第263話 「RPGでよくあるやつ」

火竜【竜骨】


2000年とすこし前、暴れに暴れ、好き放題したあげく……土竜と水竜に倒された。

だが、滅ぼすには到底およばず、仕方なく彼女たちは彼を封印した。


火の反属性である、水精と土精のチカラを練り上げた自然の牢獄、【大樹海】にて。

いわばあの森全体で、彼を押さえつけている。ふたをしている。


そのうえで土竜か水竜、どちらかが精霊力チカラを森に注ぎ続けなければならない。


そこまでしてはじめて、そこまでしてようやく、火竜を封印することができるのだ。


かつてアスタルテは言っていた。

「竜といえばヤツ、ヤツといえば竜じゃった」と。

ゆえに火竜はこう呼ばれていた。

ただ【竜】と。

最強ゆえ、ほかの装飾かざりはいらないと。


「……して、なんじゃ? ようやっと封印を解いてくれるんかの、のうアスタルテよ」

「なわけあるかい。お主には明日やってもらうことがある。それが終わったらまた樹海行きよ」


「そうか? 魔女とやらかすんじゃろ、わしを自由にしてくれれば協力もやぶさかではないぞ?」

「あほ抜かせい。全盛期ならまだしも、いまのおぬしは弱りきっておる。安心して隠居しておれよ」


ふーむ……なんか、アスタルテの口調が軽い。心なしか表情も。

昔はそれなりに仲良かったとかなんかな……数千年以上というとズッ友度は高いしな。


なおも言い合っているふたりを置いて、水竜のアナトさんがこちらへ。

相変わらず、透き通るような青い髪と眠そうな瞳。

水も滴る美しさである。


「それじゃ、師匠くん! 明日はがんばってね! 私たちもこのお爺ちゃんの監視兼介護がんばるからね!」

「ええ、よろしくおねがいします」


------------


夜、焚き火を囲んでの晩餐ばんさんである。

あたりにはいくつもいくつもテントや、同じように火を囲む人々の姿。


「師匠、いかにも決戦前夜といった感じですね!」

「ああ。つーかそういう感覚こっちにもあるのね」


戦争映画や冒険映画、そしてRPGにつきもののアレだ。


ちなみに、竜骨の爺さんと別れたあとアスタルテとアナトさんは見張りを交代しつつ、防御陣地の敷設ふせつに参加していた。


といってもここまでおよそ2週間の行軍、投石機カタパルト大弓バリスタなど持ってこれない。

あくまで、ほりへいによるベーシックな防陣ぼうじんだ。


それも、土竜たるアスタルテがバン! と某錬金術マンガのようにあっという間にこしらえた。

両手で地面をはたき、ただのそれだけで大地が思うがままに変革されていった。


『突破口予定地』たる300メートルをぐるりと囲む、半円形の塀と堀。

それをものの1分で完成させていた。


しかし、それ以上に複雑な構造にはしていない。

黒森からの防衛になれている王国の兵士たちと違い、西方諸国は大軍の運用、こまかい軍略は苦手である。


堀ではめ、塀の上から飛び道具。

防御が崩され始めたらおのおの自由戦闘フリースタイル

シンプルなものだ。


俺のうろ覚えな戦争の知識で、下手な作戦をたてるよりはこのほうがいい。

街の兵士だったり傭兵だったり冒険者だったりと兵種ジョブもさまざま。

おのおの、得意に、自由に戦わせるほうがよいだろう。


……ちなみに、この方法だと『敵か味方かわからない』という混乱がまま起こりえるが、今回は心配無用。

ここだけは、魔物の群れと戦うときの数少ない利点だろう。


「……よし、明日の分担は決まった……」


ユーミルが広げた地図をくるくると回収。

明日、『突破口予定地』からいっきに氷の魔女の城まで攻め込む。


魔女の城は元魔王城であり、彼が殺されたあとにそのまま白き居城と化した。

ここから真っ直ぐ北東、リンドヴルムで飛ばしておよそ3時間。


……その3時間、ニンゲン側は耐えなければならない。

彼女の反撃に、彼女の眷属けんぞくに。


そしてその間に、世界が蹂躙じゅうりんされるまえに止めなければならない。

この世界で最初のまれびと……原初はじまり原罪まちがいたる氷の魔女を。


「しっかし、明日は大役だよなァ! ぶっ倒したら世界を救った英雄! ぶっ倒されたら世界崩壊! いいねぇ、男ならわくわくすっだろ?」


ザリードゥから軽くワインを注がれる。


これはドライフルーツやハチミツを混ぜ温めた、いわゆるグリューワインである。

度数も低く、体も温まる。

明日は戦いなので軽く一杯だ。


「いえ、ザリードゥ! 男性でなくとも、戦士なら血がたぎりますよ!」

