとりの合間あいまに魔女の独白ひとりごとが続く。


「直接見たわけじゃないけど、この星にも氷河期なりもっともっと昔の全球凍結なりがあったんだろね。私が操るのは、私のいうことを聞いてくれる子たちは、たぶんそのころの『しも』」


「知ってる、全球凍結って? 私も生前は科学少女だったからさ……まあそれはいっか。とにかく、この星もあの星も、かつてすべてが氷に閉ざされていた時代がある」


「だから、この星には、この世界には、かつてすべてが『停滞』していた記憶がある。思い出がある」


「すべてが止まり、苦しむことも誰かを憎むこともない永遠の『停滞』。星の記憶のなかで、その時代だけが真実ほんとうの平和」


「だから私は、その思い出に応えてあげてるの。『霜』も世界も、それを望んでいる」


吹雪ふぶきにのって、氷雪ひょうせつにのって、それは耳に届けられる。


「悪いが、俺はそうは思わない」

「へえ、やっと応えてくれたね」


「俺に着いてきてる連中は、そして仲間は、『停滞』なんて望んじゃいない。前にすすみ前にあゆむ……そんな連中ばかりだ」


フローレス島での大虐殺のあと。

アルマの葬儀のあと。

彼女の墓の前でぐずぐずと『停滞』していたころ。


相棒リンドヴルムはそんな俺を見限り、はるか外海へと去っていった。

そして帰ってきたとき、彼は過酷な外海を生き抜きはるかに強くなっていた。


イリムも、みけも、もちろん俺も。

旅の始まりとは比べ物にならないほど強くなった。

成長した、前進したといっていい。


もちろん失敗も後悔もたくさんある。

『停滞』していたいと思ったこともある。


だが、俺は……そして仲間も、世界も。


「あんたの『冬』は、絶対に認めない」

「そっか、残念だね」


そこからは互いに無言の戦いがつづいた。


しかし……だんだんとわかってきた。


彼女は戦いの経験が少ない。

それも圧倒的に。


なにしろこの魔女の城にたどり着くのが困難だ。

そして、たどり着いたとしても相手は【氷の魔女】


圧倒的な精霊力チカラ存在濃度レベル、そして空間の凍結という反則技。


ただのひと差しで、ただのひと睨みで、ヒトも空間も凍りつく。

苦戦などただの一度もないだろう。


強力すぎる兵器おもちゃをある日ぽんと手に入れた子ども。

それが彼女から感じる印象だ。


げんに、相手の操る氷のほうが、俺の炎よりも強さも温度つめたさも上回っている。


まともにやりあえば勝ち目はない。

チカラで押し負ける。


しかし、俺にはここまでの戦いの旅路……その経験がある。


カジルさんにしごかれ、冒険者として旅を続け、アスタルテに死ぬほどしごかれ、また旅を続け……


あれは決してムダではなかったのだ。


そして、ファンタジー世界においての絶対の法則ルール


炎は氷に強い。

これも、絶大な効果を発揮している。


彼女の氷は、霜は、俺の炎で溶かすことができる。


「うん、わかったよ師匠さん」

「……なにがだ」


「アンタが、大したことないヤツだってことがさ!」

「……。」


「あれだけ大口叩くからどんなもんかと思ってたけど……いやがっかり! これじゃ500年、いや最初から数えりゃ1000年か……1000年待ち続けた『あいつ』がかわいそうだね!」


「アタシもさぁ、『氷属性』だけあって『炎属性』のアンタはそこそこ警戒してたんだけど……」


とんとんと玉座のひじ掛けを指先で叩く氷の魔女。

その姿にはたっぷりの余裕がこめられている。


経験値EXPが足りないなんて最初から知ってるよ」

「……。」


「アンタの表情見てりゃわかるって。『ああ、レベルは勝てないけど経験で勝てるぞっ!』……ってね」

「…………。」


「でもね、最初からマックスレベルの存在に、経験EXPなんて必要ないんだよね!」

「――!?」


瞬間、おぞましいほどの寒気が玉座の間を襲った。

もともと低い体感温度がガクッと引き下がり、致命的なまでに。


「――ぐっ……!」

「あははは! どう、どう? 寒いよね!

 でもまだまだこんなもんじゃないよ!


 ――すべての『冬』よ、城に集え! この矮小わいしょうなる残り火を吹き散らすがいい!!」


魔女の声にこたえ、城全体が震えだす。

すべての冬が、大陸中にはびこったすべての『冬の領域』が……この城へと迫ってきたのだ。

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