第256話 「紫煙のなかで」
まれびとを『帰郷』させた次の日。
俺はある人物のもとを訪ねていた。
フラメル邸の図書室に隣接する空き部屋に、あれ以来滞在している赤い魔法使い、すなわちジェレマイアのもとへ。
「入りますよ」
「ああ、入りたまえ」
ノックとともに声をかけると、間髪いれずに返事が。
数日前にも似たようなやり取りをしたなぁ……と思いつつトビラをひらく。
しかし、まず出迎えたのはもくもくとただよう大量の白い煙だった。
「うわっ!」
「……ああ、すまない。集中するといつもコレでね」
もやのむこうになんとか赤い姿をみとめる。
みれば、口にパイプをくわえ豊かに煙をくゆらせている。
「君は煙草はやらんのかね?」
「ええ、まあ……」
個人的に煙草のニオイが苦手なので、あちらの世界でも好んで口にはしなかった。
持ち物にニオイが移るのが嫌だというのが、最大の理由だが。
しかし、この部屋にただよう煙や、彼が滞在して染み付いたこの部屋の匂いは逆に好ましい。
甘い……お菓子のような感じなのだ。
葉っぱがなにか特別なのか?
「しかしさすがフラメル。さすがニコラスと言ったところか。ここの蔵書は素晴らしい!」
みれば、机の上に大量の書物が。
古いものからカビ臭いものまで、さまざまだ。
彼はここで、魔法使いらしく知識の
「参考になりそうなものはありましたか」
「ああ、術式の改良がいくつか。クモ殺しの手がいくつか。だがまあ……それはあとでいい。まずは魔女だろう」
「そうですね」
というか、俺は闇産みと戦うつもりはない。
さきの
そして勇者の件。魔女の件。
個人で国を落としたり、世界を滅ぼしたり。
そんな存在や、人類全体にブレーキをかけているのが【闇産み】や【死神】である。
なんとなく……必要なのかもしれないと思いつつある。
もちろん、世界や、なによりも俺の大事なひとたちが危険にさらされるのであれば、そのときは全力で食い止めるが。
そんな『もしも』のときに備えて、対策や作戦を立てておくのは必要だ。
そこらへん、地震や津波のような天災対策と同じだろう。
「師匠くん、私の書記を読んだ君なら知っているだろうが、私の目的は闇産みだ。ヤツの殺害だ。しかし……」
「……。」
「そのまえに世界を滅ぼされてはかなわん。氷の魔女の討伐、私も参加しよう」
「ありがとうございます」
強ユニット、紅の導師の参戦は願ってもない話だ。
すなおに頭をさげる。
「しかしコレも因果かな。まれびとたる君は、まれびとたる勇者を殺し、今度はまれびとたる魔女を殺す。君はまさしく始末人としてこの世界に呼ばれたのかな」
「……どうなんでしょう」
赤表紙本にあった記述。
氷の魔女について。
まれびとの召喚に関して。
その推測にしたがえば……まれびとの召喚者は彼女である。
「君はこの世界で、まれびとを助けたいと旅をしてきた。……おめでとう、その目的はもうすぐ叶う。彼女を倒せば、まれびとの転移は止まる。
猛獣のまえに放り込まれるイケニエはいなくなる。不幸はそも発生しない。」
「……。」
「すべての不幸のおおもとを、排除してくれたまえ。君ならできる」
「……ええ。でも、」
「なんだね?」
「話は、したいと思います」
なぜ世界を滅ぼしたいのか。
なぜまれびとを召喚しているのか。
「そんな余裕があればいいが。いやそもそも、話が可能な状態かも怪しいが」
「できれば、ですね。もちろん止める……いや殺すのにためらいはありません」
「そうであることを願うよ。どうも君は、私からみると少々甘いところがあるからね」
「ですか」
「ああ。本来自分と直接関わりのないニンゲンまで救おうと……そしてげんに一部は見事救ってみせた。元の世界へ送ってみせた。これを甘いといわずなんと言おう。偉いといわずなんと言おう。私なんかより、とてもいい生き方をしているよ」
それは自身の、復讐に生きる道を皮肉ったのだろうか。
「……いえ、それは俺ひとりの成果じゃないですから」
「ふむ」
「俺は……この世界のほかのまれびとと比べて、あまりにも出来すぎたスタートでした。場所も、仲間も、偶然も、ぜんぶぜんぶ含めて」
「だろうね。私も、人のことは言えないが……だがまあ、君のほうが上だろう」
ジェレマイアはパイプを掴むと、それをしみじみと眺める。
「このパイプはね、君のその杖と同じものでできている。そう、火竜の血を吸ってできた竜血樹だ。コレは火精との触媒にはもちろん、パイプの素材としても一流なのだよ。実に煙が旨くなる」
「……ええと、」
なんの話だろう。
トリビアとしてはおもしろいが、俺は喫煙者じゃないし。
と思ったら、ジェレマイアの目つきがすこしだけ鋭くなっていた。
まっすぐに、俺に視線をむける。
「私もね、いや私こそが会いたかったね。かの【火竜】に、竜骨に。なにしろ、蜘蛛にとどき得る炎はまずソレだからだ。古ぶるしく、強い炎だからだ」
「だが、私がなんどあの樹海に訪れようとも、かの火竜に招かれることはなかった。できることなら、私もなりたかったね、
「……。」
しばらく、殺気ともとれる気配が部屋に満ちた。
だが、それも一瞬で霧散する。
あとには乾いた笑顔を浮かべる紅の導師の姿。
「まあ、会えるだけでも良しとしよう。決戦当日がじつに楽しみだ」
「……はあ、まあ……そこもかなり不安ですけどね」
そう。
氷の魔女との戦い、その
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TIPS『赤表紙本からの抜粋』
・まれびとについて
私の知る限り、彼らはおおよそ2010年を基点として前後10年のいずれかの時代から
古いもので2001年の9.11の直後であるラザラス、新しいもので2020年のコロナ禍。
そして私も含め、すべてがニホンという土地から喚ばれている。
『空間魔法』は使用者の
つまり、まれびとの召喚者は2010年ごろのニホン人であり、かつ『異世界召喚』の術式を知り得るもの。
異世界召喚。
この世界で初めて行われたソレは、かつて魔女を召喚したかの国。
魔王と敵対していたかの国。
その国は、魔王に呑まれ、そして氷に呑まれ……到達不可能な場所にある。
その術式を回収できるとすればただひとり。
ただひとりしかあり得まい。
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