第267話 「焔の道」
『
山脈の切れ端から北東に一直線。
凍てついた大地を、寒空を切り裂きながらまっすぐに。
進路上にあるすべての冬は、氷は、そして魔物は。
触れたはしから蒸発、あるいは溶解していった。
どこまでもぐんぐんと伸びる炎の柱。
その突端がなにかを捉えた。
そしてかき消された。
竜の炎ですら、
「……。」
間違いない、氷の魔女……その居城である。
白く凍てつく氷の城である。
だが逆に、あの
「みんな、いくぞ!!」
「はい!」
「うっし!」
「……ほいさ!」
そうしている間にも、焼き払った大地の上へとつぎつぎと雪の魔物が殺到している。
「やはり実体化した魔物はダメか!」
竜の吐息の跡……【
いわば、勇者戦で彼の精霊使いを封じた『赤の領域』だ。
しかし、カタチを持ち自立した生命体には効果は低い。
焼けただれた地面に足を砕かれながらも、一歩一歩と歩みをすすめる。
「いくぞ! みけも合わせてくれ」
「……えっと……はい!」
事前にみけとも調整してある。
リンドヴルムの全速力と、
こちらの出撃にあわせ、彼女も駆け出す。
彼女の道の邪魔になるようなモノがあれば、相棒のブレスで焼き払う。
ジェレマイアの『
「――行け!!」
「グワァ!」
かけ声と同時に、相棒が翼をはためかせる。
ぐん、と体にGがかかり、あっという間に大地を滑るように突き進む。
背後からは、ドスドスドスと大地を踏みしめる音。
「相棒、さっそく頼む!」
「グワァアアアアアア!!」
さっそく、彼女の邪魔になるであろう
彼らは、氷の魔物は、炎に溶かされ為すすべもなく蒸発していった。
「よし!」
炎は氷に強い。
あらゆるファンタジー世界において絶対の
絶大のアドバンテージだ。
さきほど魔女の『触覚』に触れたからわかる。
封印紋を
だが勝つ。そして止める。止めねばならない。
最初のまれびとたる彼女を、最後のまれびととなる俺の手で。
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「行ったな」
「行ったね、アーちゃん」
ふたりの竜は、それぞれの想いで彼らを見送った。
だが、感傷にひたるヒマは一切ない。
「では、竜骨。帰還じゃ」
「なんじゃアスタルテ。もう少し、ちくと見ていてもよかろうて」
「ハッ、そろそろ大樹海なしにおぬしを封印するのは限界じゃ。
「じゃあレッツゴーだね、お爺ちゃん!」
「ちぃぃぃっ、クソババがっ!! クソアマがっ!!」
言葉とともに、竜骨の大きな頭蓋骨が土の
その上から水のころももたっぷりと。
そう。
ふたりの竜にはわかっている。
隙あらば火竜は、かつて最強の竜は、封印を破りすぐさま破壊をもたらすと。
さきほどの『山崩し』のときはギリギリだった。
油断なくチカラを配分し、油断なく
そしてそう、それにより減じたアスタルテの
一刻も早く竜骨という爆弾を、大樹海という箱に収めなければならない。
できれば彼女も、出立まえに『
それだけで、ここで死ぬ者がいくぶん減るだろう。
しかしそれをした瞬間、竜骨は封印を焼き払い、この場のすべても焼き払うだろう。
「行くよ、アーちゃん」
「ああ」
最後にアスタルテは、群れをなすニンゲンの軍勢を見やった。
そのむこうには、沸き立つ白き魔物の軍勢も。
「……ひとりでも多く生き残るんじゃぞ」
そうしてふたりの、いや3匹の竜はこの場を後にした。
彼女らからすれば非力にすぎる、小さき種族を後にして……。
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山脈の裂け目からぞくぞくと魔物が
氷の領域自体は、かつて『在った』モノの名残により、かつての山脈の手前で止まっている。
しかし、それを見つめる兵士たちの間に絶望の色が。
「……そんな、馬鹿な」
どこか……彼らには浮かれているところもあっただろう。
人類の仇敵たる『魔女の討伐』
すなわち『世界を守る戦い』
それに参戦するのだ。
ある種の祭りといっていい。
みな浮かれていた。
