第259話 「出立」

出発の日、すなわち決戦へむけ旅立つ日。


フラメル邸の大広間に設置された『帰還』の門のまえに一同揃う。

ここをくぐれば大陸の南西たる自由都市のラザラス邸までひとっ飛びであり、そこからはリンドヴルムによる空の旅。


ワープと紅竜ドレイクにより、極めて迅速に目的地たる【城塞都市】にたどり着く。


「みなさん……ご武運を」

「ああ、スミレ。ありがとう」


フラメル邸、そして開拓村に残ったまれびと達を代表して、スミレが戦勝祈願を。

彼女の後ろには開拓村に残った20人と、先日受け入れたドワーフの子どもたちも。


「師匠サン! 頼みましたよ!!」

「ああ、コバヤシさん」


彼とも握手をかわす。

カシスの件で彼はいちど真っ白になり、そこから奮起ふんきしいまや自警団のリーダーだ。

そしてとなりには目隠しをした女性と、少女の姿。


そう。

彼は、残る選択をしたまれびと達を守るために、責任あるリーダーとして。

そして、愛する家族を守るために。

この世界を選んだのだ。


「予定日は……再来月だったか」

「ええ! いやぁ今から楽しみっすね!」


彼が残った大きな理由が、赤子の問題である。

みけによると【まれびとの世界】はマナ、精霊力、エーテルともに非常に希薄きうすで、魔物はおそらく生きられないそうだ。

そして、ただの動物や植物でさえ、この世界の生き物は多少なり魔力に依存していると。


もちろん、まれびとである本人は問題ないが、【この世界】で受胎じゅたいした赤子がどちらに属するかはわからないという。

あちらの世界で出産し、その極めて弱い生命力が、【あの世界】の環境にさらされたら……どうなるかわからないという。


「まあ、俺もこの役目が済んだら、別のお役目でがんばるつもりだ。コバヤシさんの子どもにも友達がいるだろ?」

「おおっ! 楽しみに待ってますよ!」


「もうっ、師匠!!」


ゲシ、と後ろからイリムの蹴りがヒットする。

だがまったくダメージはゼロだ。


そうして今度はカジルさんとミレイちゃん。

そういやこちらも新婚さんである。


「旅人さん、村に来たころが嘘のようだな。あのころはさんざん、攻めがダメだの動きが遅いだの言いまくったが……」

「いえ。あれがなかったら……カジルさんとイリムが訓練に付き合ってくれなかったら、俺は速攻で死んでました」


頭を下げる。

その肩を、ぽふんとカジルさんの手が叩いた。


「じゃあその恩は、世界を救うことで返してくれ」

「わかりました」


「……それと、いつ伝えようか迷っていたが」

「?」


ぐい、とカジルさんが顔を近づける。


「あの日、イリムが旅人さんを見つけた日、あの場所。本来の巡回はガルムの役目だった。だが、それを巫女さまが変更した。『誕生日を迎えたあの娘にせよ』とな」

「……それは」


「イリムも変更は知らない。そうしてイリムは旅人さんを助け、あんたは人さらいの件で活躍した。だから、それが役目なのだと思っていたが……だいぶ違ったようだな」

「…………。」


たしか、獣人村の代々の巫女さん……精霊使いシャーマンが使う文字は日本語である『まれびと文字』だと聞いた。

そのおかげで、俺が村に残した手紙もきちんと翻訳された。


……ふつうに考えると、彼女らのはじまり、開祖はまれびとだろう。


あちらの世界で本職の巫女さんだったり、予知能力でもあったのだろうか。

それが代々遺伝して……、


イリムを見ると、彼女は妹と抱き合っていた。


「大活躍してきますよ! 安心してください」と自信満々の姉。

「でも……本当に無茶しないでね」と涙顔の妹。


こちらの話は聞かれていない。


「たぶん、

 旅人さんがあそこに飛ばされ、イリムに助けられ。

 竜骨に出会い、村を去り、旅をして……強くなり。

 そうしてついには魔女に挑む、魔女を止める。

 ……そのために、あんたは喚ばれたんだろう。俺はそう思う」

「……ええ、そうかもしれません」


ジェレマイアにも言われた。

まるで始末人だと。

それはあながち間違いでもないだろう。


