第258話 「最後にならないための晩餐」

「「「かんぱーい!!!」」」


コップとコップが打ち合う音と、ついでみなの歓声。

ここはフラメル邸の食堂であり、長いテーブルに色とりどりの料理やお菓子が。


まあ、つまりは戦勝祈願のパーティである。


明後日には合流地点たる【城塞都市】にむけ出発しなければならないので、最後の休憩ポイントというわけだ。


メンバーはいつものみなに加え、アスタルテ、館のメイドさんたち、メイド長のじいやさん。

それと……当主のベルトランさん。


「ガハハハ! しかし師匠どのは当然として、イリムくんやザリードゥどのもずいぶん強くなりましたな! もう私ではまったく歯が立ちませんぞ!」

「ええ、彼らにはいつも助けられてます」


領主としての、いわば表のフラメル家当主が彼なのだが……じつはいままであまり交流がない。

なにしろ家にほとんど居ないのだ。


上級の三ツ星冒険者として、あっちにフラフラこっちにフラフラ、生前のアルマにも「錬金術など学ぶ暇はない!」と豪語し妹を困らせていた。


ちなみに術師としていわば裏のフラメル家当主はみけである。

教師であるじいやさんからすると、錬金術師としてはまだまだ未熟だとか。

魔力だけ極振りだもんね。


「冒険者たるもの、大戦おおいくさは胸が躍りますな! 『世界の命運をかけた戦い』『魔王の城へ挑む勇者』、うむ! 素晴らしい!」

「……えーと」

「後者には遺憾いかんながら力及ばず、むしろ足手まといで参加できませんが、前者では奮って活躍いたしましょうぞ!」

「ええ、お願いします」


うーむ。

イリムもそうなんだけど、この世界の戦士はこういう人が多い。

戦うの大好きというか、剣と剣を交えることが娯楽というか。

イリムやザリードゥも初対面でさっそくタイマン勝負20連を回していたし。


俺は……胸が躍るとか、戦い大好きとかはない。

できれば避けたいが、必要だからやる。

それだけだ。


ちなみに当主がふたりとも出張って留守になるが、そこは優秀なメイドさんたちがしっかり家を守ってくれる。

そのなかに、元ラザラス邸のメイド……つまりはまれびとであるスミレとエリナもいた。

ふたりにも声をかける。


「あっ、師匠さん。今晩の料理はどうでしょうか」

「美味いよ。さすがというか、現代の知識もかなり活用してるよね」

「ええ、それはもちろん」

「私は料理は苦手だなー」とエリナ。


スミレはラザラス邸ではメイド長、そしてここフラメル邸ではじいやさんに次いでサブリーダーのような立場である。

正確には女主人だとか家政婦ハウスキーパーだとか名称や分類があるそうだが、ややこしいので覚えていない。


ちなみに彼女らも残る選択をした。

あちらの世界に帰りたくないのか、こちらの世界で責任が増えたからか。


より軽い……というか明るい理由もあるにはある。

彼女らふたりは、ここのご当主さまに惚れているのだ。


ふわふわ茶髪ガールのエリナはストレートに、三編みメガネのスミレはカーブ気味に。

たまーに訪れるベルトランさんに好意を向けている。


好きな人がいるから残る。

まあ、俺の理由だっておおくはそれだ。


しかし、ベルトランさんは今年で三十路みそじ

対して彼女らは20歳はたち一歩手前あたりだが……これがイケメン補正か。

たまにしか居ない、というのもポイントかもな。


「しかし師匠さん、責任重大ですね。この世界のひとはもとより、残る選択をしたまれびと全員……失敗したら恨みますよ」

「それは安心してくれ。絶対に負けない」


「そうじゃな。我も保証しよう」


と、後ろからアスタルテの声。

みれば、スミレとエリナが緊張している。


まあ無理もないか。

フラメル邸での2年の修行中、最初はかわいいお客様、みけのお友達としてアスタルテは扱われていた。


ふたりはお菓子を作ってあげたり、遊び相手になってあげたり。


だが翌日、海岸沿いの浜辺で俺とアスタルテの修行を見てしまいその認識をあらためた。

幼女こえーと。

子供扱いしたのやべーと。


それ以来、このふたりはアスタルテを避けている。


「この四方、土のアスタルテの名に誓って保証しよう。我が弟子は、十分以上に育ったとな。魔女を殺し、こやつが四方入りするのももうすぐじゃ。

 クククッ……楽しみじゃの。師弟でそろって四方入り。史上初の快挙じゃ」


ふふん、と眼光するどく宣言する幼女。

