第277話 「『異世界転移者』」
「……ジェレマイア……」
放心しかかる俺に、うしろから力強い声がかかった。
イリムの声だった。
「師匠、気を抜いてはだめです!!」
「……ああ」
『
彼は死んだ。
「クヒヒヒヒヒッ……アハハハハハハ!!!」
爆発するような笑い声がふたたび広間を震わせる。
氷の魔女の不快なさえずり。
「――みんなみんなぁ、私の召喚した『
「……。」
そうか、つまり。
『少女』が召喚した勇者は、少女が願った勇者は……絶対に『魔女』には勝てないのだ。
まれびとでは、氷の魔女に歯向かえない。
まれびとでは、氷の魔女を殺せない。
まれびとでは、彼女の冬を止められない。
……であるなら、まれびとである俺にも彼女を止めることは……。
「次はオマエ、オマエだよ!
なにが【炎の御使い】だよ、イキってんじゃねーよ!! 私に召喚された『
魔女の指先がぴたりと。
こちらを、俺の心臓を捉える。
「――師匠、逃げてぇえええ!!」
イリムの声。
しかし彼女はまだ立ち上がれない。
そして俺は逆らえない。
魔女からまれびとに下される、絶対の死刑宣告には。
「はい、じゃーーーーーーーー焼身自殺、いってみようか師匠さん!!」
にっこりと、狂った笑顔。
ぞくりと寒気と、怖気が体を貫いた。
……ああ、ここで終わり……なのか。
俺もジェレマイアのように、自らの体を自らで貫く。あるいは焼く。せめてみなをを巻き込まないように、自分だけ……まあ、死にたくはないし死ぬ気もないのだが……。
「……?」
しかし、
しかし。
俺の体は、心は、ぴくりとも反応することはなかった。
彼女の命令を聞こうとさえ思わなかった。
「……はあ、アンタ……なにやってんの?」
「悪いが、自害する気はまったくない」
本音がこぼれる。
「いやいやいやいや、あるでしょ!死ぬでしょ! 今すぐ死んでよほら! 『死ね』! 『死ね』! 『死ね』!」
必死に……狂ったように指をつきたてる氷の魔女。
しかしやはり、俺にはなんの効果もないようだ。
「――なんなの、アンタほんとなんなの!? アンタだってもうひとりの私に召喚された『使い魔』でしょ!! アタシに『異世界召喚』されてこの世界に来たんでしょ!!!」
「……あっ」
「あっ、ってなんだよあっ、って!? はあ、チート主人公気取りかよ気持ちわりぃ!!」
もしかして、もしかして……アレか。
俺は、この世界に召喚されてきた。
大樹海に飛ばされ、イリムと出会いのスタート地点だ。
そうして、長い長い旅をこえ、本当にいろいろなことがあった。
仲間たちに出会い、仲間を失い……
聖女であるレーテを助けに【
彼に『あの世界へ』飛ばされ、そしてまた『こちらの世界へと』戻ってきた。
氷の魔女の『異世界召喚』ではなく、
ニコラスの『異世界転移』で。
俺はあそこで、気付かぬうちに新しい『スタート地点』を刻んでいたのだ。
魔女の召喚物でなく、ただの転移した
この世界のまれびとでただひとり、俺だけは彼女の
「――ハッ……」
俺は、本当に本当に、スタート地点の引きが抜群にいいみたいだ。
たしかに、こればっかりは俺のチート能力かもな。
「師匠!!」
後ろから暖かいものが突撃してきた。
胸に抱きつき、頭をぐりぐりと。
「イリム」
「師匠はやっぱり凄いですね。氷の魔女にも打ち勝つなんて!」
「いや、それは俺の実力じゃない。ただ運が……」
「それでもです」
ふたりでほほ笑みあう。
「ザリードゥ達は、まだ?」
「ええ、廊下で戦ってます」
そう。
さきほどの魔女の高笑いのあたりから、城のそこかしこから魔物が湧き出している。
この広間に殺到せんと、群れなして。
「丁字路か……イリム。こっちは大丈夫だ」
「……でも」
「いくらザリードゥやユーミルとはいえ、3方のカバーは難しい。それに数も洒落にならん」
「……師匠」
「大丈夫。俺は絶対に死なない」
「……わかりました」
言葉のあと、すぐさま矢のように飛び出すイリム。
ほんとうに彼女は、判断が早い。
そうして最愛の人を見送り……正面を見据える。
この世界で最悪の、まれびとの少女を。
「絶対に死なない……ってハッ、いいよいいよ……ほんとにアンタ、『勇者さま』気取り?」
「いや、この世界に勇者はもういない」
「ああ、……あいつかぁ! あいつは傑作だったね!」
「……知ってるのか」
「たまーに『ペア』でさ、とっておきの村とか街に放り込むんだけど……あいつは凄かったね! ヤラれっぷりもその後のやり返しも!」
「そうか」
見れば、氷の魔女は、ソレが心底愉しいことだとばかりに笑っている。
人の死を、悲劇をただしく娯楽として認識している。
「……。」
恐らく、本来の彼女の人格はコレじゃないだろう。
そして、彼女を召喚した者たちも、あくまで目的は国を守りたいというその一念だったはずだ。
誰かが、すべての悪玉だとか。
何かが、諸悪の根源だとか。
そういうのはたぶん、本当は存在しないのだろう。
しかし、しかしだ。
今ここで彼女を止めなければ、いや殺さねば……仲間が殺される。そして別の誰かも次々と。
だからやる。
それだけだ。
彼女がもし悪でなくとも、むしろこちらが悪であろうとも、やらねばならない。
かつて炎の悪魔だったであろうこの俺が。
「……いま、止めてやるよ。氷の魔女」
馬鹿げた
冬も、まれびとの悲劇も、すべてすべて。
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