なに、こちらには【炎の御使い】という奇跡の使い手がいる。
見ただろう、あの荒野での凄まじい炎を。
そしてさきの
彼がいれば負けるはずがない。
それにそれに、あの【
あんな魔道具は見たことも聞いたこともない。
どんな攻城兵器すら効かず、どんな城塞ですら落とせるだろう。
アレがあれば負けるはずがない。
そんな希望は、いまこの時。
地平を埋め尽くす白き魔物の群れにより打ち砕かれた。
「……あっ……ぁぁぁああああ!!!」
一人の冒険者が悲鳴をあげた。
彼は2年前、交易都市で冬の魔物と戦った。
パーティの仲間と連携し、なんとか退治せしめた。
それは彼の、とっておきの宝物、自信……酒が入るたびに語る武勇伝であった。
だが、あの群れは。
いまもぐんぐんと迫り沸き立つ魔物の群れは……真実無限にみえる。
大地は白い
さらには白狼や
なにより……いちばん信じたくない光景が。
彼の人生、生涯で一番の大物、
地平線からうえ、空である面積のほうが少ない。
あの、
彼は剣を手放しかけた。
戦えるわけがない。
勝てるわけがない。
そして、彼と同じ絶望の波がぐんぐんと集団に広がりつつあるなか……ひとつの
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!
ニンゲンではありえない、野太く高らかな
ひとりのドワーフ、【斧手】のレイトールが斧を両手に構え叫んでいる。
彼はすぐさま
「
その彼についで、続々とドワーフたちがあとに続く。
先頭の彼を頂点として、三角形の
ありえない。
塀、そして堀という地の利を捨てて、彼らは正面から魔物の群れへと。
馬鹿ではないのか。
やはりドワーフ、石頭の脳筋か。
そんな感想を抱くものもいただろう。
しかし、それは間違いである。
「GAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
ドワーフの群れが魔物の集団へと到達したその瞬間、敵陣が弾け飛んだ。
爆薬で吹き飛ばしたかのように。
魔法で吹き飛ばしたかのように。
しかし彼らは、ドワーフは魔法を使えない。
ひとりたりとも
つまりあれは、あの触れるはしから敵を吹き飛ばすあの現象は、ひとつ残らず武器によるものだ。
「
斧によるもの、剣によるもの、そしてなんと
……2年前の、帝国指揮下によるラビット族への襲撃では槍だった。
もちろん彼らも槍は使う。
しかしそれは、本来戦いの苦手な女子供の武器である。
しかし今は違う。
斧と剣と拳。
それを思うがままに振り回し、戦場を
「……すげえ」
その凄まじい戦いぶりに、
あともうひと押しの勇気さえあれば、彼らを支配しつつあった『冬』は終わりをむかえるだろう。
『『はぁあああああああああああ!!!』』
そのひと押しは、まさしく空からやってきた。
天上から『
巨大な、
それが大地に触れたとたん、落下地点の敵がことごとく吹き飛ばされた。
まるで、大量の雪だるまが爆発したかのようだ。
……その雪煙が晴れると、巨大な……彼らがさきほど
赤銅色のにぶい輝き。
カニや甲虫を思わせるフォルム。
ずんぐりむっくりで、しかし中から響く少女の声に似合ったどこか
稀代の
対冬用決戦兵器『ギガントマキア』である。
『『ここが私の戦場、一匹たりとも逃しはしません!』』
彼女は残る選択をした。
本当は、仲間とともについて行きたかった。
でも、自分の性能、手札、できること。
それを考えたときの最善手はコレだと理解もできた。
――ここで、
それがこの戦いにおける自分の役目だと。
巨大な手足で、膨大な魔力で。
群れるしか能のない雑魚の波を
空から降り立ったまさしく死の天使。
その効果は絶大だった。
「「「うぉぉぉおおおおおおおおおお!!!」」」
この場で怯えるものはひとりとしていなくなった。
すべての者の心から冬は消え去り、あるのは戦いと勇気の炎だけである。
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