第257話 「青のころも」

まれびとを『帰郷』させてからさらに1週間が経った。


その間、各都市と……そして王国とも協議をした。


冬との戦いの手はず、段取り、その他もろもろ。


すでにまとまっていた西方諸国はいいが、王国は大変だった。


まず、お偉いさんとの交渉や、政治的なあれそれが苦手だし。

王国というだけあって考え方がいろいろ合わないし。


そしてなにより……俺たちがたいそう恐れられていた。


【古戦場】での戦い。

風竜と、勇者と、賢者との戦い。


荒れ狂う風と、雷と、炎と。

さらには巨大ゴーレム、鎖の嵐。


あの戦いを遠くからながめていた王国の兵士や、冒険者たちからすれば、そしてそれを伝えられた人からすれば……まあ、無理もないだろう。

俺だって昔は、隣にサイヤ◯が引っ越してきたらイヤだとかぬかしていたのだ。


だが、防衛しない限りは氷に蹂躙じゅうりんされるだけ。

そもそも選択肢などない。


結局、いやいやながら王国も戦いに参加することとなった。


彼らの役目も西方諸国と同じく『氷の魔物に対する防波堤』



氷の魔女との戦い、その開戦スタート地点は大陸の北西、北方荒野からである。


そして彼女の領域を本格的に侵せば、まず間違いなく反撃がくる。

冬自体は俺が押し留めるとして……問題は魔物だ。


氷の魔女の尖兵、冬の魔物の軍勢。


2年前の交易都市で戦ったやつらを思い出す。


氷の彫像でできたかのようなオークに、トロール。

そして冬翼竜スノーワイバーン


アスタルテによれば、恐らく。

あのときの比でないほど、群れをなしてやってくるだろうと。


押し留めるには横に広がり決して漏らさぬ防御、つまりこちらも軍勢が必要となる。


アスタルテには『役目』があるし、俺も魔女に挑まねばならない。

だから、大軍と相手する余裕はまったくない。


このために、西方諸国をめぐったし、王国とも協議をした。


西方諸国は開戦地点たる【北方山脈】で。

王国は古戦場にできた新たな山脈【南方山脈】で。


それぞれ決死で国を、つまりヒトの領域を守らねばならない。


「……ふう」


もう、西方諸国の各都市から援軍が、さかいたる城塞都市に集結し始めたころだ。

つまり、来週には俺たちもここを発たねばならない。



そんなころ、あまり会いたくないやつがフラメル邸を訪れた。

多くの、ちいさき人を引き連れて。



「久しぶりです、炎の悪魔……いえ御使いさん」

「へえ、またいちだんと強くなったみたいだね」


【異端の魔女】リディア、

そして死神【月喰らいイクリプス】である。


後ろには、ぞろぞろとドワーフ族の姿が。

豪華だが、そこまで広くない庭が人でいっぱいになる。


「……わっ、やっぱ生きてたかリディ姉……」

「ユーミル、やりましたね。まさか【賢者】をくだすとは。それでこそ私の妹、そしてレーベンホルムの娘です」

「……まー、リディ姉がくれた館とか、霊とか、いろいろあるしなぁ……」


「それで、かのエルフの娘の霊魂は? 当然回収……」

「してない」

「なんと!」


リディアがくらくらっと、近くのベンチに倒れ込む。

頭もかかえて、ずいぶん大げさなリアクションだ。


いつも尊大にして唯我独尊せかいはわたしのものといった態度の彼女にしては、珍しいね。


「……なぜっ、なぜでしょうか? もはやこの大陸を去ったエルフたちの、とても貴重で希少な魂が……」

「殺して、終わった。……私はそれでいいと思ってる」


「でも、でもエルフですよ! 見ようによってはまれびとの魂よりも貴重で、」「希少レアだろーな」


リディアの言葉に割り込むユーミル。

なんだか機嫌が悪そうだ。


「……私はリディ姉じゃない。さらに言えばレーベンホルムのやり方も好きじゃない。……私は、ついてきたい人だけ連れて行く。無理強いも矯正きょうせいもしない」

「……そんな。でも、あの女はあなたたちの仲間のひとり、フラメルの娘の死に遠因があるでしょう?」

「ああ、そうだね」


私たちネクロマンサーなら、むしろ死んでからが復讐の本番では?」


本当に、彼女はブレないな……。

だが、それに対するユーミルの返事はそっけないものだった。


「そういうのは、趣味じゃない」

「……そうですか」


しばらくもごもごとなにか言いたげにしていたリディアだが、「まあまあ、それより本題に入ろうよ」と死神に肩を叩かれ気を取り直した。


「ええ、失われたものにたいするショックが大きかったですが、そうですね……乗り越えましょう」

「そうそう、前向きにいこうよ」


