第252話 「メトロ2022」
大蜘蛛、闇産み。
およそ2000年前にこの世界に降り立った、あるいは呼び込まれたものであり、当時の文明を
ニンゲンにとっての大敵ではあるが……
いわく、すべての蜘蛛の母であり、この世界に別種の闇をもたらした。
彼女のチカラの根源は『死』そのものであり、『死』そのものを直接
つまりは……死霊術にとって大いなる教師でもあるのだ。
事実、彼女の森と、彼女の育んだ魔物から
彼女の実家であるレーベンホルム家も、闇産みなしではありえなかっただろう。
そうしてユーミルは彼女の姉、もう残りふたりきりとなった家族を想った。
「……そーいやリディ
丘から北方、高くそびえる山脈をなんとはなしにながめる。
その先には、ひたすら白い世界……氷の魔女の領域が広がっている。
「……まあ、デス太もいるし大丈夫か……」
そしてその数秒にも満たない心配は、まったくの
◇◇◇
暗く、しんと静まり返った暗闇。
しかし、見るもの……いや視えるものからすればそれは闇足りえない。
「リディア、こっちこっち。あとはひたすら真っすぐだね」
「デス太、ありがとうございます」
群青色のローブの青年が、同じ色のよそおいの少女の手を引き連れている。
ここは帝国……だったものの地下に広がるダンジョン【
【四大ダンジョン】に入ったり抜けたりを繰り返していたが、【
だが、ただひたすらに広大で複雑なだけのこのダンジョンに挑むものは、地上の状況もあってもうほとんど存在しないだろう。
所蔵した秘奥のひとつを盗み出されたとなれば、なおのこと。
「目算どおり、当たりでしたね!」
「――わっ、ちょっとリディア……!!」
少女が青年……死神に子どものように飛びつくと、彼はぎこちないながらも彼女を抱きかかえた。
「ふふっ、デス太は抱っこがへたですね」
「まあ……」
「だって初めてですしね!」
「いや、いちおうシェヘラのときに……」
「デス太」
「なに、リディア」
「その名前は、金輪際口にしないでくださいね」
にこり、と少女が笑いかける。
しかし目は笑っていなかった。
「……ああ、うん。気をつけるよ」
「よろしい」
少女が死神の頭を、まるでペットをあやすかのように優しくなでる。
「……ずーっと、ずっと。幼いころからこうしてデス太と触れ合うのが私の夢でした。それが叶った今日という日は、なんて素晴らしい記念すべき日なんでしょう」
少女はまるで、今日という日には他に特筆すべきことはなにもなかったといった様子である。
そして、それは事実であった。
地上はなんだか大変なようだが、それは彼女らにとって障害にならない。
この地下道はアリの巣のように帝国領に広がっており、ここを使えば王国領のすぐ近く、【古戦場】のあたりまで帰れるだろう。
近くの出入り口はすべてふさいだので冷気もほとんど入ってこれない。
材料はもちろん、帝国の民である。
【氷の魔女】により死に絶え、【異端の魔女】により命を吹き込まれ、彼らはすすんで
文字通り、その身を
だが、ただの肉壁ですべてを防げるほど魔女の領域は甘くない。
「……またですか。デス太、お願いします」
「ああ」
前方の通路から、ざあっ……と冷気が差し込む。
みるみるうちに壁が、天井が、床が白く染め上げられていく。
だが……、
「――セイッ!!」
群青色の死神、イクリプスが両の手から大鎌を放る。
すすむはしから冷気が消えていく。
壁が、天井が、床が元の
そうして、通路を埋め尽くさんと迫る魔女の領域……つまりは氷の精霊はことごとく殺されていった。
「しかしこの地下道、ずいぶんまっすぐで広いですね。いったいなんの目的で古代人は……」
「リディア、そろそろアレが『来る』」
「ああ、はい」
死神は、姫を守るかのようにそっと手をそえ、少女を通路脇へと。
しばらくすると、ガタガタとした振動音をともなって、通路の先から巨大な鉄塊が現れた。
「……ふう、何度見ても」
「すごいですね」
ふたりの言葉が終わるやいなや、通路の真ん中を鉄塊が凄まじい速度で通過する。
黒光りしたソレはひとつが20メートルほどあり、それがいくつもいくつも連結している。
「2000年も、よく飽きずに走り続けるもんだなぁ……」
「えっ、デス太。なにか言いました?」
「なんでもないよ」
一瞬で走り過ぎた鉄塊を見送ると、自然、彼らの目に人影が映った。
「ところでデス太、本当に彼らも?」
「ああ、見過ごすことはできない」
それは列をなすようにふたりのあとに続いており、ざっと見て100は下らない。
「ドワーフ。帝国の奴隷に甘んじていた彼らを助ける必要なんてあるんでしょうか」
「うーん、僕の主義はリディアも知ってるよね」
つい、と死神が指をさした先には、小さな彼らのなかでもひときわ小さな子どもの姿が。
「僕はね、子どもが死ぬのはイヤなんだ。特に女の子はゴメンだね」
「……はあ」
リディアは頭を押さえ、それからカツカツと地面を打ち鳴らすように人影へ迫った。
死神が指さした、ドワーフの少女へと。
「あなた、なぜ私達のあとを?」
「……勇者さま、勇者さまが……」
「勇者?」
「勇者さまが、もうすぐ冬が来るから。そのすきに下に逃げろって。そしたら強くておっかない二人組について行けって」
「……はあ」
あの勇者がまれびとであることは知っている。
ニンゲン狩りをしていることも知っている。
そして、その定義に亜人種……ドワーフや獣人が含まれないことも知っている。
「私たちはていの良いお守りですか」
「まあまあ。僕としては助かる子どもがひとりでも増えるのは万々歳だよ」
「……はあ、まあいいでしょう」
いくら最下位とはいえここは【四大ダンジョン】がひとつ【
さきほどの鉄塊トラップといい、古代人の仕掛けはあなどれない。
……いざという時は、100の兵隊にはなるか。
そう結論を下し、彼女はドワーフたちの同行を
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◯大陸メモ
【
帝国領の地下、ほぼ全域に張り巡られた古代の地下道。
危険度自体は低いのだが、とにかく広大で最深部もダンジョンの
とにかく広いという一点のみが厄介で、手近なエリアは漁り尽くされているため旨味もない、人気もないダンジョンである。
現に四大に入ったりまた抜けたりを何度も繰り返している。
実は古代の地下鉄と地下街の複合施設。
張り巡らせた地下鉄の経路がそのまま魔法陣になっており、そこを列車が『描画』することで無限に魔力を生成している。いわば究極の自家発電。
古代文明が滅びたあとも、乗せることのない乗客を求め永遠に運行を続けている。
無限生成された魔力に
だが、この巨大発電機ですら賢者の石には遠く及ばない。
ちなみに列車の見た目は巨大なイモムシのようであり、乗り込み口も不明。
ゆえに遺跡のトラップかアーティファクトクリーチャー扱いされている。
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