第260話 「城塞都市にて」

※少し長めです。

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フラメル邸を出発し、『帰還』の魔法で自由都市までひとっ飛び。

今は、さらなる改造をとげた『飛行馬車』でぐんぐんと北へとむかっている。


「リンちゃんもさらに速くなりましたね!」とみけ。

「ああ、これも風竜のヤツのおかげかな……」


あいつとやりあった経験か、リンドヴルムはさらに強くたくましくなっていた。

サイズは据え置きだが、うちに秘めたチカラがそれを物語っている。


つーか、これ以上デカくなるとおいそれと呼び出せないので困る。

今でさえ、広間で顕現けんげんしたら部屋が割れちゃうしな。


「これは見事なものだね。『飛行』は魔法のなかでも特に難しい。これがあればかの飛行要塞にも……」

「ジェレマイアさん?」

「いや。それにこの乗り物も素晴らしい。流体力学的にも……特に風防がいい。おかげで、こうして煙を楽しむこともできる」

「や、そこはみけと館のメイドさんたちのおかげです」

「高校物理もバカにできんな。いや数学かな。彼女らなりに、いろいろ工夫したのだろう」

「いつも助かってます」


ジェレマイアはパイプをぷかぷかとくゆらせているが、みけに配慮してか煙は彼のまわりだけをきれいに漂っている。

匂いはまったくしない。


「私もちょびっとだけ、『科学』というのを教えてもらいました!」とみけ。

「そうか、しかしそれはオススメしない」

「うん?」


「君が知らずに使うのならいい。この飛行馬車みたいにね。ただ、理解が深まるのはよくない。私のように逆ならなんとかなるが、君のような生粋の魔法使いは科学に対しては無知であれ」

「ふーん……そうですか……。ジェレマイアさんが言うのなら、そうします」


おおっ、みけがずいぶん素直だな。

こと知識に対して貪欲どんよくな彼女にしては。

やはり紅の導師のネームバリューは偉大だ。


……憧れ以上のなにかも含まれていそうで、ちょっと気になるけど。


みけが将来、ジェレマイアを紹介してきたらどうしよう。

後見人として、娘のような彼女が、俺より年上の(転生者なので中身はそれ以上だしな)彼を連れてきたら……。


あっ、ちょっとお腹痛くなってきたぞ。

そうならないよう祈っておこう。



……そうして、3日ぶっ続けという飛行を成し遂げた相棒リンドヴルムのおかげで、極めて迅速に【城塞都市】へとたどり着いた。

もちろん、飛行しながらでも安眠できる環境は、みけとメイドさんたちのおかげである。


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城塞都市の誇る長大な城壁ウォールの上にて。

そこですら狭すぎると、リンドヴルムは窮屈きゅうくつそうだ。


「大丈夫か、相棒」

「グワァアア!!」


ふーむ、元気だ。心配ない、と。

言葉としてはわからずとも、しぐさや顔でわかる。


「グワッ、ガァアア!!!」

「ふむふむ、わかった。こっちも大丈夫だ、しばらく休んでてな」


律儀に許可をとった彼は、城塞都市の塀を超えて北へと飛んでいった。

かつて大翼竜の根城であったニカレスト山、その山腹にてチカラを回復するのだと。


「師匠はいいですよね~、私も精霊のお友達が欲しいです」

「ふーむ、イリムはまぁ……」


たぶん無理じゃないかな。

こうして『視る』とわかるが、精霊術に関してはそろそろイリムは打ち止めだと思う。


アスタルテの『山落とし』や『隕石メテオ』はおろか、『精霊顕現けんげん』も不可能だろう。


「そういえば私と同じ土……アスタルテさまはリンちゃんみたいな相棒、いるんでしょうか? 見たことありません」

「あーあ……アイツか」

「見たことあるんですか!? 土、というと何でしょう。みけちゃんわかります?」


話をふられ、みけがにまっとした笑顔で答える。


「ふうむ、錬金術では四大の火はサラマンダー。そして土はノームです」

「ふむふむ」

「しかし師匠さんのリンちゃんのように、より成長することを考えるとただのノームではないでしょうね。そもそも、ノームというのは伝承や記録によりあやふやな存在でして……」

