第265話 「師匠VS竜骨」

山が悲鳴をあげている。

アスタルテにより練り上げられた、極大の精霊力チカラがこめられた防壁が。


その音も、低く響く風の音も。

すべてが「この世界など滅んでしまえ」と叫んでいるかのようだ。


彼女になにがあったのかは知らない。

なぜ世界を滅ぼしたいのか。

そして恐らくは……なぜまれびとを召喚しているのか。


だが、俺はこの世界を選んだ。

仲間がいるから、思い出もたくさんできたから。

そしてなによりイリムがいるから。


「よし」


今度こそ、気合をいれる。

ここからさき、ほんの少しのミスで即終わりを迎える。


氷の魔女に殺されるか……それより先に火竜に殺されるか。


「じゃあ爺さん、頭を借りるぞ」

「ほう……じゃてよ、アスタルテ。それにアナト。はよう封印を緩めんかい」


火竜が高圧的に、そして尊大にふたりの竜に告げる。

その様子だけで彼本来の格がうかがえた。


アスタルテでさえ、畏怖いふの感情が浮かんでいる。

しかしそれをぐっと飲み込み、自信に満ちた声が。


「――弟子よ。ようここまで育ってくれた。そして我は信じておるぞ。必ずやこやつを制し、そして魔女にも打ち勝つとな」

「ああ」


彼女はこのあと、竜骨の役目が終わったら彼を【大樹海】まで運ばねばならない。

氷の魔女を倒さねば、再開はありえないのだ。

気合をさらに引き締める。


そうして、俺は火竜と向き合った。

……その巨大な、巨大すぎる頭骨と。


------------


思えばその案が出されたのはだいぶ前だ。

精霊術師と、ようやく名乗れるようになった頃だ。


火竜の頭骨を媒介ばいかい……つまりは射出口として、魔女の城まで届く極大の炎を吹かせる。


その跡には、火精以外の立ち入る隙のない、いわば焔の道ブレイズロードができあがる。

寒さで凍え死ぬことも、肺を潰されることもない、魔女の城までの高速道路ハイウェイが。


しかし……【竜骨】という最強の火の使い手、その体を杖代わりとしたイカれた案。

それを成すには彼を制御、つまりは一時的にせよ、おのれの支配下におかねばならない。


「では、これより竜骨の封印を緩める。そしておぬしの準備が整い次第、『道』を空ける」

「ああ」


「――よし、ゆくぞ……!」


アスタルテのかけ声。

それを皮切りに、精霊の励起れいきに入った。


リンドヴルムを筆頭に、周囲のすべての火精の手綱たずなを握る。

決して、目の前の火竜に奪われぬように。


だが。

そんな俺の自信は……目の前の圧倒的な存在に叩き潰された。


「――なっ……!?」


ずるずると、チカラが抜けていく。

体から、周囲から、大気から。


あたりの火精との接続リンク経路パスが次々と失われる。握った手綱が引きちぎれていく。

それらは容易に、より強い存在へと引きずり込まれている。


場の支配率が、ぐるりと反転した。


「カカカッ! かかったのぉ!!!」

「!?」


みればぶくぶくと、竜骨の体から肉が湧き上がっている。

沸騰するかのように、枯れ木の骨がみるみる桃色の肉に覆われていく。


「よもや! よもやこの儂が、この最強の竜が! この小僧に負けるとでも思ったんか、のうアスタルテよ!!」

「――ぐうっ!!!」


チカラを、想いをこめる。

精霊に声をかけ、意思を伝える。


……しかし、俺の声はなんの効果もなかった。

この嵐のただなかでは、ほかのどんな声も存在を許されぬとばかりにかき消されていく。


「アスタルテよ! おぬしも耄碌もうろくしたのう! なにが育ったじゃ、なにが信じておるじゃ!! こんな程度のチカラでなにが――」

「いや」


アスタルテは首を振った。

たしかにはっきりと、力強く。


「そやつは育った。いや――育ちすぎじゃ」


アスタルテは言った。

たしかにはっきりと、力強く。


「……ハアッ……っううう」


彼女が何を言っているのかわからない。

自分はもう、限界だというのに。

その限界を超えてなお、力の差は歴然だというのに。


視界が白くかすむ。

最後の火精……相棒との繋がりリンクも、あとすこしで……、


「ハッ! やはりボケたか! まあよい、まずはおぬしの愛弟子をおぬしの目の前で喰ろうてやろう!! なぁに、こんなでも存在濃度チカラの足しには……」


しかしその言葉は、アスタルテの強い言葉によってかき消された。

師から弟子への、堅い信頼の言葉によって。


「まれびとよ……おぬしを信じておるぞ。

 【炎の悪魔】などこの世界には居ないといった、ぬしの言葉をな」

「……アス……タルテ……」


「では、存分に暴れてまいれ!! 

 弟子よ、師を超えよ!!


 ――『封印紋、2番3番の解除を許可する』!!!」


瞬間、俺の中に隠れていたふたつの障害フタが音を立てて砕け散った。

瞬間、場の支配率が逆転した。


「ハアッ!! ハアッ!!!」


体が燃え上がるようだ。

そして……チカラがみなぎるかのようだ。


「ヌウウウウウッッッツツ! よもや、よもや!!!」


目の前の竜骨、いやほとんど火竜に戻りかけていた体が、どろどろと崩れ落ちていく。

崩れ落ちたはしから燃え盛る炎に変わり、つぎつぎと肉体を失っていく。


そうしてみるみる、ただの【竜骨】に戻っていく。

すべての接続リンク経路パスを失って。


この場の火精はすべて、彼のものではなく。

より上位の、【炎の精霊術師】のものとなった。

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