第255話 「帰郷」

「師匠さん、みなさん揃いました!」


みけの元気な声が草原に響く。

彼女のわきには巨大な鏡……『転移門』が。


金縁で豪華に装飾そうしょくされ、その上部には同じく金色の球体が。


あれは稼働する魔力炉心であり、以前は帝国とドワーフ島とをつないでいた。

そして現在、それに加えみけの所有する『白い賢者の石アルベドストーン』と、俺の精霊術。

ふたつのチカラが注がれるのをいまかいまかと待ち望んでいる。


転移門の前には、たくさんの人だかりが。

すべてすべて、この異世界へ飛ばされた異邦人いほうじんたちである。


開拓村のもの。

各街の支部のもの。

しばらく商人や冒険者をやっていたもの。

さまざまだ。


「じゃあみなさん、そろそろ始めます」


俺が声をあげると、人だかりからの熱がぶわっと感じられた。

同時に歓声と喝采。


それが一段落つくと、俺とみけは術の想起そうきに入った。


みけは、首から下げた賢者の石から魔力を引き出し、たばね、まとめ上げ……精緻な数式がごとき術式に当てはめていく。

俺は、この世界でいくども扱った『俯瞰フォーサイト』『歪曲』ですこしずつ習熟した空間魔法の要領で、世界と世界に穴を空けていく。


座標指定は俺の役目だ。

空間魔法では、ソレは想いや郷愁によって成される。


誰かを送るのも、呼び込むのも……その世界と接点のあるものでなければならない。

まれびとを呼び込んでいるであろう彼女がそうであるように。


「――ハアッ、つう……」


しかし、さすが最高難度の大魔法だ。

難解な術式をまるごとみけに任せていながら、チカラの収束だけで疲労がどんどん押し寄せてくる。


大得意な火の精霊はもとより、風竜から引き継いだ膨大な風の精霊のチカラを借りてなお、能力の限界スレスレを歩いている。


その状態で、記憶の彼方の『あの世界』をつよくイメージしなければならない。

自分にとってもはもう、『この世界』でないものを。


「――ッウウウウウ!!!」


黒い山体。

抜ける風。

広がる樹海。


その光景が脳裏を駆け抜けたあと……気づけば『門』はつながっていた。


「師匠! やりましたね!!」


どっと倒れ伏す俺の体を、イリムがしっかと受け止めてくれた。


------------



「ここは……森でしょうか?」


みけの声。

みれば、門の正面にたちそのむこうを覗き込んでいる。


「気をつけろよ、みけ。『きて帰りての法則』があるからな」

「わかってますよ、師匠さん」


にまり、といたずらっ子のような顔でほほ笑む少女。


そう。

その法則により、世界間の移動において「行って、戻って」からまた「すぐ行く」のは不可能である。

世界移動者プレインズウォーカーであるニコラス・フラメルが発見した法則であり、あらゆる万物はそのルールに縛られる。


理論は仮説ではあるが、かんたんに言うと……、


そのモノの存在は今いる世界に紐付けされており、移動のさいにそのモノの『存在力=存在濃度』があやふやになる。

「行く」だけだったりすぐ「帰る」のならギリギリ大丈夫だが、「また行く」とその時点でどちらの世界にも属していないことになり、両世界での存在濃度がゼロ=ロストとなってしまう。