さらにびびるメイドさんふたり。


「……あのな、アスタルテ……ちょっと来てくれ」

「なんじゃな」


師の手を引き、食堂のすみっこへ。

ちなみに彼女の手も、腕も、力を入れれば折れてしまいそうなほど華奢きゃしゃだ。


……修行中にさんざん、それは大きな間違いであると思い知らされたけどね。


「あのさ、あのふたりにはもうちょいマイルドに接してやってくれ。つうかあの『にらみつける』は一般人にはよろしくない」

「ほうか」


うん、あんまり聞いてないね。

彼女のヘビのような眼光は、まさしく一般人の防御力をガン下げする。主に精神メンタル面を。


俺やイリムなど、ある一定のチカラを得ていればたいして怖くはない。

……というか、いや……。


腰をおろし、目線を彼女と同じにする。

「?」という顔でこちらを『にらみつける』アスタルテ。


……やっぱり、まるで怖くない。


昔は、さっきのふたりほどではないにせよ、俺もびびっていた。

今は、というかいつからか、彼女を怖いとは思わなくなっていた。


彼女のひととなりを知ったからか、それとも彼女との差が縮まったからか。


よりじっくり……まるで戦いのとき、相手を観察するかのように『眼』をひらいてこちらも彼女を『にらみつける』。


ああ、そうか。

なるほどな。


……たぶん、全力であれば彼女に届くこともできるかもしれない。

ひとつかふたつ、障害ハードルがあるだろうが。


こちらがそんな、師にたいして失礼な行為ステータスチェックをしていると、なぜか彼女は神妙にうなずいていた。


「――ハッ……そうじゃな。おぬしが長命種であれば、考えんでもない」

「うん?」


「子を成し、より強い個体を育むことよ」

「……なんでそうなる」


話の流れ的に。


「竜族のあいだではな、オスとメスで互いの眼光をぶつけ、両者の力量を問う。強さ、器、その身に宿した精霊力チカラ。おぬしはまあ、及第点じゃ」

「まじか」


ドラゴンさまから力量を認められるのは素直に嬉しいが、子を成しうんぬんはちょっとね。

実年齢数千歳だし、見た目幼女だし、俺にはイリムがいるし。


そうして気づけば、すぐ隣にはイリムの姿が。


すでにお酒でできあがっているのか、顔も赤い。笑っている。

しかし目は笑っていなかった。


「うふふ、師匠……そういうことですか」

「えっ、なにが?」


怖い。


「私の耳はいいんですよ! 子を成し……ってアスタルテさまとエッチなことがしたいってことですよね!」

「えーっと、俺が言ったわけでは……」


「アスタルテさま、たしかに言いましたよね!」

「ほうじゃの、『子を成し、より強い個体を育む』とな」

「ほら、師匠の嘘つき!」

「ぐふっ!!」


みぞおちに強い衝撃。

イリムのグーパンがタイムラグなしにクリーンヒットしていた。


------------


そののち……ぺこぺこと頭を下げるイリムの姿。

言葉が足りなかったアスタルテが、再度説明をし誤解は解けたのだ。


「ごめんなさい師匠、師匠ならやりかねないとつい……」

「ああ、まあお前も飲んでたしな」


後半のセリフが気になるけどね。

くそっ、交易都市でののぞき見疑惑以来、そっちの評価は下がり気味だよ……。


「そういやぬしら、子はまだかの」


と、とうとつにアスタルテからしゅうとめのような質問が。

見ればイリムは顔を赤らめている。

まあ、酒のせいかもしれんが。


「えーっと、まだですね」

「ほうか。やることやっとるのに出来んもんじゃの」

「……あははは」


ほんとに姑みたいだ。


「ぬしらの子であれば文句なく強い子が産まれるじゃろて。母、父ともに精霊術師。竜種には及ばんが、並のエルフよりも精霊に好かれた赤子になろうぞ」

「冬をなんとかしたら、その後しっかり善処します……いてっ!」


イリムに尻をつねられる。

定番の反応だが、なんだかんだかわいい。


しかしそうか、子どもか。


産まれたときから精霊に愛され……なんて、まず間違いなく天才になるだろう。

増長しないよう、いろいろ気をつけないとな。


その点、みけという前例があるのでたぶん大丈夫だろう。


それに、そんなチカラができるだけ必要にならないように、

俺やイリム……それにみなで、この世界の脅威を終わらせなければ。

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