「てことはだ。そんな旅人さんが負けることはありえないってことさ。村や館は任せて、存分に暴れてこい」

「はい」


そう。

カジルさんと、そしてミレイちゃんはこちらに残ることとなった。

彼は斥候戦士レンジャーとして極めて優秀だが、戦争や大群相手の経験はない。

ゆえに、冬との前線に出ることよりも、開拓村と、フラメル邸を守る役目を選んだのだ。


王国側は【古戦場】にて冬の大群を迎え撃つ。

さらには強力な助っ人も……気分はあまり乗らないが取り付けた。


だが、万が一ということもある。

もしものために、強力な戦士が村を守る必要がある。


上級戦士であるカジルさんと、中級終わりかけのミレイちゃんやコバヤシさん。

彼らが、開拓村に残ったまれびとと、ドワーフの子どもたちの守り手だ。


「それに、水竜のアナトさんもいますしね」

「ああ、水竜さまか……あの方も素晴らしい女性だったな」


遠い目をするカジルの兄貴。

おいおい……ミレイちゃんを泣かせるようなことは謹んでくれよ。

まあそのときは前みたくボコボコのギタギタにされるんだろうが……。


彼は一度開拓村で間違いを犯した。

道に転がっていた彼は、まさしく小汚いボロ雑巾のようであった。

あとすこしで踏んづけるところであった。


俺がイリムにあれをされたら、種族耐久値パッシブ的にたぶん死んでしまう。

彼のような間違いを犯さないよう、肝に命じておこう。


……まあ、今はその話はいいか。


最後にオトコ同士、がっしと握手をかわした。

その握力は、いまでも頼りになるものであった。


それからメイド長のじいやさんとみけ、ベルトランさんのさらなる激励。

面々と言葉をかわし、ついに出発のときとなった。


「それじゃあ、待ってるからね」

「ああ、カシス」


彼女とは約束がある。

必ずあの世界に帰すという約束……いや、すでに決定した未来が。


「みんなと……イリムちゃんをしっかり守ってね」

「大丈夫ですよカシスさん! むしろ師匠は私が守ります!」

「ふふっ、そうね。任せたわよ」

「はい!」


「ザリードゥ、ユーミル。ごめんね、ついて行けなくて」

「ハッ、勇者のヤロウに一発かましたのはオマエだろ? もっと堂々としてろよ」

「……私はそれ見れなくて残念。まあ、カシスにあの短剣ミストルティン託した私の英断もあるけどなー」

「えっ、それ結果論じゃね?」

「……うるせーなトカゲは……そんな細かいこと気にしてるから変温動物なんだよ」

「いやいや、それはワニとかで俺っち達は違げェから。むっちゃ恒温だから。師匠も言ってたぞ、恐竜とかいうのに近いんじゃねーかとかなんとか……」


こんな場でさえ言い合うふたりを見て、カシスが思わず吹き出す。

まあ、このふたりはなんだかんだ仲がいいのだ。

はたから見てるとそうとしか思えない。


そんなふたりをひとまず置いておいて、お次はみけ。


「みけちゃん。もし危険だと思ったら……」

「いえ! アレに乗った私はむしろ一番安全です。それにジェレマイアさんもいますしね」


みけが振り向くと、壁にもたれかかってパイプを吸う紅の導師の姿が。

彼は今回もみけの補佐……つまりはゴーレムの射撃手になることを名乗り出た。


「子どもが戦場に出るのは本来異常だ。だがそうも言っていられんのも事実だ。ゆえに私が守りきろう」と。


うーん、頼りになるね。

この場をしてナンバーツーの彼が付くのは、やはり心強い。


「……その、お願いします」

「ああ、任されよう」


カシスはジェレマイアに苦手意識がある。

破格の実力がありながら、まれびと問題には干渉してこなかった彼に思うところがあるそうだ。


一度など、彼に突っかかったこともある。

それに対する返答もそっけないものだった。


「そろそろ行きましょう、師匠!」


イリムの元気な声を合図に、再度みなを見渡す。

お別れではなく、再開を約束して。


「では、行ってきます」

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