国に例えると、パスポートなし住民票なしでホイホイ移動していると両方の国から「オマエ誰やねん」されてしまうのだ。


つまり、一度フジヤマにご招待された俺とみけは、あの鏡をくぐった瞬間消えてしまう。

死ぬ、ではなく消える……とても恐ろしい。


ちなみに「また行く」のは可能である。


それには現在いる世界で、たっぷり2年は過ごすことで自分をそこで再定義……つまり紐付けし直せばいい。

これは、食べて食って寝て、体の細胞なりなんなりがほぼ入れ替わるのと同じ期間らしい。


日本の神話などにある、その世界のものを食べるとその世界の者になってしまう『黄泉戸喫よもつへぐい』という現象に似ている。


というか、たぶん実際の現象が神話や民話ファンタジーとして伝えられたというのが正しいだろう。

俺やカシス、そして開拓村の自警団でエースとなったコバヤシさんの身体能力がおかしいのもコレが原因だと思う。



「森……いや樹海か。ずいぶんコケだらけだが」とトカゲマン。


「師匠、ホントにこれがまれびとの世界なのか? パッとみ俺っちたちの世界と変わりがねェが」

「まあ、森はそうだろ」


これが街や、それこそ都会のまっただなかならコイツの感想もまるきり違うはずだ。

泡吹いて倒れるかもしれん。


それに、もしそんな場所に『門』をあけて、そこからゾロゾロ人が出てきたら……。

そこを多くの人々の前で目撃されたら……。


まず間違いなく、むこうの世界ですら【紛れ人まれびと】扱いされてしまう。

宇宙人だの未来人だの、はてはニンゲンですらないと。


殺されることはないと思いたいが、まともな人生は送れまい。

だから、『帰還』は人目につかぬ場所で。


かの有名な樹海のただなかであれば、その可能性はぐっと減る。


「じゃあみなさん、順番に」


チカラの維持をしつつ、人だかりに声をかける。

そうしてまれびとの『帰郷』が始まった。


------------


「……ありがとう、本当にありがとう……」

「いえ、ご達者で」


「向こうに手紙は? ご家族やご友人になにか……」

「いえ、俺はもうこっちの住人ですから」


「エミちゃん! ほら師匠さんにありがとーって」

「ありがと!! お兄ちゃん。バイバイ」

「ああ、元気でな」


ひとりひとり、門をくぐっていく。

よく知っている人もいれば、ほとんど関わらなかった人もいる。


無言で、俺を恐れるように顔をそむけながら過ぎ去る人もいる。

泣きながら手を振る人もいる。


「どうしてこんな世界に残るの!? いっしょに逃げましょうよ!」

「いえ、やることがたくさん残っているんで」

「でもっ!!」


年配のおばさんはずいぶん粘って、俺を説得していた。

しかし、最後は押し込むように彼女を送り込んだ。


ほかにもいろいろ……いろいろ。


そうして人だかりは少しずつ数を減らし、最後には20人ほどが残っていた。


「……本当に、いいんですか」


彼らに声をかける。

彼らは、俺と同じくこちらに残ると選択した者たちだ。


「ああ」

「師匠さん、水臭いっすよ!!」とコバヤシさん。


彼は……カシスに振られめっちゃ特訓して強くなった彼は。

となりの盲目の女性と、その子どもの手を握りつよくうなずいた。


彼女は、トランプ富豪のラザラスの件のとき、スラムで助けた女性だ。


「子どももいますし、なによりこの世界は師匠さんが救ってくれるんでしょ!」

「……ああ」


帰らないと選択したひとのなかには、あの世界に『帰りたくない』という人も一定数いた。

異世界転移……いや『異世界召喚』は、入眠時や死の間際……世界との接点が薄いときに行われる。


ほろ酔いで眠りこけたヤツだったり、トラックにひかれた直後だったり。

病で倒れた者だったり、自ら死を選んだ者だったり。


ほんとうにさまざまだ。

だから、帰りたくないという選択も、また自由さまざまである。


そうして人だかりが解散したあと、最後に残った彼女に声をかけた。


「カシス、本当にいいのか」

「ええ」


彼女は残る選択をした。

厳密には『今回は』


「このまま去ったんじゃ、アンタもみんなも……なによりイリムちゃんが心配で寝られないしね」


行きて帰りての法則は物体にも適用される。

ゆえに、『帰還門』を接続できるのはあと1回だけ。


2度めの接続が終わったとたん、門はこの世界からもあの世界からも居場所をなくし『消失』するだろう。


「ちゃんと【魔女】を倒して、冬を止めて……ぜんぶ見届けてから。そんときはお願いね」

「ああ、任せとけ」

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