「ほうほう!」


みけの講義がしばらく続く。

なんだか、昔の俺とアルマを見ているかのようだな。

彼女の教えたがりなところもみけは引き継いだのだ。


「……ふう」


まあいい。気分を切り替える。

俺は修行中、いちど正体を見ているのでネタバラシはあとにして、城壁の後方へと移る。


「よォ師匠。見ろよ、壮観だな」

「ああ」


ザリードゥとともに壁から下、城塞都市の町並みを見下ろす。


黒々とした石造りの建物のあいだあいだに、人の群れ。

各都市から集まった兵士や傭兵、冒険者の姿だ。


「ごった返してるな」

「まあ、西方諸国は都市国家の集まりだ。ゆえにこれまで大戦おおいくさの経験は少ない。これだけ集めるのも初めてじゃねェか。だから……」

「あっ」


見ると、大通りのど真ん中で殴り合いのケンカをしている者が。


「集団行動はちょっち苦手なのよ。せいぜい100対100ぐらいの領地紛争がほとんどだ」

「うわー、アレ……ちょっと止めるか?」


ここから100メートル。

ぎりぎり、『俯瞰フォーサイト』からの自由射撃フリーファイアが届く距離である。

物質化マテリアライズを100%にし、威力を徹底的に殺した『火弾』なら気絶ですませられる。


うまく位置を調整し……彼らの背後から……、


「まて師匠、その必要はねェ」

「うん? ああ、なるほど」


見れば、人だかりをかき分けてぐんぐんと進む大男の姿が。

そいつはケンカに励むふたりの男の首根っこをつかみ、そのまま吊り上げた。

いともたやすく。


イリムの並列想起の助けとなった、弓使いのカイランである。

矢を3本同時に放つ、変態弓術の使い手だ。


「カイランか。相変わらずおせっかいが好きなヤツだな」

「そういや、ザリードゥとの出会いもこんなシチュエーションだったな」

「……ああ、そうだな」


黒森から王国を守る北の砦にて。

彼は吊られたまれびとの死体を、さらなる暴力から救った。

あれがなければ、俺はザリードゥに声をかけることもなかったはずだ。


「あらためて、ありがとう、ザリードゥ。

 もちろん殺されたまれびとには意味がないかもしれないけど……オマエのあの行動をみて、元気付けられたヤツは俺以外にもいるはずだ」

「なんだよ水臭え。つーかよ、」


「俺っちは今でも、まれびとってのはよくわかんねェよ。特に同情してるわけでも、嫌ってるわけでもねェ。……ただな、」

「ああ」


「仲間が、友達が頼んできたことだから協力してるだけだぜ」


ニカリ、と口もとをキザに歪めて笑うザリードゥ。

……本当に、俺は仲間に、出会いに恵まれている。


「それに、仲間で旅するっつーのも新鮮で楽しかったしな。これを思い出としてとっとくためにも、次の戦いはキバんねぇとな」

「ああ!」


肩を強くはたかれ、釣られて強い口調で彼の言葉に応えた。


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しばらくすると『戦力増強』もとい『死者の勧誘』が終わったユーミルと合流。


「……さすが城塞都市、世界を守る戦いだぞって声かけたらじゃんじゃんいてきてくれた……これはすごい」

「そ、そか」


彼女が合流してから、体感気温が1度ほど下がったのは気のせいではなかったようだ。



それから、みけによるイリムへの講義も終わったのか5人で城壁からあるものを見下ろす。

街の広場の中央にデデンと鎮座する巨大なモノを。


巨大ゴーレムギガントマキア……やっぱ目立ってるなー」


周囲には人だかりができており、中にはふざけて登っているものまでいる。


「戦意高揚、でしたっけ。 師匠の案ですよね?」

「ああ。こちらの陣営にあれだけ強力な兵器がある、ってのはまず間違いなくプラスになる。それに、世界共通でオトコノコはロボットに憧れるもんだ。これも絶大な効果がある」


「私もあの子に乗って暴れるのは楽しいですね!」

「おお、みけもロマンがわかるか」


アスタルテの『地脈移動』であれば、決戦地点である北方山脈までアレを移送することもできた。

だが、こうして戦いの前にお披露目するのは正解だったな。


もちろん、それ以外にももうひとつ、大事な大事なお役目がある。

食料の運搬うんぱんである。


目下、城壁の北側にはたくさんの荷車と、たくさんの物資が山と積まれている。

ここから北方山脈まではおよそ2週間。

そのかんの行軍の物資のほとんどを、アレで引っ張っていく予定だ。


「そーいやぁよ、ここで食い止めるってのはやっぱダメなんだよなァ?」

「ああ、ここの城壁じゃあ若すぎる。それに横に長過ぎる」


そう。

氷の大群をせき止める。

そのためにはまず、『魔女の領域』自体を押し留めねば話にならない。


もし敵が、魔物の大群のみならばこの『城塞』都市は適任だろう。


長く堅牢に作られた壁。

カタパルトやバリスタなどの数々の設置兵器。

常駐した兵士も、ここでの戦いに慣れている。


しかし、ひとたび『魔女の領域』に呑まれれば……そんなもの、なんの意味もない。

凍てつく大気により肺が破れ、あふれる血により窒息死する。

そうして、ひとり残らず死に絶える。


「でも、アスタルテさまの【北方山脈】なら大丈夫ですよね。古さも、強さも一流です」


みけの言ったとおり、魔法の概念において、長く『る』というのはそれだけで強いチカラを持つ。

500年ものあいだヒトの世界を守ってきたという実績、いうなればいわくも十分だ。


作戦では、山脈の一点を切り崩しそこから仕掛ける。

その幅はおよそ300メートル。

その300メートルを、召集したみなで死守してもらう。


一匹たりとも、ヒトの世界に踏み入ることのないように……。

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