第276話 「氷の魔女」
「殺してください……お願いします、勇者さん」
頭を下げ、そしておもてをあげる氷の魔女。
その目にはいくつもの涙と、そして堅い意思が宿っていた。
「……その、なぜ……」
「はやくやりたまえ師匠クン。『今』が彼女を殺すチャンスだ」
「その赤い方の言うとおりです。今は、なんとか『冬』も『みんな』も、そして『あの子』も抑えています」
「『あの子』が起きれば絶対に勝てません。
今このときをずっと待っていました。
今ここで、今すぐに……私を殺して下さい」
「……。」
「私が、もうひとりの私がやったことはとても許されることじゃない。
もうこれ以上殺したくない。
もうこれ以上死んでほしくない。
もうこれ以上……悲しみを生みだすだけの私に生きていてほしくない」
「だから、殺してください。師匠さん」
その瞳の、強い視線に貫かれ悟る。
その瞳には、ヒトをヒト足らしめるものが宿っていた。
アルマもそうだった。
カンパネラもそうだった。
もしかしたら、誰の瞳にもソレは宿り得るのだろう。
想いと、決意。
つまりは
これを裏切ることは、俺にはできない。
「……わかった」
すぐさま、すでに構成済みだった術式を現す。
『
アスタルテでさえ、直撃すれば命はないだろう。
みなはすでに広間の入り口まで離れている。
これだけの威力、みなを守り切るのは難しいからだ。
「『盾』は任せたまえ」
「師匠は私が守ります!」
「ああ、頼む」
すぐそばのイリムとジェレマイアの声に応える。
そうして、正面の少女をまっすぐに見つめた。
「……最後に、すこしだけ話せてよかった」
「私もです、師匠さん」
――そうして、
彼女の願いを叶えるべく、
彼女の想いを叶えるべく、俺は全力の『
ガギィィィィィイイイイイイイ!!!
大気を切り裂く怪音、ついで音の爆発。
凍てついた広間を駆け抜ける真紅の弾体。
「――やはりか」
しかしそれは、彼女の目前でぴたりと止まった。
まるで、早送りの動画を突然停止したかのように。
音速で迫った『
そうして……締め切った木戸がこすれるような不快な声が。
玉座にすわる少女の口から。
「……クククッ……アハハ……」
耳障りな、さきほどの少女と同じ声帯から発せられているとは思えないような声が。
吐き気をもよおす、死と停滞をはらんだ気配がどろどろと。
……この気配はさきほどからしていた。
あえて彼女を自由にしたのだと、余興を愉しむかのような不快な視線。
そうか。
さきほどまでの彼女はただの『少女』であり、この笑い転げる不快なモノこそ彼女……『氷の魔女』だろう。
笑い声はどんどん大きくなる。
体を
そうしてひとしきり笑いを愉しんだあと、彼女はおもてをあげて宣告した。
玉座から見下ろす女王のように。
しもじもに命令をくだす女神のように。
「『転移者よ、ようこそ異世界へ。ここではあなた達に人権はありません』……ってね、あっははは!!!」
邪気と、悪意と、稚気たっぷりに……氷の魔女は宣告した。
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「もうすぐこの世界も、そしてあのクソ世界からきた連中も……ひとり残らず死んじゃうね! ねえねえどんな気持ち!? さっきまで勇者さま気分だったのに、泣きそうな顔で『あいつ』の頼み聞いて……あはっ、しょっぼい攻撃撃ってさ!」
「あんたが……そうか。
最初からあんたの不快な気配はだだ漏れだった」
「はっ? なに、ボクなんでもお見通しなんですーーってやつ?
私だってあいつがコソコソ『勇者さま』を
邪気たっぷりでありながら無邪気に、それこそ子どものように魔女はのたまう。
それでいて圧倒的な
……なんとかに刃物とは、まさにコレか。
「最近……っても200年前ぐらいからかな、私も
「なぜ?」
「だぁって、土のババアの山脈がずいぶんしぶとくて退屈してたからさ。さすが年季が入ってるよねあのババア」
「……。」
「で、やってみたらこれが楽しいんだよね! いつの間にかまれびと狩りだのなんだの、大騒ぎで! いやぁ送り込むたび、いいもん見してもらったよ」
「……『あの子』は知ってるのか、まれびと狩りのことは」
「あの馬鹿は道具を『使ってる』だけだからねー、知ったら『喚ぶ』の辞めちゃうだろうし」
「俺は……俺もそうなのか? あんたに喚ばれたのか?」
であるなら、俺はこいつに森に飛ばされて……
「いや、あんたは知らない。
たまーにあいつが起きてくるから、そんとき喚ばれたやつは知らないよ。まあ
「
精霊との繋がりのことか。
それとも……、
「まずいな」とジェレマイアの声。
「なにがです」
「さきほどから、攻撃魔法が発動できん。それどころか、手足ひとつ動かせん」
「――!? まさか」
「あっ、そっかぁ! やっと気づいた? 召喚魔法はレア中のレアだからね! 師匠さんはもとより、ジェレマイアも知らないんだっけ!」
こちらも追加で『熱杭』を放つが、そのすべては空間に縫い留められた。
氷の魔女を囲うように、むしろ彼女を照らすイルミネーションのように赤く輝く『熱杭』の群れ。
「くそっ!!」
「師匠!!」
イリムも魔女に飛び込むが、それはゴミのように弾き飛ばされた。
吹雪が一閃、そのまま広間のはしまでかっ飛んでいく。
「じゃー講義、
パンパンと嬉しそうに手を叩く氷の魔女。
まずい予感がひたひたと押し寄せる。
「そのいち! 召喚魔法には絶対のルールがあります! それはぁ……」
彼女がなにをしようとしているのか。
その最悪の予想は……実行された。
「――じゃあ死んで、ジェレマイア」
びしり、と指差す氷の魔女。
その先には赤い衣の魔法使いが。
「……ごふっ」
紅の導師は……胸から一本の赤い杭を生やしていた。
胸から背中を貫く、彼自慢の『熱杭』を。
「ジェレマイアさん!!」
「あれ、しぶといね。ほら、さっさと『死ね』って」
その言葉に従い、さらにさらに彼は
自身の体に向かって、ためらいなく『熱杭』を打ち立てる。
「……ビンゴ……これは、予想外だね……」
「ジェ……レマイアさん?」
「私はここで脱落のようだ。……あとは頼んだよ、師匠クン」
「そ……んな……」
紅の導師は、俺にとってのふたりめともいえる師は。
杭だらけのふところから一本のパイプを取り出した。
それに優雅にタバコを詰め始める。
「最後に氷の魔女よ。死ぬ前に一服したいのだが……その
「ダメ。はやく『死んで』」
その言葉のあと、ジェレマイアはどさりと崩折れた。
カラン、と彼のパイプが床に転がる音。
そうして、紅の導師は……『転生者』は、しずかに息を引き取った。
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