「おう悪ぃイリム」

「いえいえ、心は戦士であり、そして乙女おとめですから!」


戦士で乙女……戦乙女ヴァルキリーかな。


「俺は……わくわくとかはないかな」

「なんと!」


「無事にやりとげて、あとなによりみんな死なずに……それだけだ」

「師匠はクールですね……とても火属性とは思えません」


「そうね。まあ同じ炎使い、紅の導師も熱血漢ではないしな」


つい、と焚き火の輪からすこし離れて座るジェレマイアを見やる。


彼はパイプをくゆらせながら、意気消沈した様子だ。

それをみけがフォローにまわっている。


「すげなくフラれたね。いやぁ……これはひさびさにショックだ。」

「魔力が高すぎるので逆に嫌われたのでは? きっとそうですよ!」


彼は念願の【竜骨】にまみえ、頼み込んだのだ。


上古じょうこの炎、蜘蛛を殺しうる炎を、どうかどうか授けてくれ」と。


しかし、彼は竜骨に言われたそうだ。


まったく適性はないと。

ゆえに授ける意味などないと。


「こっちで産まれてこのかた、神童だの天才だの呼ばれ続けていたからね。認めよう、テングになっていた……と。使い方、これで合ってるかな師匠クン」

「えーと、そうですね。天狗てんぐは調子こいてるとかそんな感じです」

「ハッハハ! 君も言うねえ」

「いえ、俺も昔はそうだったんで」


テングさんといえば干し肉ジャーキーが旨かったな。

結局、この世界であれを超える干し肉にお会いしたことはない。


その後も、みけはああだこうだ、ここが凄いとジェレマイアのフォローに回っている。


その口調や、表情を見ていると……うーん、やっぱ。

気があるのはたしかかなぁ。


みけも今年で15、この世界では成人だ。

言うまでもなくアレやコレやソレに興味もあるだろう。


「……そーいや……リディ姉も一時期、ジェレマイアには憧れてたな……」と小声でユーミルがささやく。


「えっ? ……ああ、そっか。子どものころに一緒に、交易都市の地下に挑んだんだっけ」

「リディ姉はデス太ひとすじだからあれだけど……そうじゃなかったら惚れてたんじゃねーかな」

「ほうほう」


少女によく惚れられるイケオジの魔法使いか……さすが転生者というか、なんというか。

男の俺からみてもジェレマイアは不思議な、色気をふくんだ退廃たいはい感をまとっている。


それでいて超強い。頭も回る。

一部の女子からしたらたまらないだろう。


しかし彼の日記に従うなら、彼は今年で45。

死霊術少女ネクロマンサーガールはオジ専が多いのか?


……まあ、見た目は30前半と言ってもいいのだが。

アレも転生特典だろうか。


……だが『前世』は低く見積もっても60は超えたころに亡くなっているはず。

つまり『中身』は合計100歳以上のお爺ちゃんなのだ。


そんな彼に、娘のようなみけを任せる。

つーかまあ、アレやソレやコレもやるだろう。


「――お父さんは許しませんよ!!」思わず叫んだ。

「ひゃっ、なんです!? 突然立ち上がって……」みけがびびっている。


「あっ、すまん。思わず……」


素直に着席。

ふうあぶねえあぶねえ。


「……師匠は余裕ですね」

「ん、イリム?」


「みけちゃんの心配もいいですが、明日は決戦ですよ。なのに、師匠はずいぶん余裕がありますね」

「……んー」


言われてみれば、そうかもな。

命がかかっているのはたしかだが、それよりまわりの心配というか。


「まあみけちゃんにはみけちゃんの人生があります。あの『館』から助けたときから、その瞬間から、彼女は自由になったんですから」

「……。」


「誰を好きになるかも、誰と一緒になるかも。どう生きるかも、どう死ぬかも……それを選べるのは、とても素敵なことです」


ぎゅっ、とイリムにやさしく手を握られる。

それだけで、俺の勝手な親心はほどけていった。


「うん……まあ」

「優しく見守りましょう」


そうだな。

別にジェレマイアとくっつくと決まったわけじゃないし。

もしそうなったとしても彼は俺のもうひとりの師匠であるわけだし。


……もし彼が、ハーレム転生者のような人だったり、カジルの兄貴のような人だったりでみけを泣かせるようなことがあれば問答無用でぶっ殺すけどな。


いや、KOOLクールになれ。俺はK1ではない。殺すのはダメだ。


半殺し、半焼きでいこう。

ミディアムレアぐらいで勘弁してやろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る