第266話 「炎、業火、太陽の叫び」

封印紋。

より強大な、そして古ぶるしき精霊との対話を制限するチカラのブレーキ。


以前、俺はニコラス・フラメル戦にて、フジヤマのすそのにて、そのフタをみずから破壊した。

それについて意外とアスタルテからお咎めはなかった。

しかし、まさか。

封印紋フタはひとつだけではなかったとは。


あ然として師を見ると、彼女はにかりと笑っていた。


「スマンかったの。存在を知らせるとまたぞ自分で割りかねんかったからの」

「……その、これが本当に自分の実力なのか」


「ああ、おぬしの『名』は精霊界に『在る』。それはある意味、竜種よりも優越した権限がある。……北のはての魔女も同じくにの」

「……。」


それは、ニコラスからも聞かされたこと。

氷の魔女も、同じ境遇ではないかと。


「じゃが所詮しょせんは人の身。その状態では持って半日。半日が限度じゃ。じゃからおぬしには言わんかった。無理をするのは『この日』以外ありえんからの」

「……氷の魔女は?」


「ヤツは恐らく、自身おのれの体を『停滞』させその身を保っておる。……それが1000年、1000年じゃ。もうニンゲンとは呼べまいて」

「……そうか」


ぐっとこぶしを握る。

そして黒杖を掴む。

ここからは時間との勝負でもある。


そうして改めて【竜骨】のほうを見ると……なぜか彼は笑っていた。

自身の骨に腰掛け、にたり、と子どものように破顔していた。


「カッ! 精霊界、どうりでおぬしに惹かれたわけじゃ! そうしてこれだけチカラある術師が、わしの眷属けんぞくとはのう!!!」

「ええと、眷属とかそーゆーのでは……」


「よい、これはじつによいぞ!

 そのチカラでもって、炎でもって、つまらん『停滞』の大地など焼き払うがいい! 焦土しょうどに変えよ!!!

 そしてあのあばずれを焼き殺してくるがいい! 焔で犯し尽くせ!!」


「えーっと……」


いやにテンションの高い爺さんにドン引きつつ、アスタルテをみやる。

すると彼女もなぜか楽しそうに笑っていた。


「むかし言うたじゃろ。こやつはただのガキじゃと」


本当に楽しそうに、笑っていた。


------------


そうして竜たちの笑いが収まったあと、いよいよ戦いの幕開けとなった。


炎の一撃、それをして氷の魔女への宣戦布告となる。

むこうも、すぐさま反撃してくるだろう。


ここから先は、ひたすらに戦い抜かねばならない。

笑顔も、笑いもしばらくお預けだ。


「じゃあ爺さん、頭を……つーか口を借りるぞ」

「ああ、ブチかましたれ!」


竜骨のわきに立ち、その頬のあたりに手をそえる。

ずしりと熱い熱、さきほどは彼を打ち負かしたが、もし彼が全盛期であれば勝てたかどうか。


アスタルテ、アナトさんの封印もゼロではない。

やはりみんながいて初めて、俺はがんばれるのだろう。


「師匠、じゃあお願いします」


背後にはすでに仲間みんながスタンバイ。

突破口を空けたのち、すぐさま相棒リンドヴルムに飛び乗るのだ。


この場にもうひとり、いやふたりの仲間が欠けているのは残念だが、彼女らのと『約束』も間違いなく力になっている。


――俺が必ず止めてやる。

  冬も、氷も、停滞も。


――俺が必ず帰してやる。

  願う世界に、故郷ふるさとに。


アルマとカシス、それぞれとの誓い。 

そしてそう……すぐそばにいる少女との誓い。


――俺は絶対に死なない。約束する、と。


イリムと誓った、絶対の約束が。


------------


「では、これより山を崩す。弟子よ、みなよ、生きて帰ってこいよ」

「ああ」

「当然です!」

「おっしゃあいくぜッツ!!」

「……任されよう……」


そして背後からは『『みなさん、気合入れていきましょう!!!』』との大音声だいおんじょう


ゴーレムから響く、拡声器スピーカーごしの少女の声。

そしてそれはそのまま、開戦のスピーチとなったのか。


「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」


爆発するように、そこかしこから戦士たちの雄叫び。

なかには別の言葉を叫んでいるものもいるが、もはや判別は不可能だ。


だがいい。

気合がさらに入る。


「ゆくぞ! 山よ、500年の長きの護りご苦労じゃった!! 今こそその最後の日、ゆえに開幕の角笛つのぶえはぬしらのものじゃ!!


 ――放てっ! 

 『山崩し』を吹き鳴らせっッツ!!!!」


アスタルテが山々に呼びかける、いな勅令ちょくれいを叩きつけた。


そうして、直後。

目の前の山は文字通り『吹き飛んだ』


ドガガガガガガガガガガガ!!!

バガガガガガガッ!!

ゴガガガガガガガガァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


凄まじい音をたてて山があちら側、つまりは『氷の魔女の領域』へむけ崩れていく。

みるみる山はかさを減らし、次々と魔女の領域を潰していく。

おそらくは、ソコに集結していた魔物ともども。


「おおおおお! かっこいい!!」とイリムの喝采かっさい

「やばいな」


俺も呆気にとられるが、急いで術の想起そうきに入る。


ごうおん音と自然現象に呑まれつつ、しっかりと


「ふう、よし」


選択した術は『竜咆ドラゴンブレス


かつて在った真に偉大な竜エンシェントドラゴンの吐息の模倣もほうであり、そしてそれは今日、本物に迫る……いや超える。

超える覚悟でなくば、魔女の城には届くまい。

だから超える。

単純シンプルな話だ。


ガラガラと、最後の岩が音を立てて崩折れた。

そうして目の前にぽっかりと、山脈の切れ目ができていた。

幅300メートル、予告通り。


そして、その切れ目のむこうには静かな地獄が広がっていた。


白い、すべてが白い。

黒は空をおおう、曇天どんてんだけだ。


冷たい、見るだけで凍える。

死、停滞、終わり。そんな感想しかわかない。


――そして、視界のはてまでを埋め尽くす……白き魔物の群れ。


『山崩し』により潰された魔物など、物の数ではないと宣言しているかのようだ。

事実、崩れた土砂はすでにすべて白く染まり、そこからぞくぞくと魔物が立ち上がっている。


「……すげえな。死霊術師ネクロマンサー顔負けだ」

「……。」


あれこそが、氷の魔女の現能チカラがひとつ。

氷の領域から、その雪から沸き立つ彼女の『眷属けんぞく


彼女の領域は、そのまま彼女の軍勢の前線となる。


「じゃあみんな、少し目を伏せていてくれ」


杖をまっすぐに突きつける。

まるで地平線に宣戦布告するかのごとく。


そう、地平線の先にあるであろう魔女の居城にむけまっすぐに。


―――風が唸りをあげた、否。


見えない何かが、見えないチカラが、ある一点に殺到している。

ただそれだけでソレ以外のモノが空間から弾き飛ばされている。


「おおっ、土精さまが!」イリムが叫ぶ。


殺到する火の精霊に、その他の精霊がはじき出されているのだ。

真実、空間に炎のチカラのみが満ちる。


「――よし! いくぞ……!!!」


無音ののち轟音。


竜骨の、竜の口から巨大な火柱が――大地を割り砕きながら水平に疾走はしった。


まるで竜の咆哮ほうこう、いやそれにも増して。


そう。

かつてありし【火竜】の咆哮ブレス、それが2000年の時を超え放たれたのだ。

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