第264話 「この戦争が終わったら……」

目の前には巨大な山脈。

そして後方には俺たちを囲むように、ぐるりと塀が広がっている。


その上にはびっしりと、埋め尽くすように人の姿。

みな、手に手に弓やクロスボウ、数は少ないが魔法の杖を持つ者も。


ここからは見えないが塀のむこうには人の群れ、群れ、群れ。

この半円形を埋め尽くすように、一匹も逃さぬように、隙間なく。


戦術的には後備あとぞなえ……だったか。


弓にも魔法にも限りがある。

それが尽きれば、あとは白兵戦となる。


死人も大勢、けが人ももちろん。

その『穴』を埋めるために、彼らはいる。


俯瞰フォーサイト』で感じた人数は……だいたい東京ドームの満杯より多いぐらいか。


すこし少ないとも感じたが、ここまでの遠征にくわえ各都市に兵力も残さなければならない。


それに、あちらの世界より『個人』のチカラが強力な世界だ。


魔法使い、それに弓でも達人は銃火器となんら遜色そんしょくない。

そして達人はそれらを軽々とかわし、なんなら叩き切る。


そう考えるとこれでも多いほうなのかもしれない。

なにより、俺たちの言葉に応え、ここまで集まってくれたのだ。

感謝しかない。


「師匠、いよいよですね!」


戦意もたっぷり、元気もたっぷりにイリムが声をかける。

この、大群衆に囲まれてのシチュエーションも彼女にはたまらないだろう。

実はちょっぴり、俺も興奮している。


「イリム、この戦いが終わったら結婚しよう」

「ええええっーーーーっ!!」


突然の告白にイリムが目を白黒させる。

よし、フラグ成立。

フラグは建てまくった場合、逆に大丈夫あんぜんになるのだ。


「ハハッ! そりゃいいや!! そんときは俺っちが司祭役になってもいいぜ」

「ああ、頼んだ」

「えーっと……えーっと……」


なおも混乱中のイリムと、カラカラと笑うザリードゥ。

彼は利き手である左に聖剣を、右に曲刀の魔剣をすらりと構えている。

武器持ちの司祭さまか……式の儀式も聖剣でやったりするんだろうか。迫力あるな。


「……はあ、まあ許してやるか……」

「うん?」


ユーミルはなぜだか複雑な表情だ。

疑問に思っていたら彼女から衝撃的な告白が。


「……師匠のこと、私もまあまあ好きだったんだけどな。イリムなら、いいけどよ」

「へーっ……えええええっーーー!!」


さきほどのイリムのように、今度はこちらがパニクる。

まじか、まじかよ。そうだったのか。


「……もしかして、全然気づかなかった?」

「うん」


「……ハッ、最初から眼中にないってか……」「いや」


それは違うときっぱり伝える。


「最初はよくわからんやつだと思ってたけど……ずっと仲間で、いいやつだってのは知ってる。もちろんかわいいしな」

「……。」


「ただ、俺がにぶちんのアホだっただけだ。ごめん」

「……まっ、イリムに振られたら回収してやるよ」


そーはならないだろうけど、とつぶやくように付け加えて。


「師匠、モテモテじゃねーか」

「……ああ、まあ……」


ちょっとまだ頭が平常モードに戻れない。

しかしいまの会話、イリムに聞かれてなくてよかったな。変に気を使わせちゃうだろうし。


……もしかすると、ずっと昔から気づいていたかもしれないけれど。



「ぬしら、これから大戦おおいくさじゃというのに余裕じゃの」


仲間内でわちゃわちゃしていたからか。

アスタルテからお叱りの言葉。


「まあ、下手に緊張しておるよりかは万倍いい。その式、我ももちろん呼んどくれよ」


カカカッ、と笑うアスタルテ。

しかしすぐにスッ……と表情を引き締める。


「では、そろそろやるぞい」

「――ああ」


------------


背後を振り返ると20メートルほど後方にみけの乗るゴーレムとジェレマイアの姿。


そちらに歩み寄ると、ゴーレムみけが体をかがめ手のひらを地面に乗せる。


「……うわー、やっぱアレやるんか」


開戦前の、スピーチである。


『『セブンズアークのリーダー、そしてこの戦いの先鋒せんぽうは師匠さんですよ! もっと元気にいきましょう!』』

「うーん……しょうがないかぁ……」


「師匠クン、大役だな。とにかく気合と、気迫があればいい。中身など誰も気にせんよ」

「気合……気合と」


とにかく暑苦しく3回ぐらい連呼すればいいのだろうか。


……と、アホなことを考えていたら突然アスタルテから声が飛んだ。


「悪いが時間がないようじゃの。むこうから仕掛けよった」

「――!?」


急いで乗りかけたゴーレムの手から飛び降りる。

そうして振り返ると、山脈のそこかしこがごろごろと揺れている。


「むこうもやる気じゃ。この一点に集中しておる。あわよくば、ここに集まったのをまとめて吹き飛ばすつもりじゃろ」

「くっ!!」


急いで仲間のもと、そしてアスタルテのもとへ走る。

そのすぐわきには、巨大な竜の頭蓋骨が。


「ぶっつけ本番だね! がんばってね師匠くん!」

「はい!」


巨大な頭骨のうしろから、水竜アナトさんの姿が。

そうして彼女と、師たる土竜アスタルテにいまも『抑えつけられている』モノ、火竜の姿が。


「ほう、まあやれるもんならやってみるがよい。カカカッツ!!」


自身の頭骨、そのわきに腰掛けるように老人の姿。

体はやせ細り、茶色のローブもぼろぼろだ。


――だが、今だから。

  成長した今だからこそわかる。


こいつは、封印されてなお。

2000年という途方もない時間封印されてなお。


風竜水竜は言うに及ばず、土竜すら超えていると。


「ふーーっ」

「気張るな、弟子よ。さきほどのように余裕でいけ」

「はい」


頭骨に近づく。

ぐんぐんと熱量が上がる。

まるで火山の火口に近づいているかのようだ。


「爺さん」


今から俺は、こいつに。


――最強の竜に挑まねばならない。

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