そうして彼女らの本題とは……ある物の回収と、ある者たちの搬送はんそうであった。


------------


「『イクリプス』ってコレか。勇者が使ってた魔道具だが、なに? コレあんたのなの」

「そうなるね」


死神は、俺が手にした群青色の布切れを指さして、それから自身の青衣あおごろもをヒラヒラと主張する。


「色が同じだろ? 大昔、僕の衣からこぼれ落ちたモノなんだ。それを古代人がいろいろいじくり回して、そんな立派な魔道具に」

「へーえ」


たしか、この世界において異能ユニークの始まりは死神たちだったか。

それを真似るために作り出されたのが『触』と聞いたが、まさか原材料も同じとは。天然素材100パーセントだったわけか。


「だからそろそろ、元の持ち主に返してほしい。それはいわば僕の一部でもあるからね」

「……。」


どうしようか。

敵か味方かわからない、この危険なコンビに返してもいいものか。

『自己の存在確率を操る』という、超一級の魔道具を。


「君がなにを考えているかわかるよ、まれびと。でも重ねて言おう。それは僕自身だ。返してほしい」

「……ああ」


仕方ない。

目の前にしてわかった。

こいつは……水竜よりも、風竜よりも、もちろん俺よりも強い。


師であるアスタルテには一歩及ばずといったところ。

つまり、この世界の最強格たる【四方】の、今の末席はこいつだ。


蜘蛛に、魔女に、幼女に、死神か。


こうなるとニンゲンがひとりしかいねぇ。

さすが、バケモノが跋扈ばっこするファンタジー世界だ。


俺がしぶしぶ『触』を差し出すと、それを受け取るイクリプス。

……なぜか、俺の手に触れないように。


「で、おつぎは彼らだ。帝国のドワーフたち、彼らを引き取ってほしい」

「えっ!」


帝国。

いまやその名を冠する国はなく、ただただ氷に閉ざされている。

リディアたちは【果てなき地下道アビスゲート】を通ったと聞かされたが……ドワーフたちも連れていたのか。

帝国の奴隷身分たる彼らを。


「助けてくれたのか」


という俺の問いに、やれやれといった態度でリディアが口を挟む。


「……はあ。デス太はですね、子どもが好きなんです。特に小さな女の子が大好きなんです」

「マジか」


白い顔をした超絶イケメンの青年を見る。

あんまりそういうふうには見えないんだけど。

父性愛的な意味でも、変態的な意味でも。


「私も幼きとき、いろいろイタズラされましたし……」

「わっ! なにそれ、そんな事実はないでしょ。っていうかその時は僕、君たち姉妹には決して触れられないし……」

「冗談です」

「まったく、ひどい言われようだ」

「でも今ならいろいろできますよね、デス太」

「だから、僕は騎士なの。お姫様は守るものなの」

「はあ、デス太は甲斐性なしですね、がっかりです」

「だーかーらー」


イチャイチャぺけぺけと、仲良くはしゃぎ合うおふたりさん。

こいつら別のとこでやってくれねえかな。


「それと、そうですね。まれびとであり勇者を殺したあなたには、話しておいたほうがいいですね」

「……なに?」


唐突に彼の名前が上がり、たじろぐ。

彼を殺したことは、その感触は……いまでも夢に見るのだ。


「彼らに逃げるよう手引をしたのは勇者です。彼の定義では、ドワーフは死ぬべきではない種族なのでしょう」

「……そっか」


この世界のニンゲンを殺す。

だが、まれびと狩りをしない種族は殺さない。

最後まで、彼は徹底していたのだ。


「そうだな……フラメル邸は無理だけど、難民を受け入れる余裕はある。当主と、じいやさんと、みけに話しておくよ」

「助かります」


ひとかたまりになっているドワーフたちに近づく。

ユーミルは、まだ姉と話があるようだ。



「えーと、始めまして。ここフラメル領でお世話になっている師匠と言います。みなさんは……」


彼らの話は悲惨につきた。


ドワーフたち。

帝国にこき使われ、種族として徹底的にすり潰されすり潰され……生き残っていたのがたったの100だったと。


だが、驚いたのは子どもの数だ。

ざっと見たところ、2割は子どもだろう。

いくら帝国とはいえ子どもには温情があったのか、そもそも労働を開始するまえだったのか。

もしくはその小さな体を活かし、ずっとどこかに隠れていたのか。


そうして彼らの話を聞いていると、ある提案が大人たちからなされた。


「私たちも、冬との戦いに参加する」と。

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